ゴミ漁りヒロと落ちてきた少女

霧_悠介

第1話 起

 僕は探している。ひたすらスペースデブリの山にその身を突っ込んで、あれでもない、これでもないと、ゴミを掴み上げては放り投げている。僕が探しているのは、まだ見ぬオタカラ。かつて超技術を持った文明の、オーパーツを僕は求めて、こうやってゴミ漁りをしている。

 ただ、こうして炎天下の中、淡々とした作業をしていると、よくわからなくなってくる。

 僕は何を探しているんだっけ?

 僕が欲しいのは本当にオタカラなのか?

 僕は、なんのためにオタカラを探しているんだろう?

 僕は、何を本当は求めているんだろう……。

 「ヒロ、こんな遠くまで来てたのか、家の周りを探すって言ってたじゃないか」

 額の汗を袖で拭いていると背後から声がする。ガカリだ。

「え? あ、本当だ」

 回りを見渡しても、僕のあばら家のある森は視界に映らない。見渡す限りのゴミの丘だ。夢中になって、少しずつ家から離れてしまったんだろう。

 ガカリが苦笑しながらため息をつく。

 ガカリはオオカミ型の亜人だ。茶色いオオカミ人で、頭に大きなゴーグル、服装は青の、オーバーサイズの袖なしツナギ。彼がこの服装以外をしているところを見たことがない。無頓着なんだろう。彼はオオカミ人たちの輪になじめず、村の外でエンジニアをしている。初めてオタカラを持ってガカリに会ったとき、目をきらきらと輝かせて、興味深そうにしていたっけ。それ以来、僕はゴミ山でパーツを見つけ、ガカリに売るような関係だ。はぐれモノ同士、仲良くしてもらっている。

「全く、何度話しかけても反応しないなんて、相変わらずだな」

 僕が仕事のスペースデブリ漁りをしているときは何度話しかけても反応がない。ガカリ曰く、「お前は集中力が高すぎんだよ!」とのこと。何なら、朝から一日中、日が暮れるまでスペースデブリ漁りをしていたこともあるぐらいだ。

「んで、どしたの、ガカリ、わざわざ来て」

 お前なあ……とガカリは呆れ顔だ。

「お前にお客さんが来てるぜ。場所は俺んち。ヒロが家にいないから、てっきり俺んちにいると思ったんだと。前もって、連絡しといたんだけど、って言ってたぜ」

「あぁ、そうだった。お客さんってツグだよね。」

「そうだよ。また、何か持ってきてくれたみたいだぜ」

 返答を聞いて、僕のボルテージが上がる。

「やった!! またオタカラを探してきてくれたんだ!!」

「お前の「オタカラ」に対する執着ってなんなの……? ま、そういうわけだから、ゴミ拾いなんかさっさと切り上げて、俺んち行こうぜ」

「ゴミ拾いじゃなくて、トレジャーハンティングだって!!」

 ガカリはちょっと笑って、

「はいはい。トレジャーハンティングとやらのなにがそんなに面白いわけ?」

「聞いてくれたなぁ……」

 僕は一つの間をおいて、朗々と語り始めた。

「トレジャーハンティングには夢がある! かつていたとされるニンゲンたちの、もはや再現できない巧妙な技術の塊! それらは単なるガジェットじゃないんだよ! 凝縮されたロマン! それでしかない! まさに「オタカラ」だ!」

 肩で息をする僕を見てガカリは耳まであるような大きい口をニヤリと曲げる。

「わかってるよ、ヒロ」

「じゃあなんで聞いたんだよ! 疲れるだろ~」

「久しぶりにお前のその口上聞きたくなったんだよ」

「馬鹿ヤロウが」

 僕はガカリを肘で小突く。

「んじゃ、ツグんところ戻りますか。かなり待たせてるから、怒鳴られるぞ~」

「あ、ツグのこと忘れてた」

 僕は細かい金属パーツの入ったリュックをジャラリと担いでガカリの後を付いていく。

 

