第6話.かつての宿敵と夕食を共にってどうなんですか?


「はぁーただいまー。」

「おかえりー……。」

 その瞬間に、ララノアは固まる。


 まぁ無理もない……数週間前に討伐したと思っていた魔王が、今目の前にいるのだから……。


「そ、そちらの方達は……。」

「ん、魔王とアホ娘。」

「誰がアホ娘よ!!パパも何か言ってやってよ!!」

「……。」

「あれ?パパ?」


 魔王……お前も苦労してるよな……。


「ま、ま、ま……魔王……!?」

「あぁ、俺も驚いたけど、スーパー行く途中にばったり会ってな。」

「この世界で会うはずないわよね!?」


 そんなド正論かまされてもな。


「どうしたのじゃ……!?」


 スズカはふざけた様子一切なく、あるはずの無い刀を引き出す構えを取り警戒する。


「アラタよ……。其方の男……既視感があるのは気のせいでは無いな?」


 その目にはしっかりと殺気が孕んでおり、常人ならば腰を抜かし後ずさる程のプレッシャーを醸し出している。


「落ち着け。ただの魔王だ。」


「今は、本名であるベール・グレモリーを名乗っているけどね……。」


「そうか。どうやら妾と同じ境遇に立たされたようじゃな……。」


 こういう時の思考の回りは凄まじく早いスズカは納得した表情を浮かべ、しかし警戒は緩めずに戦闘態勢から立ち直る。


「誰かと思えば、貧乳とバカ乳じゃないの!!」

「うるさいわね!!あんたも変わらず元気じゃないッ!!」

「誰がバカ乳じゃ!!このファザコンめ!!」

「だ、だ、誰がファザコンよ!!パパ!!にゃんか言ってあげてよ!!」


 動揺が、言葉の節々に現れてるようですが……。


「まぁ、とりあえずリビングに移動しようぜ」


 意図せず発言したメアのおかげで若干の空気が柔らかくなったが、未だに警戒を緩めない二人。

 リビングへ移動するや否や、ララノアは問いかける。


「で?何であの魔王とメアがこっちにいるのかしら?」


 魔王は、先程俺に説明してくれた内容を再度ララノア達に話す。


「ふむ。やはり妾と一緒か……」


「やっぱお前もそうなのかってなるとやっぱ今のところ分かってることは……」


「アラタと縁のある人物……がこちらに強制的に呼び出されてるって考えた方が良いのかしら?」


「そうだな。まだそれを結果として結びつけるのは早いが今のところはそうなるな。敵味方関係なく召喚されてるとなると……まだ他のやつも」

「ええ……そうね。一日目だしこれから会う事もあるかもしれないわね」




 ゆう……いや……。フラグは立てない方が良い。


「それにしても……こっちの世界は変な生き物とかが多いわね」


 全く関係のない話を持ち出してくるメア。

 関係は無いのだが、今考えても仕方の無いことをひたすらに皆で推測するよりも現代の知識を蓄える方がメアたちにも利益があるだろう。


「ふん。この世界のプロである私が直々に色々なことについて教えてあげても良いわよ!『ニホンゴ』についてもね!」

「あ、それは大丈夫。私たち何故かニホンゴについては理解ができるから」

「……え?」


 あからさまにショックを受けるララノアに、今度は逆の立場となったメアが偉そうに胸を張る。


「教えて差し上げましょうか!?」

「むっかーーー!!!あったまくるわねあんた!!」

「ガッハッハッ!!ニホンゴも話せてこの世界のことにも詳しくなった妾が一番最強という事じゃな!!」

「「うるさいわよ!!この乳デカ脳筋!!」」

「な、なんじゃとぉ!!!」

「皆さん落ち着いて……。」


 はぁ……。


「というか、魔王……あんた何か雰囲気変わったわね?」

「まぁ、色々ありましたからね。」

「ふーん。そういうものなのね。」


 深く事情は聞かないララノア。

 あらたは、腰を落としていたソファから立ち上がりキッチンに立つ。


