第3話(睡眠時)図書室にて

 放課後の図書室。ほとんど人がおらず、静かな空間。


「あ、いたいた」

「……もう寝てるの?」


 椅子を引く音。

 隣に胡桃が座る。


「早くない? 寝てるふり……とかじゃないよね?」


 疑うような声。しかし、すぐに楽しそうに笑う。


「本当お兄ちゃんったら、どこでも寝るんだから」

「……あのね」

「今日、一緒に勉強しようって言ってくれて嬉しかった」

「気を遣ってくれたのも嬉しかったし……なにより、お兄ちゃんとの放課後デートだもん」


 そっと胡桃に腕を触られる。距離が近くなり、耳のすぐ近くで囁かれる。


「ね、これ、デートだよね」

「違うとか言わないよね」


 ノートをめくる音。


「お兄ちゃんのノート、見やすいよね」

「字は綺麗ってほどじゃないけど……分かりやすいし」

「受験の時は、かなりお世話になったんだよ」


 ガチャ、と図書室の扉が開く音。

 人が入ってきたため、より胡桃が囁き声になる。


「去年一年、辛かった」

「同じ学校に通えないし、受験勉強は大変だし」

「私、絶対お兄ちゃんと同じ高校に行きたかったんだもん」

「お兄ちゃん寝てばっかなのに、なんでそんなに成績いいの?」


 ふてくされたような声。でもすぐに柔らかな笑い声に変わる。


「なんてね。私、ちゃんとお兄ちゃんが頑張ってるのも知ってるから」


 頭をゆっくり撫でられる。


「いいこいいこ」

「前はよく私にしてくれたよね」

「今はもう、してくれなくなっちゃったけど……」

「本当は、前みたいにしてほしいって思ってるんだよ?」


 少し胡桃が離れ、鞄から問題集やノートを大量に取り出す。


「勉強しないと」

「私、大学も絶対お兄ちゃんと一緒のところに行くから」

「……お兄ちゃん、いい大学いくんだろうな」

「でも、あんまり遠くにはいかないでね」


 寂しそうな声。

 少しの間、ノートにシャーペンで文字を書く音が続く。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「まだ寝てるの?」

「ここ、教えてほしいな……なんて、素直に言えたらいいのに」


 深呼吸する胡桃。


「……よし」


「……なに寝てんの、さっさと起きて!」


 耳元で、大きな声で言われる。


「自分から勉強に誘ったくせに寝てるとか、あり得ないんだけど」

「ごめん? じゃあ、ここの解き方教えて」

「勉強くらいしか取柄ないんだから」

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