第二笑 似顔絵
鈴木です。
初めまして。
美大を出て、絵で生計を立てようと思ったんですが、残念ながら才能に恵まれず…。
今は看板を書いたり、駅前で似顔絵を書いたりしながら、生計を立てています。
似顔絵って、結構難しいんですよ。
似せて書くのは簡単なんですが、それじゃあお客さんは満足してくれません。
ある程度上方修正して描かないと、「似てない」とか言って、怒られるんです。
結構皆さん、自己評価が高いんですよね。
先週もね。
いつもの私鉄の駅前で似顔絵を描いていたんですよ。
まあ、今時似顔絵描いてくれなんていう人は少ないですね。
キャバクラの同伴客が、酔狂で女の子の絵を描いてくれというのが、関の山です。
その日も1人も客がつかず、そろそろ引き上げようかと思っていた時でした。
「にいちゃん、似顔絵描いてんのんか?」
上からどすの利いた声が掛かりました。
やばい――と思いながら見上げると、案の定、反社以外の何者でもない方が、立っておられました。
そのお方は、何故か5歳くらいの女の子を連れていたのです。
「これ、うちの娘やねん。どや。可愛いやろ?」
もちろん、Yes以外の答えはあり得ません。
しかしその子は、不幸にも父親そっくりの、反社顔だったのです。
――これを描くのは、至難の業だ。
そう思った僕の、嫌な予感は的中しました。
「ほんなら、この子の似顔絵描いてくれや。見たまんまの可愛い顔に描くんやで。分かってるやろな?」
「はい、喜んで」
とにかく僕は、出来る限りの上方修正を施し、それなりに満足のいく作品を描き上げたのです。
しかしその絵を見た反社様の顔色が、みるみる変わっていったのです。
「われ、全然似とらんやないけ。どこに眼え付けとんじゃ?いてもたろか」
「すみません。もう一度チャンスを下さい」
僕は即座に土下座しました。
「よっしゃ。ほなら描き直せや。今度はちゃんと描けよ」
幸い反社様は機嫌が良かったらしく、もう一度チャンスをくれました。
僕は絵描きとしてのプライドをかなぐり捨て、あらゆる修飾を施した、似ても似つかぬ『似顔絵』を描き上げたのです。
それを見た反社様は、上機嫌でした。
「われ、やったら出来るやないけ。この気品のある目元が、うちの子そっくりや」
――よかった。
僕がホッとしたのも束の間、横から声が掛かりました。
「あんた、何してはんの?」
そこには、見るからに反社の奥様というご婦人が、立っておられました。
しかも5歳くらいの女の子を、4人引き連れて。
4人の顔は、僕がフェイク似顔絵を描いた子と、瓜二つ、いや、瓜五つでした。
――五つ子かい!
「おお。ちょうど今この兄ちゃんに、一子の似顔絵描いてもろうてたんや。
可愛く描けとんで。見てみ」
「ほんまやな。ほしたら、二子ちゃんたちも描いてもらおか。それぞれ特徴あるしな」
――げっ。同じ顔じゃん。特徴って何さ?
そう思った僕は、恐る恐る反社様ご夫婦に訊きました。
「あのう。お子様たちは、5人とも同じ顔立ちに見えるんですけど…」
「われ、どこに眼えつけとんじゃ!黒子の数が違うやろが。ちゃんと見んかったら、指3本いてまうぞ!」
反社様に言われてよくよく見ると、確かに黒子の数が1個から5個までばらけてます。
――分かりやすい特徴だな。
「し、承知しました。全力で描き上げますので、少々お待ち下さい」
それから僕はフル稼働で、反社顔に宇宙規模の上方修正を加えてた完コピを、4枚描き上げたのです。
もちろん黒子の数だけ区別して。
描き上がりを見た反社夫人は、殊の外お喜びでした。
「えらい可愛く描いてもろて。よかったなあ」
その反応に、僕は人生で一番ほっとして胸を撫でおろしたのです。
「にいちゃん。中々見どころあるやないけ。これ少ないけど、取っとき」
そう言って反社様は、財布から10万円を出して僕にくれたのです。
去って行く反社ファミリーの後姿を見送りながら、僕は思いました。
――今日は呑みに行こう。そして、ここには二度と来ないぞ。
了
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