第一笑 尼
皆さま初めまして。
わたくし
見ての通り、仏にお仕えする身でございます。
名は伏せさせて頂きますが、歴史ある尼寺の庵主を務めております。
本日はわたくしに降りかかった、法難とも呼ぶべき出来事について、皆さまにお聞き頂きたく、この様にまかり越した次第でございます。
わたくしの寺は綺麗な白塀に囲まれておりますが、寺門の脇に掲示板を設けまして、檀家様向けに、折々の仏事の案内を貼り出しております。
それに加えまして、仏様よりわたくしの心に授かりました、有難い訓戒の言葉なども
これも仏道を広く
ところがです。
わたくしの寺院と、車道を挟んで東真向かいにある寺院の住職が、ある時から真似を始めたのでございます。
しかも当院に、何の断りもなく、始めおったのです。
無礼極まりない話ではありませんか。
とは申しましても、わたくしは仏に使える身。
海より広い心を持ちまして、見逃していたのです。
それがいけませんでした。
向かいの寺の糞坊主が、図に乗って増長したのでございます。
ある日のこと。
わたくしが認めた有難い訓話を、東院の糞坊主めが真似し始めたのです。
さすがに放置できないと思ったわたくしは、掲示板に警告文を載せました。
『書くことが思い浮かばないのであれば、書かなければよいものを、わたくしの書いた言葉を盗用するのはよろしくない』
すると何としたことか。
仏の路をわきまえぬ糞坊主めが、賢しらに反論しおったのです。
『盗んだのはそちらではないか。盗用呼ばわりは心外である』
わたくし、その無礼な文言を見て、気を失いそうになりました。
言うに事欠いて、こちらが盗んだとは、何たる暴言。
盗人猛々しいとは、まさにこのことを指しております。
元より仏に使える身。
争いごとは避けねばなりませんが、ことこれに関しましては、当院の、引いては仏の尊厳に関わる由々しき問題でございますので、引く訳には参りません。
仏の路を心得ぬ糞坊主を、善導する意味を込めまして、わたくしも反論を掲げました。
『仏に使える身が、虚言を吐くなど言語道断』
すると糞坊主めは、またしても言い返してきたのです。
『そちらこそ、人に濡れ衣を着せるなど、悪鬼の所業』
これはあり得ません。
もはや堪忍袋の緒が切れました。
そこでわたくしも、言い返してやったのでございます。
それでも東の糞坊主は懲りません。
ついにはわたくしの、少しぽっちゃりした愛らしい容姿を捉まえて、<デブ>、<ブス>などと暴言を吐く始末。
わたくしも致し方なく、<ハゲ>、<チビ>と応酬せざるを得ませんでした。
そのような応酬が続きましたので、わたくしは不味いと思いました。
このままでは、檀家様の信頼を失いかねません。
そこで東院の糞坊主めに、最後通牒を突き付けたのでございます。
『本日15時、〇〇河川敷にて決着をつけようではないか』
すると西院の糞坊主めは、恐れもせずに受けて立ちました。
『よかろう。今日こそ白黒はっきりさせてやる』
上等だよ。
やってやろうじゃないか。
そして15時。
わたくしは指定された河川敷へと向かいました。
周囲には騒ぎを聞きつけた野次馬、もとい、近隣住民の皆さまが、5人ほど見物、もとい、見届けに来ておられました。
こうなったら、是が非でも負ける訳にはまいりません。
わたくしの前に立った、ハゲチビ糞坊主は、傲然とほざきました。
「それで勝負の方法はどうする?」
「古来より我が国で、タイマンで決着をつけるための方法と言えば、相撲しかなかろう」
「す、相撲だと?!」
「どうした?男のくせに恐れをなしたか?」
「…」
ハゲチビは悔し気な顔をしましたが、周囲の眼がある以上、後には引けません。
わたくしの思う壺でした。
何しろわたくし、若い頃に女子学生相撲で、全国大会3連覇を果たしたことがございましたので。
当然のことながら、勝負はわたくしの圧勝でございました。
ハゲチビの横っ面に、張り手一発かまして、しばき倒してやったのです。
「二度とこの界隈で、でかい面をするでないぞ」
私は河原に転がったハゲチビを見下ろして、仏の路を教えてやりました。
そして寺に戻り、『勝った』という勝利宣言を、掲示板に掲げたのです。
しかし相手も凝りません。
『次は勝つ』などと、性懲りもなく、掲示板に掲げる始末です。
まったく、やれやれです。
どなたかあの糞坊主に、仏の路を叩き込む方法を、ご教示頂けませんでしょうか。
了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます