第3話 転
僕はガカリの師匠の家で目が覚めた。今日もいい天気で、乾いた日差しが心地良い。僕は階下への階段を降りていく。
「おはよう~」
僕は目を擦りながら、挨拶をする。すでに僕以外の四人は、食卓のテーブルを囲んでいた。
「遅いわよ、ヒロ」
「ネボスケ」
トナリがそんな言葉をいう。ツグとか、ガカリの影響かな? 軽口を叩かれた僕だけど、なんだかトナリが馴染んだ気がして、嬉しかった。
「今日はどうするんだ? お前ら。帰るわけじゃないんだろ? せっかく来たんだ。ゆっくりしてけ」
「ゆっくりさせてください、実はまだまだ師匠と話足りないですし」
ガカリが言う。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか……お前」
「買い物、行きた〜い」とツグが構ってられない、といった様子で、声を出す。
「久々に石の町に来たんだから、いろいろ市場見て回りたいな。ねえ、トナリも一緒に行こう?」
ガジェットにそれほどまでに執着がないツグにとっては昨日のガジェット中心の話題は退屈だっただろう。それにしても、トナリは強制参加なのか? その旨をツグに伝えると、ツグは、
「トナリにだって服とかいろいろ買ってあげたいじゃん」
確かに、いつまでも僕のパーカー一枚を着ているというわけにはいかない。
「僕もツグたちに付いていこうかな……。なんか心配だし」
「んじゃ、今日はヒロ、ツグ、トナリチームと俺、師匠チームに分かれるか〜。ホイ、解散!」
ガカリの一声でそれぞれの場所に向かう僕たち。
外に出ると、重たい雲が空一面に広がっていた。
・・・・・
トナリと近くの市場に向かった僕たち。市場は賑わいを見せ、トナリが離れない様に僕とツグで両手を握って歩いていた。僕たちはアクセサリーの露店に足を止める。客引きの威勢のいい声につられて、トナリが露店の商品に目を奪われたからだった。
「なに? 何か気になるの?」ツグがトナリに聞く。
「コレ、私持ッテルペンダントニ似テル」
「ペンダント? ――あら、本当ね」ツグが聞き返す。
トナリは服の中に隠していたペンダントを、首元から覗かせた。
トナリはこれを「お守り」としてもらった、と語っていたことを思い出す。「お守り」。そんなこともありえるかもしれないな、そんな風に思った。それは気休めなんかじゃなくて、本当に効果のあるものかもしれない、そう思えた。
そして、僕がニンゲンの残留思念との会話ができる、僕のチカラだって、ニンゲンの情念の深さ、ニンゲンの想念の重さに強く依存しているんじゃないか、僕のチカラは不確かなモノなんじゃないか。トナリと出会って、取り巻くニンゲンの話を聞いてから、そんなことを考える。
「ねぇ、おじさん。コレ、どっから手に入れたの?」
ツグは露店の商人に尋ねる。
「コレはだねぇ、お嬢ちゃん。どこかから来た異邦人がコレを買ってくれって、何度も何度もしつこいもんだから、しょうがなく買い取ってやったのさ」
「異邦人か…」僕は急に不安になる。
そして、その話は、
「アトメサン、コノ町二居ルカモシレナイ」
トナリにそう確信させるには十分だった。
「まあ、その辺歩いてれば会えることもあるかもね」とツグが言うのでトナリは納得し、買い物を続けることにした。
「服屋は……どのへんなんだろ? ツグ、分かる?」
ツグは呆れたようにため息をついた。
「分かるわけないでしょ。この町、ずいぶん入り組んでるし、この町に来たのだって久しぶりなんだから」
ここ、石の町は、狭くて曲がった通路と、少し開けた広場をゴチャゴチャに繰り返した構造になっている。その時折ある広場で市が開かれていて、お上りさんの僕たちには目的のお店に着くのは困難だった。トナリとツグに待っててもらうように言って、近くの露店の店主に聞いてみることにした。
「ちょっと待っててね、道、聞いてくるから」
「いってらっしゃい、急いでね。――なんか天気悪いから」
この時期には珍しく、びっしりと薄い雲がこの町を覆っていて、今にも雨が降り出しそうだった。
・・・・・
「師匠、さっき話したラジオって機械の話なんですけど……」
「うん」
師匠は仕事で頼まれた時計の調整を行いながら、俺の話に耳を傾けていた。
「ラジオの中にいたニンゲン、あの人と俺たちが話せるようにならないかな、ってそう思ったんですよ」
「……ムリだろうな。会話ができるのは、ヒロ――アイツの特殊な体質によるものだ。俺たちも話せるようになるとは思わないことだなぁ……。どうした、藪から棒に」
「いやですよ? 俺、ヒロのチカラのおかげで、トナリに翻訳機作れたんですけど、俺としては、翻訳機のニンゲンだけじゃなくって、ラジオのニンゲンにも契約してもらえないかな、って思ったんです。ラジオって機械はいろんな音声を受信できるので、ニンゲンの協力とラジオの特性を活かせれば、いろんな情報が集められるかなって。……トナリの国のことだって、知りたいし……」
俺は、言いながら、自信がなくなってきて、自分の言葉が尻すぼみになっていくのを感じた。確かにそれが出来ると決まったわけじゃないけど、師匠の力を借りれば、自分のアイデアが実現できるかもしれない、そう思っての発言だった。
師匠は数瞬の間、時計の歯車を合わせるのをやめて、
「ふうん……おもしれえこと考えるな」
そう言った。
「師匠!」
「だがな、翻訳機のニンゲンとの契約とやらはどうやってやったんだ? それは再現性があるのか?」
「それは……」
「大体、どうやって契約を結んだんだ?」
「ヒロが一度話したことがあるニンゲンは、ヒロを待っているようになるんだ、ってヒロが言うんです。それで、ニンゲン側で、誰かと話す準備ができたんだ、と。それで、俺は機械にこう話しかけたんです。「俺に協力してくれませんか? 協力してくれたら、俺は死んだあなたにいろんな景色を見せてあげます、これからもいろんな話を聞かせてあげます」、と。応答はありませんでしたが、それから翻訳機が動くようになったんです。まるで、そこで初めてスイッチが入ったように。それまでは、理屈の上では翻訳機は動くはずなのに、動かなかった」
「ふうん……じゃあ、同じようにやってみればいいじゃねえか」
「それが、何度やっても、ダメなんです……」
「そうか」
師匠は、パイプをふかす。吸い込んだ煙が、泡となって体の真ん中まで沈み、ごぼごぼと音を立てて昇っていく。全ての泡が師匠の体の外に出きった頃、師匠は口を開いた。
「……もしかしたら、契約の他に、機械が完ぺきじゃないといけねえのかもな……。どれ、分解させてみろ」
そう言うと師匠はラジオをチャカチャカと手際よくラジオを分解していく。
「ありがとうございます! 師匠!」
「ま、やって駄目ならしょうがねえけどなぁ……」
師匠はカチャカチャとラジオをいじっている。
「多分、ココの部品が壊れてるんだと思うけどな……。どれ、代わりの部品でも見つけてくるか」
「スンマセン、師匠。こんなことにお手を煩わせてしまって……」
「気にすんな」
師匠は一瞬の間をおいて、こう言った。
「俺は困難に燃えるタチだ」
俺はこの人の弟子で良かったと心底思った。
その時だった。ヒロがツグを背負って店に飛び込んできたのは。
・・・・・
時間はすこし遡って。
「こんにちは」
「おや、坊主、さっき振りじゃねえか」
アクセサリー屋の店主は僕の顔を見るなり、鷹揚に笑いかけた。
「おっちゃん、さっき振り」
僕も友好的に手をあげて、そんなおっちゃんに対して挨拶する。
「実は、服屋の場所が分からなくって……」
「なんだい、そんなことか」
おっちゃんは身振り手振りを使って服を売っているところへの道を指し示す。
「助かったよ……おっちゃん。あれ?」
見ると、トナリのペンダントに似ている、という細工が真ん中で割れていた。それだけではなく、中央に配置してあった水晶も、張った水に血を垂らしたみたいに赤黒く濁っている。
胸騒ぎがした。
「こ、これ、どうしたの?」
「おやあ、さっきまで壊れてはなかったんだけどなあ」
「やっぱり粗悪品だったか」などとぶつくさ言っている店主を背後に、僕はツグとトナリのもとへと駆け出す。何かいやな予感がした。アトメさんからお守りだ、と渡されたトナリのものと似た細工。それが壊れていただけだけれど、僕はなにか関係があるものだと結論付けていた。ばかばかしい、と思われるかもしれないが、確信を持っていた。
死んでもその思念をモノに宿すニンゲン。
ニンゲンの感情の強さ。
そして「お守り」の破損。
空を包み隠す黒い雲からは、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めていた。
僕たちが別れた路地に入る。
「トナリー! ツグ! 返事して!」
雨は一層強まり、路地や広場からは人気がなくなっていて、ざあざあと降りしきる音だけが街に響いていた。
「トナリ!」
ごみごみして、入り組んだ路地の角、雨の音に混じって呻き声が聞こえる。
「うぅ……ん」
「ツグ!」
その角に駆け寄ると、うずくまるようにしてツグが倒れていた。
「大丈夫!? しっかりして!!」
僕が肩を揺り動かすと、ツグらしからぬ小さな声を上げる。
「トナリ……さらわれた……」
・・・・・
僕はツグを担いで師匠の家に届けると、すぐさまトナリを探そうと、踵を返す。
そこに声をかけたのはガカリだった。
「待てよ! トナリの居場所、探すあてはあんのか?」
「無いよ! 無いけど、トナリが怖い目に会っているんだ、僕が助けなくちゃ!」
「落ち着けって!」
肩を掴むガカリの手が、煩わしかった。
ガカリの腕を振り払う。
「まあ、いったん待て」
師匠は静かにそう言い、片手に持っていたパイプで、テーブルの端を、こん、と叩く。師匠の落ち着いたリズムは、僕の怒りをすこし治めた。
「でも……」
でも、トナリはこうしている間にも遠くに行ってしまう。
「お前に何ができる?」
何ができる? 僕に?
気持ちがしおれていくのがわかる。
「やみくもに探したって、広くて迷路みたいな町だ、迷子が二人になるのは勘弁だぞ」
「……」
ガカリは何か言おうとして、考えている様子だったが、僕にかける言葉が見つからない様子だった。
ザアアアァ、と外の雨の音が室内にも響いてくる。こぶしをぎゅっ、と握る。指の間から雨水が集まってポタリ、と落ちる。その水は何事も無かったかのように、板にしみ込んでゆく。びしょ濡れになった服がやけに重たく感じた。
「……なんでだ?」
師匠が唐突に聞いた。
「……え?」
僕は質問の意図が見えなくて、そう聞き返した。
「なんで、アイツを助けたいんだ? ヒロ」
「なんでって……僕は……トナリが落ちてきたときに、助けなきゃ、って思ったんだ。無我夢中だった……。その後……トナリの話を聞いて、トナリは僕が憧れてたニンゲンの血を引いていたって聞いて、僕はこの子を助けたいと思ったんだ……」
「なんでニンゲンの血を引いてると、助けたいんだ?」
「なんでって……? なんで……。ニンゲンはロマンだから……」
「バッカじゃねえの!」
ガカリは吐き捨てた。ガカリの口の悪さには慣れっこだったと思ったけれど、なぜかこの言葉は僕の胸を刺した。
「寂しかっただけだろ」
ガカリが口をはさむ。存外のガカリの言葉に、間が開いた。
「寂しかった……?」
「そう」
ガカリは苛立ちを隠せない様子で、ぶっきらぼうにそう言った。
「……そうだね。僕は寂しかったんだ……。僕もニンゲンの子孫だって師匠に言われてから、自分と皆の回りにある壁みたいなモノの正体が分かった気がして……。でもスッキリはしなかった。僕と同じ人なんかいないと……ニンゲンの仲間なんて居なかったから。トナリはニンゲンとのハーフだから……」
僕は自分の気持ちが固まったのを感じる。
「だから、僕はトナリを助けたい。トナリは、僕にとって初めての隣人だから」
「まあいいさ……」師匠はまた何か言おうとしたようだったが、多くは語らなかった。
「……自分の気持ちも分からない奴だよ、お前は」
「うん……ごめんね」
「はいはい、なんでも良いけどよ、トナリを助けたいのは同じだぜ。大体、ツグをこんな目に合わせたやつ、ボコボコにしてやらねえと気が済まねえ」
「ボコボコにしてやって……」
いつの間にか起きていたツグが声を上げる。
「そうだね……。ボコボコにしてやろう!」
「よっしゃ!」
僕とガカリは息巻いて、気合を入れなおした。
「よし、落ち着いたようだな」
師匠は相も変わらず、自分のペースを崩していない。年長者の功、と言うべきか、だてに長生きしていないということかもしれない。僕は師匠に感謝した。
