第7話 同居開始

 マンションに着き、部屋のインターホンを鳴らすとすぐに春香がドアを開けてくれた。


「ここに来たってことは許可を貰えたってことだよね?」

「うん、そういうこと」

「やったぁあっ!!!」


 俺が両親から同居と漫画家になることの許可をもらえたと知ると、春香は飛び跳ねながら喜びを表現していた。

 もし許可をもらえていなくてもその説明をするためにここを訪れることにはなっていたと思うが。まあ、春香が喜んでいるんだ。そんなことは言わなくて良いだろう。


「ここが奏太の部屋だから荷物はこの部屋においていいからね」

「ありがとう」


 ちゃんと俺の部屋まで用意されている。

 本当に何から何まで感謝してもしきれないな。

 


 俺は自分の部屋に荷物を置いてからすぐに仕事部屋へと移動する。

 春香に一緒に漫画家になると決めてからずっと俺の中の漫画欲が抑えきれないほどに溢れ出している。

 だから、俺は一刻も早く描き始めたい。


 俺が荷物を自室に置いている際に春香も仕事部屋に移動していたようで、春香は仕事部屋で何かを集中して書いているようだった。恐らく春香も俺と同じ気持ちで、一刻も早く描き始めたいという気持ちなのだろう。


「今書いてるのは、ネーム?」

「そうだよ。奏太も出来るだけ早く描き始めたいでしょ?」


 春香はどうやら思いついた話をネームにしているようだ。

 ネームというのは、漫画を原稿用紙に描く前に別の紙にコマ割りやセリフ、表情、カメラアングルなどを大まかに描いた『下書きの下書き』のことだ。

『漫画の設計図』などと言われることもある。


「うん、もちろん」

「だったら、私がまずネームを書き上げないことには作品を作れないからね。だから、ネームを書いてるの」

「助かるよ。俺はまずペンに慣れないとな」


 そうだ。俺は漫画を描くよりも先にペンに慣れなくてはならない。

 今まで色々な絵を描いてきたが、Gペン、カブラペン、丸ぺんといったプロの漫画家が使うようなペンで描いたことはない。だから、俺はまずそれらに慣れる必要がある。

 そじゃないと、漫画を描くことすらできないからね。


 とりあえず、早くペンに慣れるためにも練習するか。

 俺は春香のネームが描きあがるまでは作品を描き始めることが出来ない。だから、それまでの時間はペンに慣れるための努力をしよう。


「この机を使っていいんだよね?」

「うん、そこが奏太の席だよ。今からペンの練習?」

「そうだよ。早く慣れたいからね」

「二人で頑張ろうね」

「おう」


 俺の机と春香の机は向かい合うような形で配置されている。

 そのため、俺と春香も向かい合う形になる。少しばかり恥ずかしさはあるが、この配置が一緒に漫画を作っていくのにベストな配置ということも理解できるので、これにも慣れなくてはならないな。


 席につき、昨日、春香からもらった三種のペンを取り出す。


「インクはこれ使っていいからね」

「あ、ありがとう。何から何まで申し訳ないな」

「いいんだよ。一緒に頑張っていくんだからお互い支え合いでしょ?」

「そうだな」


 春香はインクまで用意してくれていた。

 支え合いというが、今のところ春香に頼りっぱなしな気がする。とりあえず春香の支えになれるように自分の絵を上達させよう。


 いつも絵を描くときに使っていた少し大きめのノートを取り出す。


「描いてみるか」


 まずはオリジナルキャラではなく、模写で練習を始めてみることにした。

 まずは初心者でも使いやすいと言われているカブラペンで描いてみる。


(お、これは描きやすいかも。でもなぁ……)


 たしかにカブラペンはかなり描きやすい。

 だが、線の太さがずっと一定だから筆圧の強弱がほとんどつかない。俺には合っていないかもしれない。たしかに描きやすくはあるんだけどね。


 次に、丸ペンを試してみる。

 このペンでは、キャラクターではなく背景を描いてみることにした。このペンは極細の線が描きやすいので背景を描くのに最適だと思うからだ。


 日本の街並みの画像をスマホに表示しながら、それを見て描いていく。


(お、いい感じだ!)


 さきほど使ったカブラペンとは違い、極細の線が描けるので建物がかなり描きやすい。だけど、やっぱり初めて使うということもあってもう少し慣れが必要な気がする。

 これからもこのペンは使っていくことになりそうだ。


 そして最後にGペンを使ってキャラクターを描いてみる。

 描き始めはかなりいい感じだった。線の強弱をつけやすい。

 だが、描き進めていくと一つの壁にぶち当たった。


(あー、難しすぎっ)


 ペン先が紙に少し引っかかってしまう。

 これは恐らく、描く際のペン入れの角度によって引っかかりやすさが変わってくるのだろう。こればかりは数を重ねて失敗を減らしていくしかない。


 三種のペンを使ってみたが、圧倒的にGペンが難しかった。

 だが、同時に圧倒的に漫画を描く際には必要不可欠なペンでもあると思った。


 まだ確定ではないが、これからはGペンと丸ペンを主に使っていくことになるだろう。キャラクターを描く際は主にGペン、背景を描く際は主に丸ペン、といった感じで使い分けていくつもりだ。

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