第29話 ヲタ活終了、推し握手会免除

「あれ?話が違うんですけど?」


 その日僕は申し込みをしていたチケットの当落が、想像していた結果と違っていたので困惑していた。なぜそうなったのかというと、あれは先日行われた握手会での出来事だった。


「お疲れ〜、また舞台決まったの〜、順調じゃん。しかもヒロイン役って。夢が叶いつつありますね。推しててよかったです」


 いつも通り推しと握手会を楽しんでた時だった。最近また舞台の仕事が決まったので、舞台の話を振ると、推しは真面目なテンションでこう言ってきた。


「主演の俳優さんが人気のある人だから、チケット取れないかもしれないから多めに申し込んだ方がいいよ」


 その言葉を信じ多めに申し込みをしたのだが。なんと!初日と千秋楽以外は全部取れてしまったのだ。


 マジか〜!完全に想定外。半分当たればいいと思っていたのに。


 もしかして詐欺られた?


 一番欲しかった初日と千秋楽がハズレて、他20公演が当たるという。なんとも僕っぽい、運がいいのか悪いのか分からないような結果となっていた。


 うん?ということは四国公演も当たったのか?


「あー、当たってるじゃん」


 四国公演はプレビュー公演後の最初の公演日となっていた。早いうちに観に行きたかったし、取れないかもと言われていたので申し込んだのだが、見事に当選。


 まあ当たってしまったからには仕方がない。観光がてら行くしかないと思っていたのだが、チケットを確認すると座席は後ろから3番目の位置だった。


「四国まで行って、後ろから3番目の席かよ!」


 マジかー、落胆し力が抜けてしまった。一瞬行く気がなくなってしまったが、まあでも四国に行ったことないしと思い直し、観光できそうなところを検索してみることに。


「あーっ!!」


 そこであることに気づき思わず声が出てしまった。その日は握手会の日程とまる被りの日だったのだ。

 当然、推しはその日の握手券の発売はなかったのだが、新メンバーの娘の券は買っていた。


 慌てて引き出しを開け、何枚買えていたのか確認する。18枚か、、。こういう日に限って当たってるんだよなー。


 こういうところも僕っぽい。


 でもその日の握手会の会場は京都。もしかしてと思って移動手段を検索すると、、。


「電車でも車でも片道4時間かよ!」


 1、2部だけ握手会に参加して現地に向かうのも難しそうだ。


 実はヲタ界隈ではある一定数の握手券を売り切ると、握手会は免除になり他の活動に専念するようになるとの噂がある。


 推しはすでにその一定数に達している。もう次のシングルは握手券を発売しないかもしれない。そんな噂になっていた。


 アイドルヲタを続けるには推し変、もしくは別グループに乗り換えが必要な状態になっていたのだ。これからのことを考えると新メンバーから、新しく推しメンを見つけないといけない。


 ずっと応援し続けていたのだが、やはりここは握手会を優先せざるを得ないだろう。


 ていうか四国行かなくても19公演もチケット持っている訳だし、ヲタとしての誠意は見せているだろう。



 後日の握手会。


「ちょっとー、チケット20公演も取れたんですけど!?詐欺ったでしょ!」


 推しの前に進むといきなりそう言った。推しは一度顔を伏せた後に目をキラキラさせ言ってくる。


「そんなに取れたの?じゃあもう頑張って来るしかないね」


 来るしかないって、ニートじゃないんだから。


「貴女が取れないかもって言ったから、多めに申し込んで、当たった日を仕事の都合つけて参戦しようと思っていたのに、20日も都合つけられる訳ないでしょ」


 口を尖らせながらそう言った。当然、反論して来ると思ったのだが、流石に申し訳ないと思ったのだろうか推しは表情を曇らせていた。


 反論されないと罪悪感に苛まれてしまうんですけど。


「あっ!四国公演、握手会と日程被ってるじゃん。チケット取れたけどその日は後輩メンバーとの握手を優先させて、干すこと決定だからよろしく」


「はいはい、そういうこと言いながら結局来るんでしょ」


 推しは曇った表情を幾分緩ませそう言ってきた。 


 これで終わりかー、寂しいなー。やっぱり枚数が取れてないとゆっくり話できない。なんか中途半端なところで終わってしまったよ。


 失敗したなー、あんなこと言わなければよかった。僕はあなたのヲタなのだからそれくらいの出費なんとも思わないんだけど、変に気にしていないといいんだけど。


 そして後日、恐れていたことは現実のものとなってしまった。なんと最新シングルの推しの握手券の発売は1日のみだったのである。


 もしかしたら前回で終わりの予定だったのかもしれない。だが体調不良で休んだ日があったので、その補填に無理やり日程を組んでの1日なのかもしれない。


 おそらく個握はこれが最後の発売だろう。


 推し活を始めた時はこんな日が来るなんて想像もしていなかった。


「握手券買える時にもっと買っておけばよかったなー」


 握手会が免除になってしまったメンバーのファンの方々は、どうやって気持ちを整理しているのだろうか。

 推し変をしたのだろうか、ヲタ卒したのだろうか、これから僕はどうしたらいいのだろうか。


 推しを追いかけて北陸の方にも東北にも九州にも行った。行ったことのない場所にたくさん行ったと思う。


 舞台もそうだ。推しが出演しているからとの理由で同じ公演を何度も見に行った。セリフを全て覚え、動きも全て覚えてしまうくらいになってしまったこともあった。


 今度の舞台もきっとセリフも動きも全て覚えてしまうことだろう。だが、この舞台の感想をゆっくり話すことなどできないだろう。


 推しは確実に女優になるという夢に向かってスキルアップしてくれている。僕のヲタ活は1mmくらいは推しの役にたったと思う。そう思うことにし彼女を推すのはこれで終わりにしよう。



 多分最後と思われる個別握手会会場。その日は凍えるような寒さの日だった。コートのポケットの中にカイロを入れて、推しと握手したときに手が冷たくなっていないように気を配る。


 1日100枚確保し臨んでいたのに最終日に確保できたのは1日で12枚だけ。


 寂しい気持ちを表情に出さないように注意し推しの前に進んで行くと、僕が口を開く前に推しは言葉を発してきた。


「舞台大丈夫だったの?」


 だったの?舞台大丈夫だった?ではなく、だったの?と聞いてきたので恐らくチケットが当たり過ぎたと文句を言ったことを覚えていてそう聞いてきたのだろう。


 手は相変わらず氷のように冷たい。握手してきた手を放し、両手で推しの手を覆うような形に変えた。


 20公演中12公演は都合をつけたけど、8公演は行けなかったのだが、あまり気を使わせたくないので大丈夫とだけ伝え話題を変えることにした。


「写真集発売おめでとうございます。ちゃんと2冊買いましたよ」


「はぁーっ!一桁少なくない?」


 一桁!?一桁ってどんだけ買わせる気だよ。多分最後だと思われるのに推しは今までと変わらない辛口だった。


「同時期に発売になった後輩の方が売れてるけど、まあ気にしないで」


「あの娘、そんなに売れてるの?」


 僕がそう言うと驚いた顔をしてきた。えっ!知らなかったの?


 6年間アイドルを頑張ってきたというのに、活動始めて1年も経ってない新メンバーにダブルスコアを喰らって敗退してたんですけど。ヲタ界隈であれだけ話題になっているのだから、知らない訳ないと思うのだが。


「写真集って顔だけじゃなくて、ボディも重要になってくるじゃん。向こうは若いくせにボディは大人だから仕方ないよ」


「それ、どう、いう意味?」


 怖っ!相変わらず静かなトーンで半笑いで言ってくるので狂気しか感じない。


「いや、だから、顔は可愛いけど、ボディは幼児体型というか、まあ一部の人には需要あると思うから気にしないで」


「慰めに、なって、ないわっ!」


 この強めのツッコミもこれで最後だろう。


「でも写真集ってみんな出したがってるけど、あんな格好させられるのに嬉しいものなの?」


 そう言うと推しは苦笑いになった。


「まあ確かにお父さんは渋い表情してた」

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