 ガカリの家。ここは仕事場兼、ガカリの自宅になっている。ぎぎ、と音を立ててきしむ厚めのドアを開けると、中央のテーブルにはツグがいた。

「遅いわよ!! いつまで待たせるつもりなのよ!!」

 僕らの顔を見るなり、刺すような質感の、高い声が耳を突いた。

「ご、ごめん、結構遠くに行っちゃってたよ……」

「ふん、どうせそんなことだろうと思ったわよ。そんなことより、今日も持ってきてあげたわよ、「オタカラ」」

 ウサギ人のツグ。オオカミ人達の集落の近くの家の一人娘だ。それにここ周辺の「ゴミ山」一帯の権利者でもある。地主ってやつ。それも、「大」が付くほどの富豪だ。ツグの家には倉庫があって、代々この星に流れ着いたり、譲ってもらったガジェットが紛れ込んである。それを見つけては、こうして、僕やガカリのもとに持ってきてくれる。

 テーブルの上には手のひらぐらいの大きさのよくわかんない「オタカラ」が無造作に置かれていた。周囲にはスイッチやダイアルみたいなパーツがいくつもついていて、金属製の棒がぴょん、と飛び出している。小型の機械だった。

「何これ?」

「ちょっと貸してくれよ、っと」

 ガカリがそのガジェットを無造作にひょい、と持ち上げ、くるくる回すようにそのキカイを調べ始める。ダイアルを回したり、スイッチをカチカチ押してみたりする。

 いつも、僕が見つけてきたり、ツグが持ってきてくれたオタカラは、そのままでは使い方がわからない。だからこうしてエンジニアのガカリに使い方を探ってもらうのだ。

「動かねえな。どうやらお前の出番みてえだな……頼むぜ、ヒロ」

 それでも分からない場合は……。

「うん」

 僕は差し出されたそれを丁重に両の手で受け取り、額を近づけると。

 僕の意識は、ガカリの家から飛び出して、遠くに飛んでいく。


・・・・・・・・・・


 「現実」でもない、「世界」でもない所へ。

 水中に浮かんでるようで、沈んでいるような世界に僕はいつの間にか居た。視界は一面の灰色で、星みたいに光がぴかぴかと点滅していた。

 僕のもとに、彷徨うみたいにしてふらふら飛んでいる、先ほどのガジェットがあった。

 僕はそれに話しかける。

「ハローハロー、ニンゲン。聞こえますか?」

 それは淡く明滅して、声が聞こえる。

「ん? ここは……これは、どこだ? 私の体は……どこにある?」

 男性の、少ししゃがれた声。

「……」

 当然の反応に、僕は現実を教える。

「あなたは死んでるんです、ニンゲン」

「……どういうことだ」

「あなたの星であるチキュウでは、大きな争いが起こりました。全人類が参加するような。ひどい戦争だったようです。最後は惑星ごと爆発してしまいました……。チキュウとニンゲンは滅亡したんですよ」

 少しの沈黙の後、

「……君は誰だ? なぜ、そんなことを知っている?」

「僕はニンゲンの生き残りの子孫だと聞いてます。放射線の影響でミュータント化してしまったらしいのですが……。その影響で、ニンゲンの残留思念と対話ができるんです。すごく長生きの人から聞きました」

