第5話 目指せ認知
握手会に参加するようになって分かった事がある。それは握手会はおよそ10秒の世界での勝負であるということだ。
噛んでしまったり、言い間違えてしまったりしたら負けだ。
でも分かっていても、どうしても噛んでしまう。意識していると余計に噛んでしまう。
テレビの前で、今コイツ噛みやがった。ダッサぁー、はっはははぁーっと言っていた自分よ。お前はバカだ。大事な局面の時こそ噛んでしまうものなんだぞ。
大事な局面でも噛まずに饒舌に話せるアナウンサーさんは、本当に凄いなぁーと思う。
噛んでしまったりすると、言い直さなくてはいけなくなる。言い直すことになると時間があっという間に過ぎてしまい、会話にはならず、苦笑いしたメンバーの顔を見ながらテキトーな言葉だけもらって終了である。
きっと、この人何言ってるか分からなかったなぁー。取り敢えず、テキトーなこと言って、笑って手を振っておこうと思われている事だろう。
そんなの耐えられない。絶対にイヤだ。
ホントに時間って、なんで戻す事ができないんだろうと強く思うことになる。
それにハッキリと、滑舌良く言わないとダメである。聞き返されてしまったら終了だ。
言い直してる間に剥がされ、えーっ!これで終わりー!と思うことになり不完全燃焼のまま家路につくことになってしまう。
今日僕は何をしに行ったんだろうと、夜空を見上げ、涙してしまいそうな気持ちになってしまう。
ただハッキリ言えたとしても、こちらの言っている意味が伝わらなかったりした場合も、同じく聞き返されてしまう事になる。キチンと主語を付けて話さないのは、非常に危険だ。
推しは友達ではない。友達に話すような口調で話してしまうと聞き返され同じく夜空を見上げて涙する羽目になってしまう。
なんとなく握手会の攻略法も分かってきて、すっかり握手会の魅力に取り憑かれてしまった僕なのだが、他の方々は何の話をされているのだろうか。
僕より先にオタになっている方は認知してもらっているのだろうか。
足繁く通っていれば認知してもらえるものなのだろうか。
それとも何かインパクトに残るようなことをした方が良いのだろうか。
CDが発売されるたびに行われる握手会だが、全国握手会が関東会場、名古屋会場、関西会場それぞれ1回ずつ行われ、個別握手会は関東が4回、名古屋、関西会場は1回ずつ行われている。
メンバー全員を移動させる関係もあるのか名古屋、関西会場での握手会は土曜日に全国握手会を行い、日曜日に個別握手会が行われる日程となっていた。
つまり、名古屋、関西会場は遠いので行くのを止める事にすると2回、握手会に参加しない事になってしまう。
握手会だけの為に名古屋に行くのもどうかと思ったので今回は止めておいたのだが、認知してもらうにはやはり毎会場訪れないと難しいようだ。
前回あれだけループしたので覚えていてくれるかなぁーっと期待したのだが、推しの反応を見るとイマイチなので1回飛ばしてしまうと、覚えててもらうのはなかなか難しいようだ。
前回は合計で42回、握手をしに行ったのだが、これくらいの枚数を購入して握手会に参加する方はザラにいるらしい。中には3桁の枚数を購入している方もいるのだとか。
そうなると僕なんかはまだまだである。
ただ一つ言えることは今日も推しは本当に可愛い。
握手会が開始して間もない頃はそっけない対応だったが、後半になるにつれ、僕のことを思い出してきたのか当たりがキツくなってきた。
「はぁーっ!ち、が、い、ますぅーっ!」
最近キャラ迷走中だとか言ってきたので、どう考えても男勝りキャラでしょうが。と言ったら怒られた。
眉間に皺を寄せメンチを切ったような表情になっているところが、また可愛いらしい。
「どう見ても、メチャクチャ可愛い女の子だろーが」
まあ可愛いけどさー、自分でそういうこと言うかー?
「顔は可愛いけど、仕草が男だよね」
「まあ、それは否定できない」
うん?どっちの意味だ?