「一つ提案がある、ヒロ。このラジオともう一度交信してみて、契約を頼むことはできないか?」
ガカリは狼狽える。
「師匠、何も、こんな時に……」
だが、師匠には、狙いがあるようだった。
「まあ聞け。このラジオも、翻訳機も、ニンゲンの残留思念が残っている。そして、ラジオは信号をキャッチして、音声へと変換できる機械だ……。ニンゲン同士なら、お互いキャッチできるんじゃねえのか……? ヒロの前例があるみたいに。そしてラジオなら音声で、俺たちにも分かるような信号に変換される……」
「よくわからないけれどやってみる価値はありそうね……」
「よおおおし、やってみようぜ!!」
ガカリが吠える。
「時間は無いかもしれないな……。急ぐんだぞ」
「了解しました!!」
僕はラジオを両の手にもって、額を近づける……。
…………。
……。
僕はニンゲンの意識の世界に降り立った。浮かんでもない、沈んでもない、灰色の世界。
僕はこの世界に来ると、なぜか安心する。
「どなたか居ませんか!! ラジオのヒトーー!」
すると、どこからともなく、一つの小さな光が、僕の鼻先に現れた。
「君か……。私はラジオの人でもなんでもないんだけどな」
「いきなりですけれど、お話があります。僕と契約してください!」
「契約……? いきなりだな……。まあ話だけでも聞こうじゃないか」
「ありがとうございます」
「実は、契約というのは、ある友人を助ける為に、その友人の居場所を突き止めることにあなたに協力して欲しい、という申し出なのですが……」
「よくわからないが……そんなことが可能なのか?」
ラジオの人は疑問に思っている。当たり前だ。
「はい。理論上は可能です」
「よくわからないが……体の無い私にそんなことができると思うのかね」
「できます」
「その根拠はなんだ」
「ニンゲンは残留思念の状態では、カラダを持たない、いわば、輪郭のない状態なんです。拡散している。その拡散している状態で、他の接触できるモノと触れれば、感覚がある。そしてその接触できるモノ、というのは……」
「他の人間、というわけか」
「はい、トナリはニンゲンとのハーフですので、感知できるのではないかと……」
「「感覚がある」ねぇ……」
ラジオの人は、なにやら呟いている。
「? なにか……?」
「いやね、自分の体の感覚、というもの、長い間、感じてなかったなあ、と思ってね。君の話では何千年、か……。五感が懐かしい、なんて感情、抱くとは思わなかったよ……」
光の明滅がゆったり、弱弱しくなる。
「ふうん……」光はなにやら考え込むように、間を置く。
「そうだね……。先ほど君は契約、と言ったね、私にとっての「見返り」はあるのかな? 正直言って、それ次第かな」
「えっと……何がいいですか? あなたは何を求めているのですか?」
「そうだな……。こういうのはどうだろう」
「はい」
僕は聞き洩らさないように耳をそばだてる。
「君、僕に新しいカラダを提供してくれないか?」
「えっと、それは……どういう……」
言葉の意味が掴めなくて、僕は聞き返す。
「きっと、私は他の人間の位置を探れるようになっても、意識はラジオに閉じ込められているんだろう。だから、私が見聞きし、食べたり、自分で歩いたりできるような体が私は欲しい。機械の体でも、生体でも、構わないから。どうだい、叶えてくれるだろう?」
僕にそんなことができるだろうか……。と一瞬悩む。だが、脳裏に浮かんだのは、みんなの顔。その瞬間にこう答えていた。
「できます。僕一人のチカラじゃムリだけれど、ガカリや、ツグや、師匠が協力してくれるなら……。僕は、あなたに新しい体を差し上げることを約束します」
それに応えた光の声は、なんだか満足げに聞こえた。
「ふふ。良い仲間に恵まれてるね……期待しているよ」
・・・・・
意識が師匠の家へと戻る。少しの間、ぼんやりしていたが、
「蓄エネルギーパーツ完成したぞ!」
師匠の声で気を引き締める。
「おお、戻ったか、ヒロ!」ガカリの声だ。
「ガカリ、どうしたの、コレ!」
テーブルの上には、バラバラになったラジオが散らばっていた。
「ああ、すげーよ、師匠は! 壊れているであろうパーツを他のニンゲンのガジェットから推察して、再現しちまったんだ!!」
