第7話 推し初選抜入り

「おーっ!凄い!!入ったよ!」


 推しが選抜メンバーに選出され、僕の心は湧き上がっていた。


 僕が応援しているグループには30名ほどのアイドルが在籍している。そのためシングルCDの表題曲を全員で歌わせるには少し人数が多くなってしまうので、毎回歌うメンバーが選出されている。


 選出は歌唱力やダンス力も考慮されるのだろうが、一番は人気が大きく影響しているようだ。つまり、握手会でどれだけファンの方々を魅了させ、握手券を買って貰え、来てもらえるかが大きく影響される。


 僕の推しは目鼻立ちは綺麗だし、対応力も問題ないのでグループ内の人気としても中の上に位置している。

 なので選抜メンバーに選ばれていてもおかしくないのだが、加入前の恋愛ネタのリークにより今までは選出されずにいたのだが、今回は見事、選抜メンバーに初選出されることとなった。


 現在アイドルとして自意識を高く持ち頑張り続けているので、選抜メンバーにしても頑張り続けてくれるだろうと運営側から判断されたのだろう。


 とにかく本当におめでとうだ。


 僕が本格的に応援し始めたのは後半の方からなので、本人の努力と当初から応援し続けている方々の努力の賜物なのだろう。まあ、推しの前では僕のお陰だからありがたく思えと言うつもりでいるが。


 表題曲を歌う選抜メンバーに選出されるとメディアで紹介されるケースも増え、推しの情報に触れる機会も増えることになるので嬉しいのだが、心配事もある。


 とにかく僕の推しは気が強い。


 僕からするとそこが魅力なのだが、声は大きいし、口調に棘があるし、リアクションが大きいのでガサツに見えてしまう。

 顔は可愛いので黙ってじっとしていれば良いものを、じっとしていることなどできず、すぐに大口を開けて大きな声で笑っていたりする。


 一般ウケはしにくいタイプだろう。


 紹介されればされるほど、怖い人だと思われないかと気が気でない。


 まあ僕にできることといえば、このまま応援し続けるのみだ。


 選抜メンバーに選ばれた事もあり、握手券はかなり早い段階から売り切れが出るようになってきていた。このチャンスを活かし多くのファンを虜にできると良いのだが。


 ただ握手会の会場を訪れるとそうでもないのかもしれないと思った。相変わらず推しのレーンはスッカスカなのである。


 うーん、ファンの方が増えたのかと思っていたのだが、そうではないのかなぁー。


 もしかしたら僕が買い増しするようになったので、元々いたファンの方々も負けじと買い増しを行っただけなのかもしれない。

 推しとの時間は楽しいので様子を見てもう少し買い足そうと思っていたのだが、買い占めをしてしまうと新規の方が買えなくなってしまうので、それもどうなのかと思うのだが、どうしたものか。


 握手会の会場は前作より明らかに人が多くなっている気がする。グループ自体の人気が上がってきているのかもしれない。


 そうなると上に上がるどころか、下から捲られてしまい選抜落ちもあり得るかもしれない。早いうちに買えるだけ買ってしまった方がいいのだろうか、皆さんはどのようなお考えをお持ちなのだろうか。


 そんなことを考えながら推しのレーンへ。


「こんにちはー。選抜おめでとう」


 そう言って入って行くと、『本当にいつも応援ありがとうございます』との言葉が。

 あれ?今日はなんかいつもと違う雰囲気だぞ。選抜メンバーに選出されて少しはしおらしくなったのかな?


 ループし再び推しのレーンへ。


「これは絶対僕が買い増し、買い増しで握手会券を買いまくったお陰でしょ。ちゃんと感謝してるー?」


「ホントそう」


 あれ?やっぱり今日はなんかおかしい。てっきり違うわっ。私の日々の努力の積み重ねのお陰だから。とのツッコミを受けるかと思ったんだけど違った。


 キャラ変でもしたのか?


