第2話 承

 一夜明ける。僕の家で夜を明かした僕たち三人はトナリの様子をうかがった。トナリが「脱出ポッドノ様子、見ニ行キタイ」とのことだったので、(墜落してきた日の翌日のことで、僕はこの子はタフなんだな、と改めて思う)四人でツグの家の跡地に行ってみることにした。きっと、アトメさんが戻ってきていることを期待しているのだろう。

 ちなみにあのぼろきれを着たままにするにはあまりにも酷なので、トナリには僕のパーカーを着てもらった。トナリが小柄なのもあって、パーカーは丈が太ももぐらいまで来ていて、かぼちゃパンツがちらちら見えていた。「パーカ、アリガト」とお礼を告げるトナリをみると、なんだか直視できなかった。(ちなみに手錠はガカリが外した)

 脱出ポッドの隣には、ででん、とツグの新居がすでに建っていた。人足達の夜通しの努力の賜物だ。そしてポッドの周りには瓦礫をすこし、わざと残しているようで、ロープで立ち入らないようにしていた。そして、その横には石碑。「十八月十二日、私たちはこの災害を忘れない」そう厳めしく彫られていた。きっと、ツグのお父さんの仕業だろう。ツグのお父さんは、ここに記念碑を建て、一種の観光地化しようと目論んでいるようだ。そういうところがしたたかで、ツグには嫌われている点に本人は気づいていない。

「全く……オヤジったら……」

 ツグがため息交じりにそうこぼす。

「ま、入っちゃっていいでしょ」

 とツグがこともなげにロープをくぐる。まあ、自分の家の敷地だろうから、いいだろうけど。

「あれ、何もないね」

 とガカリだけに聞こえるように囁く

「そうだな……異臭もしてたし、ツグのオヤジが処分するように指示したんだろ」

 ポッドからどろりと零れた肉塊は、跡形もなく消え去っていた。

「余計、トナリには言えなくなっちゃったね」

「そうだな……」

 トナリは開きっぱなしの入り口からポッドの中に入ってしまう。僕たちもそれに続く。

 トナリはポッド内のよくわからない機器を片っ端からいじっている。

「どう? 動きそう?」

「マッタク動カナイ……」

「この脱出ポッドって、もし動けば宇宙いけるの?」

「コレ、推進力アルワケジャナイ。タダ、ドコカニ降リルダケ。ダカラ、飛ベナイ」

「デモ、モシ動ケバ、アトメサンニ連絡ツクノニ……」

「そっか……」僕はトナリの絞り出すような声を聞いて、胸が締め付けられるようだった。

「アトメサン……」

 そう呟いて泣くトナリの姿を見て、僕は覚悟を決める。

「ガカリ、昨日の夜の話だけれど、やっぱり、僕はトナリを匿ってあげたいよ。どんなことがあろうとも」

「ま、お前ならそう言うと思ってたけどな……。でもやっぱり心配ではあるわな」

「ガカリは身を引いてくれて構わないよ」

「俺のこと見くびってるだろ」

「……え?」

「俺はお前らが心配なだけで、トナリを助けることを反対したわけじゃねえ」

「ガカリ……」

「一緒にトナリを助けようぜ、相棒」

「ああ」

 ガッ、と互いの腕を組む僕たち。

 でも、ふと疑問に思って、

「でも、ツグにも、伝えなくっていいの? 危険かもしれないって」

 そう言った。

「ツグはもうそんなのとっくに気づいてるだろ。お前と違って、敏感だし、身の引き方がうまいし、したたかだろ」

「確かにツグなら何の心配もいらないね」

 ははは、と二人で笑いあう。

「聞こえてるんだからね」

 とため息交じりにトナリのそばにいたツグが呟いた。


「思ったんだけどさぁ」

 と僕は考えていたことをみんなに提案してみる。

「ガカリの師匠に話聞いてみない?」

「シショ?」

「師匠か! ……でもなんで?」

 ガカリは嬉しそうに声色を跳ね上げた。

「このポッドのこともそうだし……。トナリの居たニンゲンの星とかについても知ってるかなって。ほら、師匠、長生きしてるだけにニンゲンのことにも詳しかったじゃん」

 ガカリは遠い目をする。きっと修業時代のことを懐かしく思っているんだろう。

「師匠、久々に会いてえな……。最近ご無沙汰だし、でも、会ってくれっかな……。体は柔らかい癖に、カタブツだしよぉ」

「会ってくれるでしょ、ただ一人の弟子なんだし」

「シショ、ッテナニ?」

 首を傾げるトナリに、僕は説明をする。

「師匠っていうのは、ガカリのエンジニアとしての先生、みたいなものだよ。ガカリは師匠の腕に惚れこんで、エンジニアになることを決めたんだ」

「そうだなぁ……どこから話せばいいのか……。群れになじめなくて放浪してた時の話だ……」

「その話すると、あんたたち長くなるから、切り上げましょ」

 遠い目をして語りだすガカリの話を、ツグはバッサリと切る。

「そうと決まれば善は急げよ! 確か、私の家の前に蒸気バスが来るのは――十一時のはずよ」

「あと二時間ぐらいあるね」

「各々準備をして、二時間後にココ集合よ! 遅れるんじゃないわよ!」

「なんで一番関係ないお前が一番張り切ってるんだよ……」

「ツグは仕切り屋さんだからね」

「シキリヤサン?」

「そうそう、仕切り屋って言うのは……」

「ヒロ! 余計なコト教えなくていい!」

「んじゃ、解散~」


 道中、トナリがちょこちょこと僕の後ろを付いてくる野を見て、まるでカモの親子だな、と思った。「ホントにカワイイ子だな」とも思った。

「何か、持っていきたいもの、ある?」

「ウ~ン、シショノ家、遠イ?」

「結構遠いねえ~。片道はバスで二時間ぐらいかかるよ」

「ジャ、お腹すくからオベント」

「そうだね、バスの中で食べようね」

「ウン」

 すこしだけ、傾ける様に、トナリは頷いた。

 トナリの仕草をみて、僕はトナリをむちゃくちゃ抱きしめたい感情に駆られる。

 なんなんだ、このあふれる庇護欲は! 僕はこの感情に父性という名前がついていることに思い至った。この時、僕の辞書に「父性」という言葉が載った。

 バゲットとチーズやハム、バターナイフなどを、愛用しているキャンバス地のバッグに入れて、僕たちはツグの家の前に集合した。

 いくらも時間が経ってない間に、ツグが現れて、少し話をした。

「それにしても、ガカリ、遅いね」

「久しぶりのお師匠さんのところだから、自分の作ったガジェットの成果とか、いろいろ見せたい物、あるんでしょ」

 ツグはベンチに座り込んだ。

「ところで、トナリ、どう? 具合は」

「メチャゲンキ」

 その言い方に、少し笑ってしまう。

「……私、迷惑、カケテナイ?」

「かけてなんかないよ!」

 僕は努めて明るい声を出した。

 その言葉を受けて、トナリは少し黙った後、

「……アリガト」

 小さな声だった。表情の乏しいトナリだけれど、その胸の中では色々思うところがあるのかもしれない。

「まあ、今からピクニックにでも行くような感じで、楽しくいこうよ!」

「ピクニック……? ナニソレ」

 僕とツグはお互いに目を合わせた。ツグはその後、トナリの頭を優しく撫でるのだった。トナリはぐしぐしと撫でられるまま、不思議そうな顔をしていた。


「ヨォ〜。おまたせ」

 ガカリが来た。どでかい革製のリュックサックに、これでもか、と作ったガジェットや商品を詰め込んで、彼は現れた。荷物が重すぎるのか少し左右によれながら歩く様はまるで酔っ払いみたいだ。上機嫌だし。少しいたたまれない空気だったので、呑気なガカリの登場に、僕は感謝した。ツグは呆れた顔をしていた。

「アンタ……そんなに持っていってもどうしようもないでしょ。帰りも持ち帰るのよ」

 ツグのそんな言葉に、ガカリは鼻息荒く、反論した。

「いや! そんなことにはならない!」

「なんでよ」

「実はこれ、商品なんだ。師匠のところに置いてもらえないかって思ってさ。力作揃いだぜ?」

「ちゃっかりしてるなあ」


 バスに乗り、二時間かけてガカリの師匠のいる町へと着く。バスの中では、トナリが窓に張り付いて、景色を子供みたいに眺めていた。きっと、ずっと牢獄みたいな部屋に幽閉されていたトナリにとって、荒野だろうが平原だろうが、とても新鮮に映るのだろう。トナリはおとなしかったが、楽しそうに見えた。車内で作ったサンドもいっぱい食べて、その後はよく眠った。可愛らしく、僕はずっと寝顔を眺めていた。