「……にわかには信じられないな……」

「心中お察しします……」

 長い沈黙の後、再び、それは――目の前のニンゲンは話し始める。

「夢ではなく本当に私の体はないんだな……。代わりに、ラジオに私の魂が乗り移ったということか……」

「ラジオ? この機械はラジオと言うのですか?」

「ああ、そうだ」

「このラジオを使える様にしてくれませんか? ラジオはあなたの所有物だったはずです。使用許可をお願いします」

「それだけで使えるのか……? わかった。このラジオを「使っていい」よ」

「ありがとうございます」

 ラジオのニンゲンは一通り使いかたを教えた後、「今日は不思議な一日だな」そう言った。そしてラジオの光が消える――。成仏したんだろうか。

 ありがとうございます。最後に僕はもう一度、お礼を言った。


・・・・・・・・・・


 一通り、ラジオの使い方を聞いた僕は、意識をガカリの家に戻すことにした。

 ビクッ、と体が震えて、視界にツグとガカリの姿が見える。この星特有の、乾いた暑さを体中で感じた。戻ってきたら、汗をびっしりとかいていた。

「お、戻ってきた」

「ね、ね、どうだった? 使いかた、分かった?」

 好奇心の強い二人が目を輝かせて、僕をのぞき込んでくる。

「うん分かったよ、これはラジオって言って、どこか遠くの音声をキャッチして聞けるガジェットらしいよ」

 おおー、と二人が小さく歓声を漏らす。

「なな、分解していいか? 仕組みを理解したい」ガカリが零れんばかりの笑みを見せる。

「ダメに決まってんでしょ! まずは使い方を確認してからよ! ――ヒロ、早速使ってみて!」

「ええと……ここをこうして……」

 キュイーン、ザザザザ……。

「何よ、雑音しか聞こえないじゃない」

「ニンゲンが言ってたよ。音声を送信してるとこがないと聞けないって」

「なーんだ。んじゃまったく意味ないじゃない」

「つまんねえな」

「そうだね……」

 僕は諦めきれず、ダイアルをあっちこっちに回している。その時、

「……ザッ……ますか……! ザザ…………ス……ザ…………ぁい……」

 ふいにラジオのスピーカーから誰かの声と思しき音がした。

「おっ! なんか、音声拾ったぞ!」

「ちょっと、さっきのとこよ! さっきのとこ!」

「わかってるわかってるちょっと待って!」

 僕たちは興奮して、小さなラジオに聞き耳を立てるように、三人で頭を突き合わせている。

「ここだ!」そう言って、ダイアルを微調整する。

「ザ…………助けてください! SOS! 墜落しています! 場所はXO星系E一〇二九一星です!」

 三人は顔を見つめ合う。

「XO星系って……」

「この銀河だな」

「E一〇二九一星って……」

「このガナン星のことね、どうしましょう!」

「まあ、ガナンは恒星周期とほかの惑星の位置関係でスペースデブリがよく落ちてくるしな~」ガカリはのんきな声を出した。

「よくあるよくある」僕もガカリに調子を合わせた。

「でも、助けて、って言ってるわよ。どうしたらいいのかしら……」

「お! まだなんか聞こえるぞ」

 僕たち三人は、ラジオの声に耳を傾ける。

「落下予測座標はX軸二〇・六五二九〇! Y軸一一三・〇〇四九一です!」

「X軸二〇・六五二九〇でY軸一一三・〇〇四九一……」

「この近くか……?」

「ちょっと待ってよ、その座標って……」

 ツグが勢いよく立ち上がる。

「え? どうしたの、ツグ」


「あたしの家じゃない‼」


 その瞬間。

 耳をつんざく爆発音がした。背後のガラスが割れ、豪風が部屋の中に飛び込んでくる。

 ガカリのガジェットやらパーツやらコップやらが部屋内を跳ねまわり、僕は机の下に隠れる。ガカリの「痛え!」という声が聞こえた。ツグは耳を押さえて、うずくまっている。

 風が収まり、静かになる。部屋には土埃、デブリの破片、ネジやらナットやら、ガジェットの部品が散乱していた。キーンと耳鳴りがする。あたりが治まると、すぐにツグは飛び出していった。

「私の家ーーっ!」

「面白くなって来たぜ! これで大地主も没落かぁ⁉」ヒャヒャヒャ、と下卑た笑いでツグを茶化す。

「うっさい、ガカリ! 心配しろーっ‼」

「相変わらず地獄耳だなぁ」

 ガカリは僕を起こそうと手を差し伸べる。なんなんだ、良い奴なのか、悪い奴なのか、判断しかねるぞ。

 

「私の家……」

「こりゃひどいや……」

 ツグはもはや家だったモノの前にへたりこんでいた。いつもはぴんと立っている長い耳もへたり……としおれている。

 五階建ての、この辺りでは一番大きな建物。それが全壊していて、瓦礫の山と化していた。まるで中央部分から爆発した様に、放射状に残骸が散らばっている。

「見ろ! 倉は無事だぞ! 良かったな〜。まだ見ぬオタカラは無事かもな」

 ガカリはけらけらと笑っている。

「そんなことより助けないと!」

「おっと、そうだった」

 我に返った僕。ガカリも救難信号のことを思い出したようで、僕についてくる。

 瓦礫の山をかき分ける僕とガカリ。中央には、卵型の機械が土煙をまとって転がっていた。大きさは五、六人ほど入れそうな大きさで、まっ白な色をしている。こんな墜落だったにもかかわらず、表面は鏡みたいに傷一つ付いてない。僕らは、救助を求めてきた人はこの中にいるんだろうと推測した。

