第13話 東京公演最終日
地下鉄を降りると会場に一番近い出口へ真っ直ぐに向かう。ここに何度通っただろうか。駅から会場までの最短距離を覚え、迷うことなく行けるようになったのだが、それも今日で終わりになる。
メンバー同士で役を競い合う舞台の東京公演が今日で終わる。
大阪公演も行われるのだが仕事が溜まってきているので、行くかどうか迷っている。今日の出来が盤石なものであれば行く必要はなくなるのだが、果たしてどうなることだろうか。今日の結果次第で決めようと思っていた。
僕の推しは何かコツを掴んだのだろうか、無双状態になっていた。他のメンバーからはどの役に立候補しようとしているのか、探りを入れられることが多くなっているそうだ。
元から明るい性格で声もリアクションも大きいので、どこにいても目立つタイプだ。人前に立つのが好きなようだし、頭の回転も早いので適応力も高い。
ドラマなどで演技する場合は自然な感じを意識しないといけないのだろうが、舞台で演技する場合は感情表現をより明白にしないといけないのだと思う。
推しの性格から考えると、舞台で演技することは合っているのかもしれない。
無双状態になっていた僕の推しは危なげなく役を次々と獲得していっていた。そして迎えた東京公演最終日。本日も昼夜2公演が予定されている。
2公演とも参戦予定だ。
無双状態になっているとはいえ、やはり応援する立場としては気がかりでならない。同じ役に誰も立候補してこなければいいのに、と思ってしまう。
皆んなに避けられるようになっているのなら、いっそのこと、この役に立候補しますと宣言して仕舞えばいいんじゃないのかなと思ってしまう。
まあそんな八百長のようなことをしたら、運営に怒られてしまうだろうからできる訳ないのだろうけど。
開演すると10種類ある役柄が一つずつ紹介され、順々に立候補者が発表されていく。推しの名前はここまでまだ出てきていない。今日はどの役柄に立候補したのだろうか。
まだかなーっと思っていると、会場にどよめきが巻き起こった。
立候補者が1人だけの役が出たのだ。
立候補者が1人だけということは、もうそのメンバーはその役を演じることが決定したということだ。
役に決まったメンバーは今回かなりの苦戦を強いられていたメンバーで、役に選ばれたのは今回が初である。
きっと会場に来られている皆さんは、今回が初選出だと知っているのだろう。会場中に大拍手が巻き起こった。
涙ながらに深々と頭を下げている姿を見て、僕も目頭が熱くなってしまう。
きっと何度も辛酸をなめることとなり、心が折れかけていた事だろう。それでも頑張り続けていたので、きっと神様がご褒美をあげたのだろう。
本当におめでとうだ。会場中が祝福の拍手で包まれていた。
羨ましいなぁー、きっとそのメンバーのファンの方々は、心の中でガッツポーズをしていることだろう。
発表が再開になると再びどよめきが起こった。なんと立候補者が0の役が出たのだ。舞台上のメンバー達は口々にここに立候補すればよかったと言い合っている。
僕も推しがここに立候補してくれていれば、決まりだったのになーと思ってしまった。そうしたら気楽な気持ちでこの後を楽しめたのにと、悔しい気持ちでいっぱいになってしまう。
ちなみに0の時は会場に来られた方からの推薦が多く集まったメンバーが選ばれることになる。
そしてついに、推しの名前が呼ばれる。同じ役に立候補してきたのは1人だけだった。
立候補してきたのは推しと仲が良い、同じ歳の娘だった。その娘は今回あまり良い成績を出しているとはいえない。
組みしやすい相手と言って良いのではないだろうか。
ただ最終日なのできっと向こうも死に物狂いでくることが考えられる。それと本当に仲が良いので、推しが手加減などしないと良いのだが。
審査が始まると推しは手加減する様子など微塵も感じさせない圧巻の演技だった。表現力も全然違うように感じられたし、気迫も全く違っていた。ここ数日間で急成長を遂げたのではないかと思う。これは多分大丈夫だろう。と思うが発表までは気が気でない。
「呼ばれたー」
やはり、結果は言うまでもなかった。
無事に推しも選出されたようなので昼公演はゆっくりと楽しめる有意義なものとなり終了。あとは夜公演も選出されると良いのだが。
取り敢えず昼公演は無事に選出されることとなり、安心した気持ちで夜公演を迎えることができる。推しの頑張りに感謝しつつ会場の外へ。