 師匠のいるその町は、険しい山の斜面をなぞるように作られ、平原に面した町の境目は、ぐるりと城壁で囲まれていた。多種多様な人種が住んでおり、いつも賑わっている。すこし、治安が悪い。町の家々の多くが山で採れた石造りで作られ、その町は別名、「石の町」と呼ばれていた。

 その町の斜面のふもと、騒がしい工人街の一角に、ガカリの師匠の工房兼家があった。

 山をくり抜かれるように作られた工房で、劣化した木の扉や、申し訳ない程度に主張する小さな看板が、師匠らしいなと思った。


 ギィィィイィ、カラン。

 軋むドアと来客を伝えるベルの音。

 中には二人連れの客が、ケージの中の懐中時計に目を奪われていた。

「すげえ、こんな細かいところまで彫刻が施してやがる……! こんな細工、ナノメートルの腕を持っているような奴にしかできねえ神業だ……!」

「歯車の側面一つ一つにまで刻印がされてやがる……!」

 お客の驚嘆に、僕は少し笑ってしまう。ガカリだけは自分のことのように得意げだ。

「フフン、きっとあの客、師匠を見たらたまげるぜ。――師匠! 遊びに来ました!」

 店と工房との間には、金属製の柵があって、その向こうにゆらり、と人影が見えた。

「んん。……誰だぁ?」

 妙に間延びした、低い声をあげる。

 人影は柵に近づく。

 ぬるり、と、柵の隙間から体を滑らせるようにこちら側へ通過した。

「よおぉ、ガカリか……大きくなったなぁ」

 現れたのは、山のようなシルエットを持った、黒く大きく、半透明の体の男だった。体の向こうの柵が、まるで陽炎のように透けて見えた。

「え、液体人間……」

「ホントに存在したなんて……!」

 店内にいた客が思わず声を上げた。

「おーぅ、ガカリ、それに小僧共。よく来たな」

 ゆっくり、のっそり、といった独特のテンポの声が心地いい。僕は師匠の声が好きだった。

「師匠!」

「そこの子は……?」

「この子はトナリ。俺達の新しい友人だよ」ガカリが紹介する。

「トナリか……よしよし、いらっしゃい」

 師匠はトナリの頭を太い触腕で撫でた。

「ヌルヌルスル!」

 トナリは僕を見る。なんとも、嫌そうな顔をしていた。ちょっと笑ってしまい、トナリが頬を膨らます。

「液状だからな、師匠は。許してやってくれ」

「それにしても、師匠。ずいぶん粘度が上がったんじゃないですか?」

「年のせいだろうな……体にずいぶん不純物が混ざり始めて、工作にもだいぶ影響が出ちまってる……。年は取りたくねえわな」

 ツグも会話に参加する。

「師匠は今年で何歳になるんでしたっけ?」

「ううんと……」

 師匠は腕をゆっくりと目の高さに上げると、にゅ、にゅ、にゅ、と紐状の突起を出したり、引っ込めたりする。師匠の数の数え方のクセだ。

「シショ、コワイ……」

 トナリが僕の陰に隠れる。まあ、見慣れないと結構恐怖かもなぁ。

 にゅ……にゅ……にゅ……。

「……ナニマチ?」

「師匠の年齢確認待ち」

 しばらく、僕たちの間に、妙な沈黙が流れる。

 そして、

「三十四世紀歳だなぁ……。お前らが大きくなるわけだなぁ……」

 しみじみ、といった感じで遠い目をする師匠。

「私が初めて会った時も三十四世紀歳だったけどね……」

「そりゃそうだ」

 ツグと僕はそんなことを言い合う。

「変わんねえな……師匠……」

 ガカリだけが、感慨深げな表情を浮かべていた。


「んで? どうしたんだぁ? 今日は」

「師匠に色々話を聞きたいことがあって……。ニンゲンの文明の星とか、この子のこととか」

 ガカリはそう言って、トナリをちらり、と目で示す。

「初対面だけどなぁ……」