失敗した。顔は可愛いというところが否定できないと言ったのか、仕草が男だよねと言ったところが否定できないと言ったのかどちらか判別できなかった。
グループ内でイケメンキャラって言われているくせに、絶対に認めようとしないところが面白いし、イジりたくなる。
ペンライトカラーはブルー。本当はピンク系の色が大好きなくせに周りのメンバーに気を遣っているのかなんなのか、女の子が好みそうなことは基本譲ってしまう節がある。
だからイケメンだとメンバーから言われているのに、内心は乙女だからイケメンキャラを認めようとしない。
「可愛い女の子なら萌えキュン台詞言ってください」
そう言うと一瞬戸惑った感じを見せた後に言おうとしてきたので遮って、『そう言えば最近、日が沈むのが早くなったよねー』と関係ないことを言ってみる。
「はぁー!、い、まー、キュン台詞、言おうと、したんですけど」
これも最近覚えた遊びだ。推しに無茶振りしておいて、する直前に遮って別の話をしだす。そうすると大体、怒った表情を向けてくる。
キュン台詞を言わせておいてから、無かったことにして別の話を始めるというパターンもあるが、キュン台詞を言われてしまうと僕がキュン死して行動不能になってしまうので言う前に遮るのが常套手段だ。
普通の女の子にこんな事をしたら悲しい顔をされてしまうだろうが、推しには効果的だ。内心は乙女なくせに乙女っぽいこととか、アイドルっぽいことをしてくださいというと大体照れが入ってちゃんと出来ない。
イケメン気質のくせにイケメンキャラは受け入れようとはしないし、アイドルっぽいことをやってというと恥ずかしがってくる。
本当に面倒臭いタイプだ。
「このレーン楽しいですか?」
驚いた。レーンを出ると他のファンの方から話しかけられた。僕がレーンを出てくるたびに、笑いながら出てくるのを見ていたらしい。恥ずかしい思いが込み上げてくる。
推しは声は大きいしハッキリと自分の意見を言う事が多いので、怖い人だと思われる事が多いらしい。
内心は乙女なのだから全然怖くはないのだが、表面だけ見ると怖い人に見えるのだろう。知らない人にはそう見えるようだ。なので楽しそうにレーンをループしている僕を見て不思議に思い、そう質問をしてきたのだろう。
「メチャクチャ楽しいです」と取り敢えず即答しておいた。
握手券が売り切れるようになってきてはいるが、他のメンバーから比べるとまだまだ売り切れる速度は遅い。
売り切れるスピードは人気の指標にもなるので、今の僕の意見が反映されて多くの人が買ってくれると良いのだが。
もし次回売り切れるスピードが早かったら、僕の営業活動のお陰だと恩着せがましく言ってやることにしよう。
よしよし、いいネタができた。
そんな事を考えながら、ニヤけた顔をしながらレーンの先に進むと、何笑ってんだよと怒られた。
そうやってすぐ怒るから怖がられるんだよと言うと、そうなんだよねーと苦笑いを浮かべる。
「なんで私、怖がられるんだろ」
「そりゃー、顔が怖いからでしょ」
「はぁー!ぜんっ、ぜん怖くないし」
「また怒ったー、そうやってすぐ怒るからだよ」
「怒ってま、せ、んー」
何その憎たらしい顔、可愛いんですけどー。ていうかそういう顔するから怖がられんじゃん。
「その、釣り上がった目、何とかしたら?」
「どうやって?」
「セロハンテープ貼るとか」
「アイドルがそんなこと出来るかっ!」
可愛いけど、怖っ!
そんなこんなで本日の握手会も終了。あー、楽しかったなー、取り敢えず今日も夜空を見上げながら涙することはなさそうだ。
「あっ!ミドリムシ」
後日握手会に参加した時、推しのレーンに入って行くといきなりそんな事を言われた。
「えっ?何で??」
「だって、前回も緑色の服着てたよね?」
そうだったかな?
認知されたのは嬉しいが、変なあだ名を付けられてしまった。
つーか、緑色の服着てたからミドリムシって雑なあだ名すぎないか?
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