第12話 推しの奮闘に涙腺崩壊
舞台なんて同じ内容を公演しているのだから、2度、3度と観るものではないと思っていたがそうではなかった。
俳優さんが間近で演技してくれる舞台には、その日にしか見れない景色があるなんて知らなかった。何度見に行っても楽しめるものだなんて知らなかった。
特に応援しているグループの舞台公演は、その日その日で全く違う色合いを見せてくれる。
だって配役がその公演中に決まるのだから。
演じたい役に立候補しオーディションを行い、その日に見に来ていた方が誰が適任かを決める。
役柄は10役用意されていて30名ほどのメンバーでその座を争うので、単純計算で倍率3倍になるが、立候補者がでない役柄も出るだろうし、希望者が殺到し3倍以上の倍率になることもある。
その日によって誰がどの役に立候補してくるか分からないし、誰がどの役を演じることになるかも分からない。
推しの希望している役に希望者が殺到してしまえば、倍率が高くなってしまい推しが役を演じられなくなるかもしれない。
つまり、推しのいない舞台公演を見ることになるかもしれないのだ。
演者から見ると、オーディションを頑張っても他のメンバーがもっと頑張れば、そちらに支持が集まり役をもらえなくなってしまう。
オーディションを勝ち抜いて役をもらったとしても、落選してしまって涙するメンバーを間近で見ることになり、素直に喜べない気分になってしまう。
なのでメンバーからは大不評の舞台だ。
過酷を極めているため演者からは嫌煙されている大不評の舞台だが、観客側からすると同じ景色は二度と見る事ができない、その日だけ限定の特別な舞台となるので人気は高く、何度も足を運びたくなる舞台だ。
去年、公演が行われた時は、1度しか足を運ばなかったのだが大後悔している。今年は取れるだけチケットを取ってやろうと思っていたのだが、やはりグループ自体の人気が上がってきているためか、土日、祝日の公演のチケットの入手はかなり厳しいものとなった。
平日は比較的入手しやすそうだったので、仕事の都合がつきそうな日は全部申し込んでチケットをゲットした。15公演中7公演参戦。頑張ったと思う。
朝起きるとグループの中心として頑張っているメンバーが、配役をもらえなかったと嘆いているブログが上がっていた。
そんな鬱ブログを上げるようなタイプではなく、いつも元気にしているイメージしかないメンバーなのだが、やはり精神的に追い込まれてしまっているメンバーが多いのかもしれない。
推しも昨日は配役から外れてしまったらしい。
公演3日目の今日は祝日なので、昼夜2公演が予定されている。両方とも参戦する予定だ。少しでも力になれるといいのだが。
推しが配役をもらえなかったせいか、気分が塞いでしまっているため体が重い。やっとの思いで起き上がり、洗面所に向かう。
鏡を見るとかなり目立つ寝癖がついていた。しかも簡単には治りそうもない頑固なものだった。僕の中で頑固な寝癖がついてしまった日は、良くない事が起こりやすい。
車を運転していると飛び石が飛んできてフロントガラスにヒビが入った日もあったし、落下物と衝突しタイヤをパンクさせてしまった日もあった。
仕事で大きなミスをしてしまった日もあったし、親に大きな病気が見つかった日もあった。
推しの応援に2公演も行く日なのに、朝から縁起の悪いことなんて起こるんじゃねーよとイラ立ちながら髪を整える。
これは推しが落ちてしまう前兆なのだろうか。
不安な気持ちを抱えたまま会場に向かうと、皆さんワクワクしているというよりはソワソワしているような感じがした。
きっと僕と同じで自分の推しが配役をもらえるのか、もらえないのか、心配で仕方がないのだろう。
そんな感じが見られないのは恐らく箱推しなのだろう。能天気に見ていられる箱推しの奴らが羨ましい。
グッズ売り場には多くの人が並んでいたが、僕は何だかグッズを買うような気分にはなれずそのまま入口の方へ進んでいく。どうせまたすぐ来ることになるんだし、今日はやめておこうと思った。
僕の席は真ん中辺りだったようなので早めに着席し開演を待つことに。まだ場内にはパラパラとしかお客さんは来ていない様子。
一応、双眼鏡は持ってきたが思ってたよりも、舞台が近くに感じられたので必要はなさそうだ。
場内の様子を伺いながらぼーっとしていると、少しずつ人が増え出してくる。ふと、誰かが話をしている声が耳に飛び込んできた。
◯◯推しです。余裕がある時は一緒に応援してください。とお菓子を渡しながら言っている声だった。
ロビー活動的なことをしている人もいるのか!