ガカリは師匠から渡されたパーツを組み込んで、ラジオの形に戻している真っ最中だ。
「それで? そっちはどうだった?」
起き上がっているツグが僕に確認してくる。
僕は親指を立てて、突きつける。
「それでこそヒロ!」
ツグも同じく親指を見せた。
「よおおし、それじゃこれを組み立てるだけだな!!」
ガカリはすごいスピードでラジオを組み立てている。そこに師匠の腕が枝分かれしてアシストに入ったものだから、あっという間にラジオは組みあがった。
「スイッチいれるぞ!! ……頼むから成功してくれよ」
カチッ。
しばらくは静寂が場を支配した。ダイアルを回して周波数を合わせようとしているが、一向に変化がない。
「ダメだったか……」
師匠の家に、重たい空気が流れる。
その数瞬ののち。
「……ザ……おや、結局、契約は成立したのかな……?」
ラジオから声が聞こえた。
「君が帰ってから何の音沙汰も無いから、この話は無かったことになったんじゃないかって心配してたよ」
聞こえて来た声は、ラジオの中に残っていた思念の人の声だった。
「成功だ!」
沸き立つ僕ら。
ラジオの人は苦笑していた。
僕らは――僕とツグ、ガカリは――ラジオを持って師匠の家を飛び出していく。
トナリが攫われた路地まで走りながら、ラジオの人に話しかける。
「トナリがどこにいるか、分かりませんか!?」
「そういわれてもね……なにしろ初めてのことだからね」
「人間の思念を感じる方へ向かって行ければいいんです! 感覚で!」
「感覚という曖昧なモノは私は信用しないことにしているんだがね……。まあ、それしか頼るモノがないなら致し方あるまい」
「ホント、頼んますよ!」
ガカリは若干の苛立ちを抱えていた。
「ん? 西の方に私と近しい雰囲気? ――というのも曖昧だが――それを感じるものがあるな……人間ではないようだが」
「ホント? ホントにそれトナリなの?」
「んん……。なにか、私と同じように物の中に閉じ込められてる思念を感じるよ。これは……ペンダントか? 何か水晶のような……」
「トナリのペンダントだ!」
「あの中にもニンゲンがいたってコトか!! お手柄です、ラジオさん!」
「ラジオさん……ま、いいか」
「案内してくれ!」
街の地理に明るいガカリが先陣を切って突っ走る。
トナリ、絶対助けるから!
「いた! トナリ!」
広場の間の路地を隠れるようにして、歩いていたトナリ。周囲にはフードを被った奴らが三人。トナリはそのうち二人に挟まれて、手を引っ張られていた。四人は僕の声に気づいて、こちらを振り返る。トナリを隠すように、先導していた一人がこちらに向かって前に出る。
「トナリを返せ!」
僕は叫んだ。
「よくもあんな目に合わせてくれたわね! 百倍にして返してやる!」
ツグも吠える。
「なんだ、まだ蛮族の協力者がいたのか……」
フードの中から、くぐもった男の声が聞こえる。
「ヒロ……」
トナリは怯えた目をしている。
「お前たちは何が目的なんだ! どうして、トナリを連れ戻しに来たんだ!」
「……」
フードの後子は何も返さない。
「答えろ!」
僕は降りしきる雨の中、叫んだ。
「この際だからはっきりさせておこう、トナリ様のことについて」
「トナリのこと……?」
一番前のフードの男がゆっくりとした口調で語り始める。
「そうだ。トナリ様をお前らはなにか勘違いしているのではないかと思ってな。話を聞けばいくら蛮族でも納得してくれるだろう。トナリ様はな、私たち人間の国の、王の娘なのだ」
話の展開に、僕たちの頭は付いてかなかった。構わず、フードの男は続ける。
「トナリ様は、王の娘だ。だがしかし、私たちの国では人間の優生主義が主流でな。しかも王が亜人と子を成したと知られるわけにはいかないんだ。トナリ様はどこか、自由を求めている節があった。だから、幽閉してたんだ。」
「そ……それが、どうして連れ戻す必要があるんだよ。ほっとけばいいじゃないか!」
僕は理不尽に対抗するために、そんなことを絞り出した。
「言ってしまえばな、」そうフードの男は前置きして。
「トナリ様はな、存在を許されてないんだよ」
男の言葉に、僕は困惑と怒りが湧いてくる。
「存在を……?」
「そうだ。優生主義と言っても、そんな生易しいものじゃない。実際は、選民思想にすぎない。国の実質的な権力を握っている女王の思想なんだ。私たちの国において、亜人が国に入り込む、ましてや王が亜人との間に子を成すことなど、女王は許さなかった。存在を許されてない、とは、そんな国に王と亜人との子は居てはならない。そういう意味だよ」
何も言えずにいる僕たちを、納得したのだと思ったのだろう、フードの男は踵を返す。
「まあ、仮にも、王の子。女王にトナリ様の待遇を良くしてもらうことを進言してみるよ。また逃げ出されたりしたら、かなわないからな……」
フードの男はぽつりとそんなことを呟くように言った。
「トナリ様の保護、感謝する。それでは」
「ちょっと待ってよ!」
僕はそう叫んで、足を止めさせた。
「まだ、なにか……?」
男の声色には、明らかに苛立ちが含まれていた。けれども、僕はそんなことお構いなしに、
「トナリは、トナリはそれでいいの? また閉じ込められて、ずっと寂しい思いをしなきゃいけないんだよ!? それで、トナリは満足なの!?」
背中を向けているトナリ。
一瞬の間が開いて、トナリは顔だけをこちらに向けた。
「ソレデイイ」
「本気で言ってるの!?」
トナリにも苛立ちを隠せなかった。
「やっとそんな場所から逃げ出したっていうのに、それでもまた戻るの!? アトメさんも命を賭けて助けてくれたんだよ!?」
「ヤッパリ、アトメサン、死ンジャッテタンダネ……」
失敗した、と思う。
「ソレナラ、ナオサラ、私、帰ラナキャナラナイ。私ノセイデ誰カガ傷ツクノハ、モウイヤ……。ソレニ、私ガコウヤッテ自由ニ生キテイルト、争イニ発展シテシマウンダッテ、コノ人ガ言ッテタカラ。国ノ為ニ、我慢シナクチャイケナインダッテ……。ダカラ、行クネ、ヒロ。今マデアリガト……」
「待ってよ! トナリの意思は無いの!?」
諦めきれずに僕は叫ぶ。
「もういい。ここまでだ」
フードの男が何かを後ろの一人に命じる。
命じられた男は懐から黒い、ブーメラン状のガジェットをこちらに向けた。
そして。何かが飛んできた、そう感じた瞬間には、体中に激痛が走った。そして、しびれ。僕は立ってられなくなる。ツグとガカリも倒れ込んだのが見えた。視界はかすんでいく。それでも。
「トナリ……!」
トナリの泣いてる顔がはっきりと見えた。
僕たちは遅れてやってきた師匠に助けられて、師匠の家で目を覚ました。あちこちにしびれが残っていたけれど、そんなこと、構ってられなかった。僕たちはしばらく、放心状態だった。ぽつり、ぽつりと言葉を交わす。
「トナリの待遇をこれから良くするって言ってたけど、とても信じられないな……」
僕は何かが抜け落ちたように感じていた。
トナリという存在。
「トナリ、泣いてたよね……」ツグは目の端に涙を貯めていた。
トナリが急に奪われて、喪失感があった。
そうだ、これは喪失感だ。短い付き合いだったけれど、トナリは、仲間だった。ツグや、ガカリや、師匠と同じように、僕の仲間だったんだ……。僕は失って初めて、自分の気持ちを理解した。遅すぎたけれど。
でも、トナリ、あんなに寂しそうな顔をするんだな……。もうあんな顔はさせたくない。
僕はこれまでみせたいろんな表情を思い出していた。笑った顔は見せてくれなかったな……。
助けてあげたい。
トナリを、笑わせてやりたい。
僕が物思いに耽っていると、ガカリは急に、こんなことを言い出した。
「――許せねえよなあ?」
「……うん、許せない」
「俺たちがそうしたいだけで、トナリの意思なんて関係ねえよなあ?」
どうやら、ガカリは僕と同意見のようだった。
こういう時、ガカリ――相棒は本当に頼りになる。
「関係ないわね」
ツグもガカリに賛同する。
「そうだよなあ……!」
ガカリは獰猛に笑う。
僕たちのボルテージは最高潮だ。
「いっちょやったるぞ!」
「トナリを助けに行くんだ!」
僕たちは吠える。
目指すは奪還、トナリ。そしてトナリを攫ったやつをボコボコにしてやる!!
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