第5話(睡眠時)嫌いにならないで

 電車。時間帯のおかげで人が少ない。


「座れてよかった……って、まさか、もう寝ちゃったの?」


 少し焦ったような声。


「……寝てる、よね?」

「……うん、やっぱり寝てる」


 距離が近くなる。


「お兄ちゃんって、本当にいつも寝てるよね」

「もしかして寝たふり? ……なんて、そんなわけないよね」

「でも本当、よく寝るし……お兄ちゃん、そんなにいつも疲れてるの?」


 心配そうな声。


「遅くまで頑張ってるって、ちゃんと分かってるよ」

「お兄ちゃんの部屋、いつも遅くまで電気ついてるし」

「私、心配してるんだからね」


「……無理しすぎちゃうとこ、昔から変わってないよね」

「そのくせお人よしで、私にも勉強教えてくれるし……」

「……どうせ、他の人にも優しくしてるんでしょ」

「そういうところも、いいところではあるけど」


 拗ねたような声が近づいてくる。

 つん、と頬をつつかれる。


「でも、お兄ちゃんだって誰かに甘えなきゃだめだよ」

「……嘘。私以外はだめ」


 しばらく無言。


 ガタッ、と音がして電車が駅に停車する。


「もう降りるの、次の駅だからね」

「私がいなかったらお兄ちゃん、終電まで行っちゃったりして」

「たまに抜けてるとこあるし、本当にあり得そう」


 ふふっ、と楽しそうに笑う胡桃。


「そういうとこも、好き」

「もう、全部好き」


 とびきり甘い声。

 すり寄ってくる胡桃。


 次は〜と車内アナウンスが流れる。


「……そろそろ起こさないとね」

「お兄ちゃん。……いつも、素直になれなくて、冷たくしちゃってごめんね」

「私のこと、嫌いにならないで」


 すう、と大きく深呼吸する胡桃。


「アンタ、いつまで寝てんの? 起きないと置いていくからね」


 急に声が変わり、距離も遠くなる。


「っていうか、ぼーっとしすぎ」

「私がいなかったら絶対寝過ごしてたから」

「……はあ? 私がいたから安心して寝た? ……ばっかじゃないの」


 必死に頑張っているが、嬉しさが滲んでしまっている声。


「本当アンタって、どうしようもないんだから!」


 電車が止まり、駅へ降りる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る