「ほう。妾の宝刀をまた使うのじゃろ?」

「いつからお前のになったんだよ。」


 あらたは、冷蔵庫からキャベツを取り出し洗う。


「それはなんじゃ?」

「これはキャベツっていってシャキシャキした食感で噛めば甘みが出てくる美味しい野菜だ。」

「ほう。楽しみじゃな。」

「キャベツの千切りあってこそだが、本命はこれじゃないぞ。」


 キャベツを慣れた手つきで千切りにし、大量にザルに移すと次は生姜を取り出しすり下ろす。


「アラタ君……本当に食事まで世話になって良いのかい?」

「食事までってあんた達に何にもしてないしな。これから会うこともあるだろうし、今日は遠慮せず食ってけ。」

「いや……私たちは君に……。」


 そこで口を噤む。

 対魔王パーティのほかのメンバーが居るから気を使っての事だった。

 魔王を討伐すると豪語した王国の姫が居るから……そう判断してのことだろう。


「そんで、フライパンに火をつけてっと……」

「アラタは独り言が多いのう?」

「ほっとけ」


 昔の癖からなのか、キッチンに立つと独り言が多くなってしまう。

 一人で過ごしていると話し相手がいないので仕方の無いことなのかもしれない。


 あらたは、ごま油を引いて熱したフライパンに薄力粉を塗した豚肉を入れ込み軽く焼き目がついたら大慌てで作ったタレをフライパンに投入。


「おぉ!美味しそうな匂いがするのじゃ!!」


 隣ではしゃぐスズカ。

 少し落ち着いたところで、ララノアを見やるとどうやら現代の機械についてメアに教えているらしく……


「これは、そうじきって言ってゴミを殲滅する時に使う刀よ!!」

「へぇ。すごいわね……!!」

「お前もスズカに影響されてんのかい。」




 魔王……ベールはと言うとその光景を微笑ましく眺めていた。


 流石は父親というところか。


 あの魔王がこんな優しい笑みを浮かべることが出来るのかとかつての魔王を思い出し些か首を傾げそうになるが、過去は過去。

 ララノアと同じく今は魔王ではなくただのベールなのだ。


「なぁベール、あんたこれからどうするんだ?じいちゃんから住居の提供はあれど流石に飯は食ってけねえだろ?」

「……!ベール……ベールか……!」


 噛み締めるようにそう呟くベール。

 魔王としてでは無くただのベールとして相手をしてくれることが嬉しいのだろう。


「おーい」


 一人で呟いていたベールに再度声をかけるあらた。


「あ、あぁ。そうだね。この世界で流石に暮らす訳にはいかないからね・・・。魔王として終わったとしても魔族としての部下たちもいることだしあちらの世界には戻りたいからね。戻る方法を詮索しながらもこの世界で仕事を見つけたいところだね……。幸いおじい様からコセキというものも用意されてるからね。」


 魔王が仕事……か。

 面白いこともあるものだ。


「そうか。魔王の戸籍を用意するなんてパワーワード聞いたことないけど、そうか」


 あのジジイどういう手段でパッと現れた人間のそんなもん用意するんだよ。


「アラタは、これからどうするんだい?」

「俺か?俺は学校があるからな。」

「驚いた……。君はこの世界では学生なのかい?」

「あぁ、高校生ってやつだな。」

「コウコウセイ?」


 あらたは、ララノアにした説明と同じものをベールに丁寧に話す。


「なるほどね。君はその夏休みという期間が終わればまた、学校に行かなければならないのか」

「あぁ、ただこの二人じゃ不安だからその間メアもこの家に居て欲しいんだ」

「そうだね。私が仮に仕事を始めたとしてメアは家で一人になるからね……。そうなるのは可哀想だ。そういうことなら私からもお願いしたい。」


 おい……。何だこの完璧パパ。

 メアがファザコンになるのも無理がないのでは……?


