第10話 出費拡大!推し5部制に昇格

「うおぉーっ!スっゴっ!!5部制になるのーっ!」


 その日僕は、推しの握手会の開催が3部制から5部制になるとの案内がサイトに上がっていたので大歓喜していた。


 凄い、本当に凄い、応援している甲斐があった。


 3部全て売り切ったのだ。売り手側としては枠を増加させ販売枚数を増やそうとするのは当然だろう。

 それはつまり、枠を増加させても売れるだろうと運営側に思われていると言い換えることもできる。


 色々あったが、僕の推しは運営からの信頼を完全に得ることができたようだ。本当に、本当に良かった。これからもアイドルとして自覚を持って、頑張っていってもらいたいものだ。


 あともう少しお淑やかになってくれるといいのだが。まあ無理だろうけど。


 僕が初めて参加した時は売り切れなど出ていなかった。なので好きなだけ買えるものだと思っていた。上限が決まっていて、売り切れがあるなんてことすら知らなかった。


 その状態から徐々に売り切れを出すようになっていき、努力を重ね続け、そして遂に発売枠、全枠完売まで漕ぎ着けた。


 そしてそれが販売枠増加に繋がった。


 日程的にも時間的にもこれ以上の増加はない。1日5部開催は人気メンバーの証とも言えるだろう。

 ここ最近選抜メンバーとして定着しつつある僕の推しは、遂に人気メンバーの証を手に入れたのだ。


 本当におめでとう。


「最近頑張ってるもんなー。当然だろうな」


 推しのグッズを眺めしみじみと物思いにふける。


 現在握手会が5部制なのはグループ内で10名だけである。つまり僕の推しはグループ内の序列が、トップ10に入っているということなのだ。


 ちょっと前まで選抜に入るか入らないかのレベルだったのに、選抜にいる事が当たり前になって、そして更に上を目指せるような地位にまで登って来ている。


 これは絶対、流れが来てるでしょ!!


