第8話 推し清楚系に路線変更?

 その日僕は、テレビの前でソワソワしていた。


 複数のアイドルグループが集まりイベントを行った模様の映像が放送される日だった。選抜メンバーに選出された推しが出演した映像が流れる予定なのだ。


 ただ内容の詳細までは分からず、応援しているグループの出演した部分は大幅にカットなんていう事もあり得る。


 どの程度、放送してくれるのだろうかとソワソワしていた。


 時間帯はど深夜だ。リアタイするべく、眠い目をこすりながら放送開始されるのを待ち侘びていた。スマホを触って待っているとそのまま寝落ちしそうだったので、テレビから流れてくる映像をボーッと目で追っていた。


 映像が切り替わり華やかな映像が映し出される。ようやく始まったようだ。半分横になっていた体を起こし座り直す。


 その間にも出演されるアイドルグループが次々と紹介されていっていた。応援しているグループの順番を今か今かと待ち侘びていると、遂に名前が呼ばれた。


 メンバー達がステージ上に姿を表した瞬間、ドキッとした。


 衣装が前作の衣装なのである。もしかして登場するメンバーも前作の選抜メンバーなのか?っと思っていたら推しが手を振りながら登場してきた。


「おーっ!映った!」


 ビックリさせやがって出てこないかもと思ってヒヤッとしたよ。お陰様で、すっかり目は覚めてしまった。


 推しはツインテール姿だった。男っぽい男っぽいとよく言われているが内面は夢見る乙女なので、推しはツインテールを好んでよくしている。

 髪を両脇に纏めているので綺麗な顎のラインが際立ち、フワッと両脇に伸び上がっている髪が顔の小ささを際立たせていた。


 今日も女神と見間違えるほどの美しさである。


「可愛いなぁ〜」


 よくよく考えてみると推しが選出されたシングル曲の発売は、このイベントの後だ。よくイベントに参加させてもらえたなと思う。まあ取り敢えず、こうやってどんどん出演するイベントが増えていくのだろう。


 曲が始まると推しは一際目立っていた。


 贔屓目で見ているからではない。他のメンバーよりダンスの動きが大きいのだ。ダンスにキレがあるとか表現力が豊かとかいうのではなく、他のメンバーよりやや大きく動くのである。


 ライブを見ていると動きで直ぐに推しと分かる。顔が判別できない距離にいても、衣装や髪型が他のメンバーと同じでも、動きに癖があるので直ぐに推しを判別することができる。


 推しは選抜メンバーに初選出だったので端っこの方で踊っているだけで、最後の方で1回だけアップになったくらいだった。

 見切れている状態が多く、顔が映っていないことや他のメンバーの後ろに重なってしまっていることも多かった。


 でも大きな舞台で、大勢の前で堂々と歌いダンスしている姿に、やはり自分とは違う世界で生きている人だと実感させられてしまった。


 いやー、本当に凄い。



 後日、握手会の会場を訪れた時、緊張している自分に気が付いた。前回の握手会から少し間が空いたからということもあるが、推しがテレビ番組で歌っている姿を見て、やはり自分とは違う人だと実感させられたからかもしれない。


 握手会で認知してもらい、気さくに話をしてくれるようになっているので親近感を覚えるようになっていたが、やはり僕のような凡人とは格が違う存在だなと思う。


 画面の向こう側で歌い踊っている推しは遠い存在に感じたが、本当に素敵で輝いて見えた。


 その人が今日もレーンの先で待っている。その人とこれから握手できるのかと思うと緊張し手が震えてきてしまった。

 まるで初めて参加した時と同じくらいの緊張状態になってしまい、レーンに進む勇気が出ない。


 進めずにいて二の足を踏んでいると、いつものようにレーンに人がいなくなってきてしまった。

 列が途切れてしまったのが気になったようで、推しが身を乗り出しこちらの様子を伺ってきた。


 目が合ってしまった。


 見つかってしまったようだ。これは先に進むしかないと思い、覚悟を決めレーンを進んで行く。目の前に推しの姿が現れてきた。


 その姿に驚いた。髪切ったの?


 今まではロングの明るめのブラウン系のヘアだったのだが、黒髪のミディアムヘアになっていて、毛先のみ外ハネとなっている状態になっていた。


 黒髪が白い肌を際立たせ、綺麗な目鼻立ちをより一層際立たせていた。


 握手をするのも忘れ、思わず見惚れてしまう。


 僕が握手もせずに動かないでいるのをどう思ったのだろうか、推しは目を細め、睨みつけるような顔になってきた。


「ぜんっぜん、似合ってなくて、悪かった、わねーっ!」


 そんなこと、一言も言ってないんですけど!?


「えーっ!何も言ってないんですけど」


「言いたそうな、かお、してた、だろっ!」


 いやいやいや、なんで逆の意味にとるんだよ。僕はどんなふうに思われているのだろうか。


 推しはいつもと変わらない感じだったので、ホッとしてしまった。


 深夜の時間帯とはいえ出演していたライブ映像が全国放送されていたわけで、別世界の人だと距離感を感じていたのだが、一気に感じていた距離感が吹き飛んでしまった。


 一度目の握手はいつも通り怒られて終了。でも緊張もなくなり足取りも軽くなり、直ぐにループし推しのレーンへ進んで行く。


「髪型変えたのー?メチャクチャ可愛いです」


「絶対っウソ」


 なんでー?ウソじゃないんですけど。


 僕が来るまでの間に失恋したから切ったの?とか、何かやらかして切る羽目になったんだろ。とか散々言われていたようで、推しはご機嫌斜めのようだった。


「シャンプーするの楽になった?」


 趣向を変えて様子を見ることにする。


「らっくぅー、ドライヤーも、メッチャ早くなった」


 これも年の功だ。ロングヘアのケアには気苦労が多いのだろう。髪を切った女性にこの言葉を掛けると、だいたいテンションが上がり自分の話を聞いて欲しそうにしてくる。


 でもなんで変えたんだろ。


「これから私、清楚キャラでいくから」


 は?何言ってんだ?


「私、形から入るタイプだから」


 どうやら推しの中では黒髪ミディアムヘアが、清楚な女性のイメージなのだそうだ。


「グループ内に黒髪ミディアムヘアで1人変人がいるけど、あれのイメージで良い?」


「それは私の口からはなんとも言えない」


 笑いながら手を振り、その件についてはノーコメントとのことだった。あの娘をイメージした訳ではなかったようだ。

 まあ誰かをイメージして髪型を変更したのだろうが、僕にとっては外見が変わっても特に問題はない。ただ清楚キャラで行くというのは無理があると思われるが、大丈夫なのだろうか。


「そういえば先日のコスプレ衣装、可愛かったし、似合ってましたね。でもその後の一言はスベッてましたね」


 そう言うと最初の部分の時は目を輝かせて聞いていたが、後半になると眉間に皺を寄せてきた。


「スベッて、ま、せ、んー」


 顎を突き出し仏頂面でそう言ってくる。その顔を可愛いって言ってくれるのはファンだけだからな。


「清楚系の人はそんな言い方しないと思いますよ」


 そう言うと慌てて取り繕って言い直した。


「スベッて、いませんことよ」


 ことよってなんだよ。どういうイメージだよ。不慣れ感満載だし。


「この前のライブの時さー、マフラータオルと間違って普通のタオル持って行っちゃって、メッチャ焦ったよ」


「あはは、それで、どーしたの?」


「だから、同じマフラータオルもう一個買ったよ」


「あっはっはははーっ、ドジだなぁー」


 手を叩き、大口を開け爆笑する。品位のカケラもない。


「だから清楚系の人はそんな笑い方しないって」


 そう言うとまた慌てて取り繕い、口元に手を当てオホホホと笑い出す。


「分かったでしょ。清楚系は無理だって」


 そう言うとまた目を細め、睨み出す。


「もしかして、わざと仕向けてた?」


 流石の察しの良さである。


「はい、身の程というものを分かってもらおうと思いまして」


 僕の言葉に目を見開き、信じられないと言わんばかりの表情をしてくる。


「タオルを間違ったっていうのは?」


「0から作り出した大嘘です」


 目だけではなく口も大きく開き、信じられないという表情をしてきた。


 僕は剥がされ推しの前から遠ざかって行く。これが本日最後の握手だ。またねーっと声をかけ大きく手を振る。


「見返してやるから、覚えとけよっ!」


 最後の最後まで清楚系を目指している人の言動とは思えなかった。本当に見返えされてしまう日は来るのだろうか。


 甚だ疑問である。

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