 機械の下の方に、角の取れた四角形の溝があって、入り口と思わしかった。横にスイッチがあったからだ。

 その緑色のスイッチを押すと、四角い扉がせり出してくる。内側は階段状に段差が付いていた。

 ぷしゅー。そう音がして、中から湯気が出てくる。熱くて、嫌なにおいがした。肉が腐ったような……。

 そして、扉が開くと中から腐った肉のような、スライムのようなねばついた紫の粘液をまとった柔らかな塊が零れてくる。臭気の正体はこれだった。

「生きてねえかもな……。もしかしたら、これが救助信号を送った奴だったり……」

 ガカリは顔をしかめながら、少し動いてるその肉塊を見据える。

 と、その時。

「……ァ…………イs…………」

 中でか細い声がした。

「まだいる! 声がするよ!」

 僕はわき目も降らずにその肉をかき分けて、中に入る。躊躇はなかった。


 中は空洞になっていた。見たこともない機器やパネルが円形の壁に沿ってひしめいていた。電子音がピポピポ鳴っている。モニターの無機質な光以外は暗く、空気が熱っぽかった。外の見かけよりも広く感じて、意外だった。

 そして、首をだらんと下して気を失っている少女がいた。

 少女は虫系の人類の、幼体のように見えたが、はっきりしたことはわからなかった。触覚がついていてスレンダーで、小柄だが、手足はすらりと細い。微かに開いた両目は昆虫の複眼のように真っ黒に見えるが、瞳が大きい種族なだけなのかもしれない。

 僕は目の前の少女を抱きかかえる。

「いたか?」

「ガカリ、この子を運び出すのを手伝って!」

「生きてんのか?」

「生きてるよ! 声がしたし、呼吸もしてる!」

 よし、とガカリは僕がこの少女を運び出すのを手伝い始める。

 肉塊を体で押しのけながら、僕はこの少女について考えていた。

 この子が意識を失いながらも呟いた言葉はこの星系の言語ではなかったように聞こえた。どこか遠くから来たのだろうと思う。かつてのニンゲンのように、滅亡した星から逃げてきたのかもしれない。ニンゲンの末裔として、この子を助けたいと思った。誰かが僕のご先祖、ひいては僕を助けてくれたように。力になりたい。

 少女の手首には、鎖の切れた手錠がはめられていた。



 

「あ、目が覚めた?」

 少女がベッドから起き上がるのに気付いたツグが声をかける。

 あの後、僕たちはこの少女を僕の家に運んで、介抱することにした。僕の家はガカリの所よりも近かったけれども、森の中にあったために、衝撃が和らいで無事だった。とりあえず落ち着けるところを、というところで僕の家に運んだのだった。ツグの周りの家は墜落の影響で散々な状態だったから、そんな所よりも多少散らかっている僕の家の方がましだった。