「蝶とニンゲンのハーフらしいんです、トナリは」

「ニンゲンとのハーフ……。それでか……」

「それでとは?」僕は要領を掴めなくて、質問を返した。

「俺には目はないだろ。だから何を見ているのかって言うと、人の魂の在り様を見てるんだ。それで、独特の雰囲気がしたのか……」

「……」

「ふんふん……。それでニンゲンの話だったな、ついてこい、話してやる。悪いが、今日は店仕舞いだ」

 師匠は僕たちの他にいたお客さんに声を掛けると、店のドアを閉めた。そして、ついてこい、とでも言うように、再び柵を通り抜ける。

 僕たちは柵の脇にある扉を開けて、師匠の工房へと入った。


「俺がニンゲンについて知ってることはわずかだ、それでもいいなら、聞いてくれ」

「トナリの居たニンゲンの星って知ってますか?」

「そうだなぁ……昔こんな話を聞いた事がある」

 師匠はそう前置きをして、こんな風に語った。

「昔、ニンゲンの星は滅亡した。そして、それを機に亜人種たちが誕生し始めた頃の話だが、その時代は非炭素人種たちがニンゲンの代わりに繁栄していた。俺もそうだが。そんな、俺がまだ若い頃の話だ。人づてにニンゲンという生物がいたことを俺は聞いていた。その頃にはもう、各所、各星系で、それぞれの生態系を築いていた。あるガス状生物の商人から聞いた話だが、かつていたニンゲンという生物がどこかで、ニンゲン優生主義の国を作っている、という」

「ふうん……。それがきっとトナリのいた国だったんだろうね」僕はそんな相槌を打つ。

「俺もまさかまだ実在してる、とは思ってなかった。結局、滅んだのだとばかり」

 師匠はそこでグビリ、とビアを煽る。

「そこでは、彼らの技術力を駆使して、ユートピアを作ろうとしてるらしかった。天然の星ではなく、人工的に作られた星だ。宇宙に浮かぶニンゲンによるニンゲンのための要塞で、それが宇宙をどこともなく漂っているらしい」

「なんだよそれぇ……ちょっとロマンあるじゃん」

 僕はワクワクした。ロマンの匂いにはめっぽう弱い。

「ロマン……ある?」

 ツグは疑問の目を僕に向ける。

「あるだろ」ガカリは僕に賛同する。

「あるよね……。かつて滅んだとされる生物が、その技術を活かして人工的に星を作ってるんだよ? ロストテクノロジーの塊が、この宇宙の何処かを放浪してるんだ……! ロマンでしかないよ!!」

 ああ、と僕は天を仰ぐ。師匠の前だ。取り乱すわけにはいかない。だが、興奮を抑えきれない。あぁ。

「大体、ニンゲンって高い技術力を持ってるだけでもすごいのに、死してなお残留思念をモノに宿すなんて、とんでもない生命体だよ! それにさ、トナリの乗ってきた脱出ポッドも、見ただけではわからない技術がふんだんに使われてるんだろうなあ……。あまり特殊な能力を持たないとされていたニンゲンだけれど、集団になるとその能力をフルに活かすだなんて、おもしろいし、変わってるよね……!」

「いい時間になってきたな、夕食にするか。ガカリ、お前にも近況を聞きたいし、そこの坊主にもいろいろ聞きたいことがあるしな。今日はゆっくりしてけ」

 テンションが上がりきった僕の話は誰も聞いてくれておらず、ただ一人で興奮の発散先を口に回して、ひたすら喋り続けていた。


 僕たちは師匠の家で、夕飯をご馳走になっていた。ご馳走と言っても、師匠に食事の準備を任せると、液体だらけになってしまう。例えばスープ、例えばジュース。例えば機械油……。なので食事の準備は主にツグがおこなった。トナリは、ツグの料理の手腕を興味深げに見ていた。トナリは、ツグの料理するさまを興味深げに見ていた。その様子はまるで姉妹みたいで、微笑ましかった。