 推しの躍進ぶりはさておき、リアルな話をすると、懐事情のことを考えるとかなりの痛手だ。


 現在僕は、1部につき20枚握手券を購入している。なので5部制になると単純計算で1日だけで10万円の出費となる。

 個別握手会は6回開催されているので、全てに参加するとなるとざっと60万円の出費になる。

 大体4ヶ月に1回のペースでCDが発売されているので、月単位で考えると毎月15万の出費となる計算だ。


 普通に結婚して子供が出来ていたら、月にどれくらいの出費になるものなのだろうか。家に15万円を毎月入れていると考えれば、有り得なくはない数字と考えられる。


 推しはもう娘みたいなものなので可愛い、可愛い娘のためならこれくらいの出費なら何とかやっていけるかもしれない。


 あんなに元気で可愛くて、少しわがままなくらいの娘がいる家庭を築けていたのなら、どれだけ幸せな人生だっただろうか。


 ヤバい、ヤバい、これは僕の人生ではもう叶わない願いなので、考えていると虚しくなってしまうので考えないことにしよう。


 可愛い娘のためと考えると月15万くらいなら何とも思わないが 全国握手会にコンサートへの参加、同運営主催の舞台観劇、遠征費用などを加えると恐ろしくなってくる。


 これからは計画性を持ってオタ活を続けないといけないようだ。それと文句を言わずに残業も休日出勤も頑張ろう。



 何の因果か分からないが、その日、推しが所属しているグループのテレビ番組でメンバーの幼少期を振り返ろう。というような内容の番組が放送されていた。

 紹介されるメンバーに推しはいなかったのだが、別のメンバーの幼少期の姿が次々と紹介されていく。


「なにこれ〜、オジさんこんなの見せられたら泣いてしまうんですけどー」


 幼少期のメンバーが公園で水浴びをしている姿や運動会で頑張っている模様、発表会で演技している模様などが映し出される。


 目頭が熱くなってくる。いやー、こんなの見てられない。


 そして最後に母親から頑張っている娘へ、との手紙まで紹介され出した。


 もう涙腺崩壊です。大号泣です。


 こんなの見せられてしまったら、推しの前に行ったら泣いてしまうかも。



 そして迎えた次の握手会。握手会を頑張っている推しがいるんだと思うだけで、目が潤んできてしまう。

 絶対あの番組のせいだよ。涙腺崩壊しないように、と自分に言い聞かせながら推しのレーンへ歩を進めて行く。


 レーンに並ぶと推しの姿がチラチラ見えてくる。今日は両サイドから編み込みを入れ、後で束ねているようだった。


 今日もメチャクチャ可愛い。


 そこで番組で放送されていた、メンバーの幼少期の映像がフラッシュバックされてしまった。

 推しにもそんな時代があったのだろうなと思ってしまい、熱いものが込み上げ、頭から離れなくなってしまう。


 不味い、不味い、切り替えなくてはと思い平静を保とうとして苦心していたら、自分の順番が来てしまったようで推しの前へ進むことになってしまう。


「5部制に昇格おめでとう。自分には無理だなんて思わずに、自分はできないと思うことでも出来ると思って頑張りなよー」


 前に自分では全枠完売させるなんて無理だとか言っていたので、頑張れば無理だと思っていたことも、できるようになるんだよーっとの意味を込めてそう言った。


 良かったぁー。感極まらずにサラッと普通に話すことができた。と思ったのだがここから問題が生じてしまった。


 推しが口を開こうとした瞬間、感情が込み上げてきてしまって咳き込んでしまったのだ。


 推しは目をカッと見開いた後、眉間に皺を寄せ睨むような目つきになった。


「ねぇ〜、ちょっとーっ!」


 自分が話そうとした時に、咳をして意図的に邪魔をしてきたと思ったのだろう。


 やってしまったー、怒らせてしまった。


 以前番組で推しがコメントをしようとした時に、他のメンバーが咳き込んでしまいコメントが中断してしまうという事があった。

 しかも言い直しをしている最中にMCをされていた方がコメントできないように、わざと被せて咳き込んできて結局コメントができなかったという事があったのだ。


 意図せずして完全にその時と同じような状況になってしまった。


 ループし再び推しの前に進むとすっかり怒り心頭のようだった。推しの前に姿を見せた瞬間、さっきはやってくれましたねとの意味なのだろう。顔を指されメンチを切られてしまう。


「違う、違う、たまたま、たまたまだよ」


 全くの偶発的なものだったと伝え、言い直してくれるように懇願する。


 ゲホゲホ。


 推しが口を開こうとした瞬間、再び咳き込んだ。今度はわざとやった。


「ちょっとーっ、ふざけないでよーっ」


 ついつい推しを怒らせてしまいたくなるという悪い癖が出てしまった。


 再びループし推しの前に行くと僕を認識した瞬間、目を細め白々しい目をしてきて、手を差し出しているというのに握手もしてくれない状態だった。


「違う、違う、違う、さっきはわざとだけど、1回目は事故だから」


「はい、はい」


 冷たっ!どうして毎回こういう流れになってしまうのだろう。


 今日はメガネを持ってきていたので、メガネをかけ、髪型を変え雰囲気を変えてからレーンに進んだ。


「初めましてー、5部制おめでとうございます」


「初めましてじゃないだろっ!なに雰囲気変えて来てんだよっ!」


 速攻でバレてしまった。


「いや、なにも話してくれないから、初めましてを装って話をしてもらおうかと思って」


 握手していた手をパチンと叩かれてしまった。


 上手く変装出来ていたと思ったのにダメだったかー、意外とちゃんと認識してくれていたんだな。


 それはそれで嬉しいんだけど、ぜんぜん話ができないんですけど。


 結局今日も用意してきた話は出来ずに終了。10万が水泡に帰すこととなりました。元妻には絶対に知られたくない事実である。

 

「そんなくだらない事にお金使うなら、私の事養えって言われそうだな」


 でも絶対に今の方が楽しくて充実していると思う。


 だって推しは今日も尋常じゃないくらいの可愛さだったのだから。


「今日の髪型可愛かったなー、あーぁ今日も終わっちゃったなぁー、次の握手会まで頑張って働くかー」

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