 今はベッドの傍らの椅子に僕とツグが座っている。

「ahuskuruoti?」

「あ~。ここの言葉分かる? ハロー?」

「sahoeiaygkuuu……」

「やっぱり、分からないか……。おなか空いてない? クリンツの実、剥いてあげたから」

 ツグが優しく語り掛ける。こういう時のツグは母性の塊になる。弱った人を見捨てられない性分をしている。これが周りから慕われている所以だ。

 はい、と木の器に入ったクリンツを差し出した。ウサギの形に剥いてある。

 女の子は明らかに戸惑っていた。

「huauushiuuyguya? iguyaiinai?」

「わかる? 食べていいよ」

 ツグは僕にウサギ型クリンツを突き出す。僕は無言でそれを咥えて咀嚼した。

「どうぞ」ツグは食べていいよ、というように少女に器を差し出す。

「……」

 少女は少し戸惑ったように果実を眺めていたが、両手で一つ、掴む。掴んで、小動物のようにはむはむと齧り始めた。

「うんうん、やっぱりお腹すいてたんだね」

 ツグは静かで優しい笑顔を見せる。

「家、残念だったね」

 僕はクリンツを自分で剥きながら、満足そうに少女を眺めているツグに話しかける。

「まあね。でも私のウチをなめないでよね。家の一軒や二軒簡単に建てれるんだから。蔵も無事だったしね」

「そっか」

「そうそ……あら」

 ツグの視線の方に目を向ける。

 少女は、果物を頬張りながら、大粒の涙をぽろぽろ流していた。

「……どんな状況だったのかしらね、この子」

「……助けてあげたいな」

「確かに力になってあげたいけど……。でも、どこかから逃げ出してきた囚人だったりするのかもね」

 確かに、着ているものも服というより、布に穴を開けて首を通しただけの簡素な物だ。それに、手錠。

「うん……」僕はあいまいな返事を返す。

「ま、それもこれもガカリが「ホンヤクキ」とやらを作ってくれるのを待つしかないわね」

「そうだね……」

「来たぞ~」

 タイミングよく、ガチャリ、とドアを開けてガカリが現れる。その音に驚いて、体を縮こませる少女。少女は僕とツグの後ろに隠れる。ツグの服の裾をつまんでいた。

「怖いってさ、ガカリ」

 僕がそう言うと、ガカリはちょっと困ったようにポリポリと立った耳の後ろをかく。

「まあ、初対面の奴に怖がられるのは慣れっこだけどよ……。それじゃ、ヒロがコレ付けてやってくれな。首にかけるだけでいいから」

 そう言うと、ガスマスクみたいな装置を僕に投げてよこした。これが「ホンヤクキ」か。慌ててキャッチする僕。

「ちょっとごめんよ」

 頭から首に掛けようとする僕。

「ua……」

 やはり少しおびえる少女。

「怖くないからね」

 ツグの声から敵意はないことを感じとったのか、少女は僕におずおずと頭を差し出した。

 その「ホンヤクキ」はガスマスクのような形状をしている。両の耳と口元にマイクとスピーカーがついていて、音声を拾うようになっているらしい。

「どう? 聞こえる? 言葉分かる?」

 少女は目を見張る。そして言葉を発した。すると、少女の口元のスピーカーから、合成音声が流れてきた。

「コトバ、ワカル……」

「成功だ!」

 ガカリは飛びはねて喜び、少女をまたツグの影に隠れさせた。

「この機械はなぁ、同時通訳してくれる機構を作るために、ヒロの言うニンゲンの残留思念に翻訳を手伝ってもらう新しい技術を開発したんだよな~~。いやぁ~うまくいって良かった」

「ニンゲンの思念? どういうこと?」

 ツグが聞く。それを聞いて、ガカリは照れたようにニコニコしながら、新技術の詳細とやらを語り始める。

「言語以前の意味の世界を、残留思念がキャッチするんだ。そして、それを俺達の言語にうま〜く変換させてくれる。開発、というより、契約だな。ニンゲンの残留思念との」

「ふうん、あんまりうまく分からないいわね」

「バッサリいくなぁ~こいつ」

「まあ、いいんじゃない」僕はガカリをなだめる。

「まあいいってお前の功績の方がデケェだろ……。ヒロがいいんならいいだけどさ」

 ツグが少女に向き直る。

「そんなことより、あなた、名前はなんて言うの?」

「トナリ……」

 少女はぽつりと、自分の名前を言った。ちょっとはにかんで言ったのが、可愛らしい。

「トナリ! トナリって言うのね!」

 きゃー! と叫んで、ツグはトナリに抱き着く。トナリは、何がなんだかわからない、といった様子で顔を赤くしていた。

「仲がよろしくて、良いことですなあ」

「ホントだよね」

 ガカリと僕は少し呆れたような目で、トナリに頬を擦り付けるツグを見ていた。

 



 その日の夜。トナリは僕の部屋で休んでもらうことにした。ツグは家がないので当然のように寄宿。ガカリも「なんかヤだから」という理由で、僕の家に泊まった。さみしがり屋の子どもかよ。

 そして、みんなでトナリがここに来るまでのいきさつを聞くことにした。寝室ではなく、キッチンにあるテーブルで。墜落現場の後片付けに追われた人足たちの怒号が、遠くで響いていた。

 僕は寝ていたほうがいい、と言ったけれども、トナリが構わなさそうだったし、ほかの二人も聞きたがったので、僕も話を聞くことにした。しかし、意外とタフな子なんだな、と思った。

 機械の翻訳を介しての話だったので、なかなか意をつかめなかったけれど、僕たちはトナリに何度も質問して、要点を絞ることにした。

 話をまとめると、こうだ。

 トナリは、どこかの城に住んでいるお金持ちの子として育てられた。城は宇宙に浮かんでいて、場所は分からない。いつもふよふよ動いているから。家族は、父親と母親と、いっぱいの召使いさん達。父親は優しくしてくれたが、母親の自分を見る目は冷たかった。四歳の誕生日、母親はトナリを、薄暗くて高いところにある部屋に閉じ込めた。鍵がついていて、内側からは開けられなかった。手錠もつけられた。その間は仲良くしてくれていたある召使いのアトメさんがトナリのお世話をしてくれた。閉じ込められていた期間は、十年。ある日、自分の体がどこかむずむずするようになる。それを召使いさんに訴えると、「ここから逃げよう」と提案された。自分は寂しかったし、悲しかったので、召使いさんと一緒に逃げることを決めた。夜中、ポッド――あの乗り物のことらしい――に乗り込んで、脱出する。ところがしばらく経つと、機器の故障が相次ぐようになった。脱出ポッドの操作が効かず、不時着体勢に入り、トナリ達は救助信号を出す。――そして、今に至る。