 そうこうしているうちに『生姜焼き』が出来たので、一人一人の器に生姜焼きを盛り付けていく。


「妾にも手伝えることはあるかの?」

「そうだな。じゃあこの器に同じように盛り付けてくれるか?」

「うむ!分かったのじゃ!」


 こいつは、時々素直で良い子だな。

 それに比べあのアホ二人は……


「ここはなんて部屋なの?」

「ふふん!ここは浴室っていってお風……ってその蛇口捻ったらッ!!」


 声しか聞こえなかったが、どうやらまたやらかしたらしい。

 スライド式のドアを開け目の前に現れたのは、びちゃびちゃになったアホ二人だった。


「はい、お前今日で三回目だから」

「違うわよ!!今回はメアが!!」

「あーもう!分かったから着替えてこい!ほら!メアの分も用意してあげろ!!」


 服を多めに用意しておいてよかった……。


「アラタ。娘がすまないな。」

「んや、もう今日一日で慣れたから大丈夫だぞ。」


 まぁ、なんやかんや言って楽しいからな……。


「よし!アラタ出来たのじゃ!」

「お!良くで……き……お前ご飯抜きにするぞ。」

「何でじゃ!?酷いのじゃ!!」

「明らかにそれ自分の分だろ!?お前のだけ肉の量違うんだけど……?」

「ぐぅ……そ、それはじゃな……たまたまじゃ……。」


 キョロキョロと目を泳がせ弁明するスズカ。

 まぁ、自主的に手伝うって言ってくれたし今日だけは許してやろう。


「今日だけだぞ?本当にお前は……。」


「ありがとうなのじゃ!!アラタ大好きなのじゃ!!」


 隣にいたあらたにギューッと抱きつくスズカ。


 あの当たってます……何がとは言わないけど柔らかいッ!!

 何度味わってもこの感触は……


「着替えたわよーって……スズカッ!!」

「げ、きたのじゃ…」

「あらたも何鼻の下伸ばしてんのよ!!この変態ッ!!」

「いってぇッ!?そこ脛ッ!!脛だから!?」


 見事に脛に蹴りを入れられたあらたは、ジンジンと痛むが立ち上がり生姜焼きとご飯、そして豆腐とわかめのシンプルな味噌汁を作る。


「まぁ、今回はシンプルなものだけど出来たぞ」

「な、なによこれ!?」

「これは……美味しそうな匂いだ……」


 どうやら、メアとベールも気に入ってくれそうな様子。


「ふん!アラタのご飯は美味しいんだから!!」

「なんでお前がそんな偉そうなの?」

「皆の者!早く手を合わせるのじゃ!!」

「お前は急ぎすぎ」


 ベールとメアは首を傾げていたため、『いただきます』と『ごちそうさま』を教え早速手を合わせる。


「「「「「いただきます!!」」」」」


 瞬く間に器用に箸で、生姜焼きを掴み口に入れるスズカ。




「……。」


 数秒黙るスズカにあらたは調味料の分量をミスったか……?と焦るもののその数秒後には安堵に変わる。


「美味じゃ……。な、なんじゃこの食べ物は……」

「生姜焼きっていう食べ物だな」

「わ、妾……これ大好きじゃ……」

「それは良かった」

「アラタ……これを毎日用意……」

「それは嫌だ」

「大嫌いじゃ!!」


 お前都合が良いな……。


「さすがアラタだわ……。このさっぱりとしていて深みのある味わい……?」

「生姜の事か……?」

「ショウガっていうのね。豚の脂身も生姜によって更に旨味を増して、この白いお米?と相性バッチリだわ。そして、それを後押しのようにお味噌汁?の濃厚なお味噌と出汁が喉を通って行くわ……。無限に行けるわよアラタ?」

「なんの宣言だよ。」


 ナイフで食べやすいサイズに切り、フォークで摘みそれを優雅に口の中に入れて更にフォークでご飯を食べるララノア。


「喜んでいただけて何よりだ。ベール達は口にあったか?」

「むぐむぐ……ふん!!下等生物の食べるご飯なんて……!むぐむぐ……全然……むぐむぐ……美味しくないんだから!!」


 満面の笑みで幸せそうに頬張るメア。

 朝から食べてないから腹が減っていたのか、はたまた美味しいのか

 どちらちしろそんなに食べてくれて嬉しいことには変わりない。


「アラタ……。」

「ん?どうした?ベールはあんまり……か?」

「是非この料理の材料と、作り方を今度教えてくれないか?」


 どうやらベールも気に入ってくれたようだ。


 皆の様子を見ていたあらたも、再度『いただきます。』と呟き箸を手に取る。


「我ながらうまいな。暫く料理してなかったから不安だったけど覚えてるもんだな」

「そうじゃろ?美味しいじゃろ!」

「おう。うまい。」


 そんなにニッコリとして、美味しそうに食べてくれたらこちらとしても本当に作りがいがある。


「妾はご飯おかわり!!」

「へいへい」

「むぐむぐ……わ、私もしてあげるわ!!」

「へいへい」

「アラタ……」

「おっけララノアもだな」

「わ、私も良いだろうか?」

「おう」


 こうして、炊飯器の中の米が空となりとある二人からは、『下等生物!早く用意しなさい!』『妾はまだ食べたいのじゃ〜!』と喧しいクレームが来たが今日のところは二人も帰りお開きとなった。

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