夜公演の開演まで時間が少し空くのでやりたいことを決めていた。近くの中華屋さんに行く予定だ。
仕事終わりに舞台を見に行った時に、空腹に耐えられず途中の大事なシーンでお腹が鳴ってしまったら恥ずかしいので、観劇前に何か手早く食事を済ませられるものはないかと探していたら見つけた中華屋さんだ。
黒胡麻担々麺と白胡麻担々麺がお気に入りだった。
次ここに来れるのはいつになるか分からないので、食べておこうと思っている。昼公演終演後直ぐに行って黒胡麻担々麺を食べ、会場前にまた行って白胡麻担々麺を食べようと思っていた。
推しの意気揚々とした姿が見れたので、足取りも軽く気分良く中華屋さんに向かい、注文を済ませると程なくして担々麺が運ばれてきた。
口に運ぶとゴマの旨みが広がり、香ばしさが広がってきて非常に美味しい。もう最後になるかもしれないのでじっくり味わっておこう。そう思っていた。
急に思い出し笑いが溢れてしまった。
最初にこの場所を訪れた時に入った飯屋の飯は不味かったなー。どこに行けば良いか分からず迷いに迷った挙句に入った飯屋。あれは本当に不味かった。
あれは本当に不味かったのだろうか、それとも僕の塞いだ気持ちからくるものだったのだろうか。もう当分ここには訪れることはないので検証できそうにない。
当然今日も検証する気はない。
推しは何を食べているのだろうか。緊張して何も食べれない、なんてことないと良いのだが。
そんな感じで公演の合間の時間を過ごしていると、あっという間に開場時間になってしまった。気付いたら開場時間になっていたので慌てて会場へ向かう。少し早めに歩けば5分とかからないので、それほど急ぐ必要はないのだろうが。
到着するとグッズ売り場に寄って、買い残しはないかと一通り目を通してから場内に入って開演するのを待つことにする。
ソワソワした感じが抑えられない。
公演が始まってもまだソワソワした感じが抑えられないでいた。先ほどと同じように役名と立候補者が次々と呼ばれていく。今度は早めに推しの名前が呼ばれた。
同じ役に立候補しているメンバーの名前を見て絶句してしまった。
なんと現在グループ内で人気ナンバーワンと呼ばれているメンバーと、役を競い合うことになってしまっているではないか。
ずっとソワソワしていたのは、胸騒ぎとかそういうものだったのだろうか。
うっわー。これは不味いことになった。これは厳しい戦いになるのではと頭を抱えるしかなかった。
でも推しも現在絶好調だし、人気も上昇中だし、もしかするともしかするかもしれない。
逆に下剋上が見れる大チャンスかもしれない。そう思うようにして祈りを捧げながら見守ることに。
実際、演技審査では優劣つけることはできないくらい拮抗していた。全然負けてなんかいなかった。
このままでは優劣がつけられず会場に来られている方が困ってしまうのではないかと思ったのだろうか。主催者側から最後のアピールをしてみてはとの提案が。
この状態のまま投票に行けば五分五分だったと思う。ただそこでその娘が動いた。なんと!自分の足のサイズは左右で違う大きさなので、片方にサイズを合わせると片方が合わなくなってしまうので困ってるとのブッ込みが。それに対し推しは無難にアピールしただけだった。
終わったと思った。
流石はグループ内ナンバーワンのメンバーだと思った。ここで言いたくなかった初出し情報を出してくるとは。
その娘はその娘で絶好調の僕の推しと競い合うことになってしまい焦ったのだろう。どうやったら役を獲得できるかと必死だったのだろう。
見事なブッ込みだった。
発表を待たずして完敗だった。やっぱり最後の最後であの娘は肝の据わり方が違うのだと、まざまざと見せつけられた気分だった。
これがトップとトップクラスの差なのだろう。
やはり結果は完敗となってしまった。東京最終公演を完敗で終えてしまい、推しは涙しながら袖に捌けて行くことに。
うわぁー、見たくない姿だったんですけどー。でも頑張ったよ。相手が悪すぎた。
人気ナンバーワンのメンバーが、あそこまで身を削った発言をしてきたんだから勝てる訳なかった。
大阪公演に向かって切り替えて頑張ってほしい。
そして僕もこのままでは終われないと思い、大阪に行く決心をしたのであった。
大阪公演まで2週間ちょい、これはサービス残業してでも仕事片付けなきゃだなー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます