第7話 シャッターを止めるな
「零人様、こんな所で一体何をなさるつもりですか」
「ナフタ、少し集中する」
俺は目を閉じて耳を澄ます。
さてと……うん、聞こえる、鳥の鳴き声が……だけどこれよりも……多分これか?
目を開けて音がした方向を見ると……。
「いた」
悪いがナフタ、お前に構っている暇は無い。
「どこに行くのですか」
ナフタの声が聞こえてきたがどうでもいい。急がないと間に合わなくなる。今、決定的な瞬間を撮れるかもしれないんだ。
坂を登り森に入ると音が五月蝿い。再び耳を澄ます……うん、こっちでいい。まだだ、まだ大丈夫だ。間に合う、あともう少し、もう少しなんだ。
「……いた」
息が切れそうになったが、なんとか堪える。カメラを木の上に向けて構える。
今、正に生まれたばかりの雛鳥に蛇が近づいている瞬間だった。
これはすごい、雛鳥がヘビに食われる瞬間なんて滅多に見れるものじゃないし、撮れるものでもない。スクープに違いない。こういう写真は絶対評価される。
ワガママを言えば、親鳥が蛇を攻撃する一連の流れも撮ってみたいが、耳を澄ます限り親鳥は来ない。
だが蛇が雛鳥を捕食する瞬間は撮れる。
それは間違いなく価値が高い。絶対に見逃さない。
蛇は木に巻きつきながら登り、枝に移っていた。枝の中間部に巣があり、雛鳥たちがピーチクパーチク鳴いている。
とうとう蛇が雛鳥たちの巣に入っていく。
雛鳥たちは状況が分かっていないのか、まだピーチクパーチク鳴いて、むしろ蛇に近づいている。
よし、思ってた以上に撮るまでの時間を短縮させることができるかもしれない。時間が短縮できればその分もっと写真を撮れる。
蛇はもう雛鳥たちに向かい、大口をガパッと開けていた。
よし、いけ、いけ!!
こっちはいつでも準備できてる。雛鳥を食べる直前からシャッター連写しまくってやる!!
こちらからもレンズ越しに蛇の唾液の糸が見える。もう食べる瞬間が来ようとしていた。手に力が入るし、震えそうにもなる。
だな耐えろ、耐えろ俺。
決定的瞬間のために。
ヒュウウウ ヒュウオウフ ヒュウウウーーー
バ!!
「申し訳ありませんが蛇よ、私の前で雛鳥の命を奪うことは許せません」
カシャシャシャシャ!!
勢い余ってそのまま連写した。だけど……。
「なんだよ……それ」
おい、あいつ……何やってんだ。何で雛鳥を助けてやがる!! しかも何で空中に……。
レンズを目から離し、全体図が見えるようになると、そこには背中から大きな翼が生えたナフタが手を蛇と雛鳥の間に差し込み、蛇の牙を遮っていた。
決定的な瞬間なのは間違いない。だけどこんな写真を送ることなんて出来るわけない。
誰が背中から天使が生えた天使の存在なんて信じることができる!?
「零人様」
「お前何してくれてんだ!!」
「私は雛鳥を守っただけですが」
「ふざけんな!! 勝手に変なことしてんじゃねえ!!」
「何度も零人様に声をかけましたが返事が無かったので、自発的行動をいたしました」
「だからって邪魔してんじゃねえよ!!」
「では零人様はあのまま雛鳥を見捨てるおつもりだったのですか」
それを言われると言葉に詰まった。
たしかに側から見れば、俺は雛鳥を見捨てて、死ぬ瞬間を写真に収めようとしていた。
だけど仕方ねえだろ、俺にはこれしか無いんだから。
「そう簡単な話じゃねえんだよ、お前にはわかんないだろうがな」
くそ、折角良いところだったのに台無しの気分になった。改めて何でコイツついてきたんだよ。人の邪魔しかして来ねえのに。
もう蛇はとっくに木から降りて茂みに隠れている。雛鳥の元に親鳥が帰ってきた。せめて親鳥が蛇を倒したり撃退するなんて展開だったら良い写真だったのに、それすら無いなんて。
「零人様、次はどこに行かれるのですか」
「うるさい! お前はついてくんな!」
こいつのせいでホントイライラする。
その後、俺は一回目の蛇と雛鳥のシーンを撮り逃したらからか二回目、三回目、さらには四回、五回目と全ての写真を、撮るのを失敗するに至った。
何度撮っても上手くいかないせいで、俺の怒りのボルテージはあがってた。
「くそっ、そもそもおまえがわるい!!」
気づけば俺はナフタに八つ当たりしていた。こんなことしても何にもならないことは分かっているけど止まらなかった。
ナフタは別に何か変わったことをしているわけでは無かった。一般的な倫理観をあてはめただけだ。だけどそれは俺に撮っては不要だし無い方が良い。
「申し訳ありませんでした」
見なくてもナフタがお辞儀をしてあるのはわかる。
「零人様が考えていることを察することができませんでした。大変申し訳ありません」
あまり自分が悪いと思ってなさそうな謝罪だった。
とにかく気分が悪い。だからもう森を出ていって帰ろう。
そう思い早歩きで森を出ていき、駅に近づいた。
電車に乗ると、行きはあんなにうるさかつたのに、帰りは大人しい。当然だ、ナフタが近づかないのもあるが、俺も話しかけなかった。
通路を挟んで、それぞれの内側の裏側に座る。気まずかったけどこっちもら話しかけることはしない。下手すりゃつけあがるからな。
やがて元の駅に戻った。
ナフタはそのまま黙りこくっている。
『おい、良いのかよ。これ麻薬だぞ?』
『大丈夫、だいじょうぶ』
は? 麻薬?
『いや、タクぅ、一応お前モデルだろぉ? 良いのかよヤクなんてよぉ』
『いいんだよ、みんなやってるし』
モデル、麻薬、カメラ、ネタ。
「どうしましたか、零人様」
「いける……いける!!」
走り出す。分かる、分かるんだ俺には。
もう既に見えている、これは儲けになる。
足が軽い、羽がついたように軽い。
さっきのナフタの姿を思い出す。今なら空も飛べるはずという気持ちになりそうだ。
あの角を曲がれば、まだだ、まだ獲物は退散していない。それどころか麻薬を現在進行形で吸ってる最中だ。
角を曲がるとそこは路地裏。そこには四、五人の男女がいる。そして手には……
シャッターチャンス!!
言う前には、もう既に連写していた。
全体図、手、個人個人の拡大写真も撮った。
完璧だ。
「お前、何撮って」
あいつらが怯んでいるうちにこの場を去ろう!!
そうしようと俺は走るが、やはり長年の日陰者の俺が逃げられる訳なかった。
「待てよ、このオッサン!!」
グイッと首根っこを掴まれる感覚がした。
ゴンッ ボグッ
頭と顔を殴られた!! 意識が飛びそうになるほど痛え!! このままだと殴られまくりになる!!
たまらず伏せる伏せればまだダメージを軽減できる筈だ。
「消せ!! そのカメラよこせぶっ壊す!!」
まずい、こいつらばっぐを引っ張りやがる。このままだと無理矢理起き上がらさせられる。
ガッ!?
その時、そいつらの何人かが小さな悲鳴を上げる。その後すぐに倒れる音もした。
「大丈夫ですか、零人様」
「ナフタ、か」
顔を上げると、ワンピースのナフタが手を俺に向けて差し伸ばしていた。
「ナフタ、ありがとう……お前やっぱ最高だぜ」
「お褒めの言葉をありがたく頂戴いたします」
俺は思った以上に運が良いのかもしれない。
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