皆さん自分の推しの応援に気合が入っているみたいだ。しまったー、気が回らなかったなー。僕もあれすればよかったなー。と後悔。
公演が始まると僕の嫌な予感が的中してしまっていた。推しはなんと、鬱ブログをあげていたあのメンバーと配役を争うことに。
うっわぁー、終わったなこれは。
お優しい方が多い。昨日のあんなブログを読んだら、きっと同情して票を入れてあげたいと思っていることだろう。
僕も推しの次くらいに応援してあげようと思っていた。とんでもない逆風に晒されることとなってしまったようだ。
本日一番当たって欲しくないメンバーとのマッチアップになってしまい、大丈夫かなーっと思って見ていたが、やはり大丈夫じゃなかった。
推しは配役から外れることに。
袖に捌けるときに目尻を拭っているようだった。
虚無感に襲われる。
恐れていた通り、同情票が入ったのだと思う。オーディションの内容は絶対に推しの方が良い内容だった。
負けるとは思えないような内容だった。でも負けてしまった。この舞台は結果が全てだ。もう僕の推しはこの舞台に立つことは許されない。
なんかズルいよなーっと複雑な思いを抱えながら、僕は推しがいない舞台を見るハメに。
推しも昨日は落選だったのだが、何も情報を発信してないので皆さん状況を知らないと思う。他メンバーに同情して投票したのだろうが、なんだか不公平感でいっぱいになってしまった。
「こんなん、言ったもん勝ちじゃん」
終演後、届くかどうか分からないが推しが最後に更新したブログのコメント欄に頑張れ!と入れてからすぐに僕は土産屋に向かった。
昼公演は残念な結果になってしまったが、夜公演はなんとか力になりたくて、僕もロビー活動的なことをしようと思い、手頃な手土産はないかと会場周辺を探して回った。
開場したらすぐに入場し、早めに着席し近くに座られた方によろしくお願いしますと言って手土産を渡す。皆さん優しい笑顔で受け取ってくれ、選ばれるといいですね。と言ってくれる。
僕にできることはこんな事くらい。頑張ってくれよー。
次は誰とのマッチアップになるのかとドキドキして見ていると。推しと同じくらい人気のあるメンバーとのマッチアップになった。
これはもう出来次第になってきそうだ。
演技審査が始まると気持ちの入った演技を見せてくれる。どうやら気落ちはなさそうだ。ちゃんと切り替えてきてくれているようだ。
推しの頑張っている姿に思わず力が入り、手のひらに爪が食い込んでしまう。
大丈夫ですよ。と隣の方が声を掛けてくれる。気にかけてくれて本当にすいません。
演技のことはよく分からないが、たぶん今回もオーディションの内容は推しの方が全然良かったと思う。
でも前回のことがあっただけにどうなるのかは分からない、祈るような気持ちで発表を待っていた。
「よ、呼ばれた〜」
推しの名前が呼ばれると気が抜けてしまった。場内には拍手が巻き起こり歓声が上がった。人気上位のメンバー同士の一騎打ちだ。注目度も高かったのだろう。
くっそー、他人事だと思って呑気に見やがってー。まあ推しが勝ったから許すけど。
選ばれましたね。良かったですねと手土産を配った周りの方々が口々に言ってくる。皆さんご協力頂きありがとうございます。
少しは推しの役に立ったかな?
良かったー、本当に良かった。あの状態からめげずによく頑張ってくれたよ。昼公演の時と違い、心置きなく舞台観劇することができる
公演が始まるとで堂々と演技している推しの姿に涙腺崩壊。
いやー、もう、昼公演の後はどうなるかと思っていたけど、本当に良かったー。
終演後、外に出ると路面が濡れていた。雨は降っていない。通り雨でも降ったのだろうか。天気が一時乱れて晴れるって、今日の僕の心みたいじゃないか。
推しの戦いはまだ始まったばかりだが、でも良いスタートを切れているんじゃないかと思う。僕は応援することしかできないがこのまま頑張り続けて欲しい。
握手会がないので直接応援していると伝えられないので、ブログのコメント欄に頑張れって名前変えて30件くらい入れておこうかな。
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