「最近ちゃんと寝れてます?」


 そう言った瞬間、目の色が変わった気がした。


「ちょっ、聞いてよ。昨日帰ったの出発しなきゃいけない時間の2時間前、寝れるわけないし」


 あっ!なんかいつもの雰囲気に戻った。あー、なるほどそういうことか。ほぼ寝れてない状態で握手会させられているんだ。アイドルって大変だなー。


 選抜メンバーになるとそんなに過密スケジュールになるのだろうか。ていうか今までも選抜されてたメンバーの方々は、そんな過密スケジュールをこなしていたのだろうか。それともたまたまそうなってしまっただけなのだろうか。


「なるほどねー、どうりで今日は頭が回ってないと思ったよ」


「はは、それは、いつものことだから」


 そんなことはないです。あなたの返しはいつも秀逸です。


「昨日僕は、明日握手会だから早めに寝ようと思って、9時には寝たよ」


 そう言うと、推しの動きが止まった。


「はぁーっ!ふざけんっなっ!寝ないで握手会に参加しろっ!」


 あっ!完全にいつもの推しに戻った。今日の沸点はここだったか。


 つーか、何その顔!鬼の形相になってるんですけど、怖っ!


 自分がアイドルだということ忘れてないか?しかも寝ないで参加しろとか無茶苦茶なこと言うな。


「僕は昨日10時間くらい寝たから、足して平均すると6時間ずつ寝たことになるからちょうどいいね」


「そうだね。って、んな訳あるかーっ!」


 ノリツッコミしてきたよ。やっぱり今日はテンションがおかしそうだ。


 再びループし推しの前に進んで行くと。


「ち、が、い、ま、すぅー!」


 と言ってきた。いやいやいや僕まだ何も言ってないんですけど。


「言いそうな顔してたし」


 神経が高ぶってるからなのだろうか、当たりがキツい。


「いやいやいや、僕ファンだから、CD買って、わざわざ会場まで足を運んで、握手しに来てる、ファンだから」


「まぁまぁまぁ、そうね」


「ホントに大丈夫なの?次来るときゆっくり歩って来て流れ止めとくから、レーンに人増えるまで後で休んできなよ」


「いやー、そういう訳にわー、、」


 変なところで真面目だし、どうせレーンにパラパラとしか人いないんだから増えてから戻ってきて握手再開すればいいのに。


 町医者みたいに待合室に人が増えて来たら診察を始める。みたいなことすればいいのに。


「じゃあ、あまり回ってこない方がいい?」


「いや、ミドリムシが時々来てくれた方が、気が抜けるので楽」


 そうなんだって、コラ。僕の時は気を抜いてたんかい!!まあいいんだけど。僕は元気に頑張っている姿が見れれば十分だから。


 そんな感じなので様子みながら握手会に参加していると、ゾクゾクとまとめ出しを希望される方が集まってくる。

 なぜか分からないけどこのレーンはループ派は僕くらいで、皆さんまとめ出しされる方が多い。『今日はループされなかったんですか?』と話しかけられた。


「いやー、なんか今日は寝れてないらしく、体調悪そうなのでまとめようかと」


 そう言うと皆さんお優しい方が多いので、じゃあ負担にならないように自分が一方的に話して休んでてもらおうかなとの声がチラホラ。


 それでは皆さんが楽しめなくなってしまうのではないかとちょっと心配になる。


 まったくファンの方々に気を使わせるなんて困ったアイドルだな。選抜メンバーになったので、真摯にアイドルとして自覚を持って頑張っていくんじゃなかったのかよ。


 でも思ったけど、新規の方々は元気なイメージの推しに会いに来ている訳で、しおらしい対応されたらどう思うのだろう。


 イメージと違って優しかったと思うのか、それとも塩対応されたと思うのか、せっかく選抜メンバーに選出されたというのに、なんとも不安な船出となってしまった。


 やっぱり人気商売って大変なんだなー。

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