「完成したわよ! さあ、座って、座って」

 ニコニコと嬉しそうに配膳するツグ。トナリもおぼつかなく、料理の乗ったトレーを運んでいる。トナリは配膳だけを任された。

 できたのは採れたての野菜のサラダ、ローストズモモ(家畜だ)。それに素材を生かした具材たっぷりのシチューは、液体人間の師匠にも配慮したメニューだった。

「おお、美味いなこれ!」

 シチューを飲んだガカリが声をあげる。トナリも「ウマイ」と続けて言った。ツグはそれを受けて、フフン、と得意げに鼻を鳴らした。

「あったりまえじゃない! 私の自信作よ!」

「俺への配慮、痛み入る」師匠はシチューのスープだけを丁寧に飲んでいた。

 和やかな晩餐だった。僕は平和を噛み締めながら、ズモモを味わう。

「ところでガカリ、やけに荷物が多いようだが ……?」

「よくぞ聞いてくれました!」

 ガカリはようやく本題に入った、とばかりにいそいそとリュックを漁り始めた。

「これなんかどう? 新作だぜ?」

「……これは何だ……?」

「あぁ〜これね……」

 僕は「それから紹介するんだ……。きっとガカリにとっては自信作なんだな……」と複雑な心境になる。苦い顔をしていただろう。

「食事を簡単に摂るために、あらゆる食材を細切れにするガジェット! その名も、「ミキサー」! ちなみに計算機能付き!」

 師匠は、「いいじゃねぇか……」と意外な反応を見せた。

「いいんだ……」

「ああ、ミキサーがいい。いろんな食材を液体になるまで細切れにすれば、俺でも食事が楽しめそうだしな……」

「あ、そうなのね……ちなみに計算機は?」

「全く要らん」

「そこが一番のオリジナリティなのに……」と落胆。そんなガカリに向かって師匠は言う。

「単機能でいいんだよ、単機能で……。もしくはメイン機能の相性を考えろよ」

「全く……食事中にもオタカラとガジェットの話ばっかり……。トナリはあんな風になっちゃダメよ」

「ナラナイ」

 との会話が聞こえる。するとガカリは、

「トナリ。トナリの国にあった機械とか教えてくれるか?」

「ウン」

 本当に意地悪だな、ガカリは。でも僕はガカリを見過ごした。トナリの国の、ニンゲンの技術に興味津々だったから。

「コンナノモアルヨ」

 そういって、トナリは胸元から、首に掛けていたペンダントを僕らに見せてくれた。

 半透明の水晶と、それを囲むように、大きな翼を持った鳥の金属細工が施してある。羽の一本一本に鳥の勇猛さが表現されていて、かなりの腕の職人が手がけたものだと分かる。

「へえ、大したもんだな」

 師匠がそういうからには、本当にスゴイんだろう。

「これ、どうしたの?」

 いつの間にか、ツグも会話に参加していた。きっと、寂しかったんだろうと僕は推測する。

「アトメサンガクレタノ。コレガ私ヲ守ッテクレルカラッテ」

「そうだったんだ……」

「トナリの家では、こういうのいっぱい作ってるの?」

「違ウ。デモ、父サン、ニンゲンのノ人タチ、イッパイ集メテ、地下デナニカ作ッテタヨ」

「へえ〜〜、どんなの作ってたか、わかる?」

 僕とガカリは身を乗り出した。そして師匠も。

「ナンデモ、魂ノ保管方法ガナントカ、ッテ言ッテタ」

「壮大だなぁ……」

「ニンゲンの考えることは分かんねえや」

 僕とガカリはそんなことを返す。ニンゲンの考えることはいつだって分からない。どうしてこんな発想ができるのか、もしくはどうしてその技術を平和に使えなかったのか。どうして種族全体を滅ぼすに至る戦争をしたのか……。

「ニンゲンと言えばなあ……」

「こないだ、店に、あるモノを売り込んできた商人がいてだな……そのときは何もわからなかったんだが、ヒロならなんか分かるんじゃないか、ってな、一応買っといたものがあるんだよな……。見た目はただの木細工だけどな……。ちょっと待ってろ」

 師匠はそう言うと、ゴソゴソと背後の引き出しを漁り始めた。

「見つけた見つけた……。これなんだがなぁ」

 師匠は一つの木箱を持ってきて、テーブルの上に置く。

「お前ら、これ、分かるか?」

 ガカリがその木箱を振ると、カラカラ、と音がする。

「何か、中に入ってるみてえだな。どうだヒロ? ニンゲン、「中」にいるか?」

「うん、ちょっと試してみる」

 僕はガカリから木箱を受け取ると、両手で包むようにして持つ。

 そして意識はどこか遠くへ。


 僕の意識は灰色の空間へ着地した。浮いてるようでも、沈んでるようでもない、どこか水中に似たような空間。ニンゲンとの意識の交流の場は、どこか落ち着く雰囲気があった。

「ハロー、ハロー、どなたか居ますか……?」

 僕の声に呼応するようにして、小さな光が僕の鼻先に現れる。

 光が言った。

「あら〜ずいぶん可愛い子じゃない。死んでから長い事静かだったけれど、こんな風に人が来てくれることもあるのね~」

 自分が死んでることを把握しているタイプのニンゲンだった。それにしても気さくな人だ。

「で? どうしたの? こんなところまで来て」

「ええ、実は、木箱を受け取ったんですけど、開け方が分からないし、これが何なのかも分からないので、聞こうと思ってココ、来ちゃいました。おそらく、あなたの所有物ではあると思うんですけど……」

「変わったコねぇ〜。――この木箱はね、夫が、初デートの時にくれたプレゼントなの」

「プレゼントですか?」

「そう。私の夫はね、ロマンチックな人だったの。私と夫が付き合う時に、彼は「この木箱」をくれて、一年後も一緒にいるようだったら、これを開けようって言ったのよ。そしてその1年後に箱を開けてこう言ったわ。私はこの箱で、彼は鍵。箱の開け方を知ってるのは彼だけだったから。その二人が揃うことによって、初めてこの箱が開けられるようになるのよ」

「幸せだったんですね……」

「うん……そうね。まあ、そのプロポーズを受けた日に、爆弾が落ちて死んじゃったけどね」

「心中お察しします……」

「まあ、そんなに悲しんでもないけどね。幸せの絶頂で死ねて、むしろラッキーって感じ?」

 あっさりしているなぁ。

「プロポーズに使われたものですか……。僕たちが持ってて良いのかな、コレ」

 僕の答えにニンゲンはあっけらかんとした態度で返す。

「いいのいいの! 私たち、死んじゃってるんだから、もうこれは必要のないものよ」

「そういうものですか」

「そういうもんそういうもん。それじゃあ、開け方を教えるわね。――まずは正面に向かって左側にある二番目の板が横に動くから……」

 開け方の説明を聞いた僕は、意識を師匠の家に戻す。


 寝かけの時みたいに、体がビクッと反応する。徐々に視覚に色彩が戻り始める。

「どうだった? どうだった?」

 僕は、顔をのぞき込んでくる皆に、聞いた話を共有する。

「まず、これ、プロポーズに使われたものだったらしいよ。中身は、指輪かなんかかな? そんで、これを開けるには、特殊な方法が必要みたい。――ここをこうして……」

 僕が開け方の段取りを踏んでいると、ツグとトナリのこんな会話が聞こえた。

「ね? 大丈夫だったでしょ、トナリ」

「ヒロノ頭ガ、ガクーン、ッテシテ、心臓ニ悪カッタ……。ヨダレモタレテタ」

 僕、そんな状況になってたのか……。僕は恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、工程通りに木箱を解体していく。


 木箱の最後のパーツを半回転させる。すると、残った壁がバラリと解ける様にして、中身が現れた。

 それは、鳥の彫刻がしつらえられた、金属製の小物だった。中央にはいくつも突起の付いた円柱が横にして付いている。

「なにこれ?」

「これは「オルゴール」ってやつだなぁ、貸してみろ」

 師匠は機械の横についているゼンマイをカリカリ、と回し始めた。

「からくり仕掛けのオルゴールか……。これもロマンだなぁ」

 鈴のような音色が流れ始め、僕たちはそのメロディに耳を傾ける。


 僕はベランダで涼を取っていた。家の中からは、繰り返し繰り返し、オルゴールの奏でる曲が小さく聞こえていた。ざわざわと雑踏の声がする通りには、ガス灯がポツポツと点いていて、柵に頬杖を突いて、のんびり雰囲気を楽しんでいた。

「ヒロ、アリガト」

 背後のドアを開けてトナリが出てくる。

「どうしたのさ、急に」

 トナリは僕のすぐ横のちょこん、と立っている。

「私ガ落チタトコニ、ヒロガ居テクレテ、良カッタ」

「本当に急だな」

 僕は苦笑する。

「困ってる人を助けるなんて、当然のことだよ」

 僕は笑って、手を横に振った。

「ウウン」

 トナリは首を横にふる。

「?」

「見ズ知ラズノ人ヲ、ワザワザ助ケタリナンカ、シナイヨ」

「そうかな……」

 そう言われて、体がむず痒くなるのを感じる。トナリは僕の顔をじっと見た。

「コノママ、ズット一緒ニ暮ラシタイナ……」

 僕に寄り添うトナリのその言葉を聞いて、僕はドキッとする。

「い、一緒にってことは……つまり……」

「四人デ暮ラセバ、毎日スゴク楽シイッテ、私思ウ」

「あ、四人でね……」

「ウン」

 トナリは雑踏に目を向ける。その顔はいつも通り無表情で、表情を読み取ることはできなかった。

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