「アトメサン、ポッドノ中ニイナカッタ?」

「……誰もいなかったよね、ガカリ?」

 僕はガカリに釘を刺すようにそう聞いた。

 僕の脳裏には、あの、ぶよぶよの肉塊が浮かんでいた。もし何らかの形で、アトメさんがあの肉塊になっていたのだとしたら――。

「おう、誰もいなかったぜ」

 こともなげにそう言った。僕は少し安心した。

「先にポッドを出て周りの様子見に行ったのかもしれないわね、そのうち会えるでしょ」

 ツグの何気ない発言が、結果的にフォローしてくれる。非常に助かる。トナリに「君を助けてくれたアトメさんは肉塊になったかもしれない」などと伝えるのはさすがに酷だ。

「それにしても、なんでトナリのお父さんはトナリを助けなかったのかしら……許せないわ」

「私、母サンノ子供ジャナカッタカラ、引ケ目ガアッタンダト思ウ……」

「複雑な家族関係ね……」

 僕たちはなんて返していいかわからず、困惑の色を浮かべていた。

「ソレニ」

「それに?」

「私ノ家ハ人間の純血シカ家系ニ入ルコトガ認メラレテナカッタカラ、虫人と人間ノハーフノ私ハ、邪魔ナ存在ダッタンダト思ウ……」

「ふ、ふーん」ツグは困ったな、という顔をしている。

「なんか、サラッと凄いこと言ったような……」ガカリは苦い顔。 

「ニンゲン……?」


「ニンゲンって、あの滅亡して、わずかな生きのこりしかいないとされている、ニンゲンのこと⁉」

 僕はまくしたてる。

「純血しか家系に入ることができなかった……ってことはお父さんもお母さんも、ニンゲンなの⁉」

「ウン、ソウ」

「目は?」

「顔ノ前ニツイテル」

「耳は?」

「横ニアルヨ」

「毛は?」

「頭ノ上グライシカ」

「角や触角は?」

「ナイヨ」

「そのお城にはなんかよく分からない技術で作られた機械がいっぱいあった?」

「アッタネ」

 続けるようにツグが口を開く。

「常に不安にさいなまれながらも、その不安から逃げるように自分に嘘を付いている?」

「オイ」これはガカリだ。

「部分的ニソウ」

「それってニンゲン確定じゃん‼」

 僕のボルテージが一気に上がる。

「ああ、かつて滅んだとされていたあのニンゲン! それが文明を築いてどこかで繁栄しているんだ! これはロマンだよ!」

 はいはい、と勝手にテンションが上がっている僕をたしなめるガカリ。

「なんだか小難しいことになってきたわね……」と複雑そうな顔を見せるツグ。

「そうだなあ……」

 僕は考える。

「トナリは、どうしたい? これから」

「コレカラ?」

 トナリは小さく首を傾げる。その様子はまるでお人形さんみたいだ。

「そう、これから。トナリはもう、何でもできるんだよ、トナリ。自由の身なんだ。今まで閉じ込められてて、したくってもできなかったこと、いっぱいあるんじゃない? 良ければ、手伝ってあげるよ」

 僕はそう言う。

「ジユウ……」

 トナリは片手を頬に当てて、考え込んでいる。

「私、知リタイ。ナンデ私ハ閉ジ込メラレナキャイケナカッタノカ……。ナンデ、アトメサン、私ヲ出シテクレタノカ。ソレヲ知リタイ」




 僕の寝室は女子二人に提供して、ガカリと僕はリビングで寝ることにした。

「なあ、どう思う?」

 ガカリがソファの上で包まる寝入りの僕に語りかける。

「何が?」

 僕はガカリの質問の意図をうまくつかめず、聞き返した。

「何って、トナリのことだよ。アレ、多分ニンゲンの王族とかの娘だぜ? 追手だって、来るんじゃないのか? そんな奴を匿うのかよ」

「匿うのかよ、って……。ガカリだって、トナリの身の上話聞いてヒンヒン泣いてたじゃん」

「そうだけどよ……」

 ガカリは口ごもる。そんな様子のガカリに、「もう寝るね」と毛布を頭まで引き上げる。

「あのよ、この際だから言っておくけどな」

 ガカリは珍しく真剣な声色で僕に語りかける。

「トナリのことはかわいそうだ。だけどな、俺はポッと出のアイツなんかより、お前とツグの方が大事なんだ。身の上話を聞いて、それでも匿うってのは、お前らになんかしら危険が降りかかることだと俺は思ってる。それに見たろ? アレ……」

 今度はガカリの言いたいことが理解できた。

「肉塊でしょ。ガカリも気づいてたんだ……」

「トナリの前だから、知らないふりをしてただけだ。あの肉塊って、動いてたよな……。まだ生きてたんじゃ」

「ちょっと、怖くなるようなこと言うの、やめてよ、ガカリ……」

「悪い悪い。とにかく、あの肉塊って、アトメさんって人だったんじゃないのかって思うんだ。脱出ポッドには誰かが出てきた様子は無かった。多分、アトメさんだぜ」

「……」

「とにかく何が言いたいのかっていうとだな、手段なんかわからないけど、人一人そんな風にできてしまう奴相手なんだ。トナリを匿うこと、よく考えたほうがいいぜ……」

 僕が何も答えられないでいると、ガカリは「んじゃ、お休み」と寝袋の中に潜りこんでしまう。

「……」

 僕は考えこんでしまった。実際、アトメさんと思わしき肉塊を見ている。確証はないけれど、ガカリの主張には、何か説得力めいたものを感じた。僕だって、同じように考えたし。

 ニンゲンとは、情念の生き物であったらしい、とガカリの師匠から聞いたことがある。念が強いと生きたまんま離れたところの写真に映り込んだり、死んだあとだって、幽霊という形態に変化して、肉体以外がその場にとどまり続けることだってあったらしかった。現に、僕の見つけてきたオタカラにだって、残留思念が残っていた……。

 残留思念や、幽霊。情念による呪いの類。

 それがニンゲンの能力なのかもしれない、とふと僕は思ってしまう。

 背筋が寒くなる。ニンゲンの残したロストテクノロジー。そして、死後、それにこびりついた残留思念。アトメさんをあんなふうにしたかもしれない、憎悪? 攻撃性? トナリに対する執着心? ……。

 なんだか頭が冴えてきて、眠れなくなってしまった。

 明日からどんな風に過ごせばいいんだろう……。


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