第8話 ジャーナリストになりたい大学の友人


「はは、はははは……」


 あの後、無我夢中で走り気付いたら家に着いていた。


 部屋の中で俺は床にゴロンと寝転び、その様子をナフタがじっと見ている。


 喉が渇いているからか、か細い笑いしか出来ねえ。だけど良い、僥倖だ。まさかこんな出来事に出くわすなんて。


 あのモデル、見たことあると思ったら最近テレビで目立ってきている『TAku』とかいうモデルだ。


 バラエティ、テレビドラマに出始めて俳優めいたことまでしてる。そんでバラエティはトークが上手いとか言われてるが、俺からすれば全然上手くねえしつまんねえ。


 言うことも当たり障りの無いことを言っている。こんなので喜ぶのなんてファンか、イケメン好きの女子だけだろ。


 だから俺は大嫌いだった。こういう勝ち組の奴らが。顔だけで何でも許される奴が。


 さてと、どうするかな。


「零人様、その写真をどうするつもりなのですか」


 ナフタが話しかけてきたけど無視。

 それよりこの写真について良い高い道ができたから、俺は立ち上がった。


「どこに行くのでしょうか」


「ちょっと用がある場所にいく」


 ナフタが何か言う前に俺は出て行った。


 間違いなければ、あいつは今もそうしているはずだ。住所とか変わってなければ良いが。






 俺が大学四年生の頃


『なぁ〜〜、いくつ内定もらったよ』


『俺? 四社』


『はぁ? やっば、強。お前は?』


『俺? 五社』


『ついでに俺も八社』


『はぁ!? もうダル。まじダリィわそういうの。お前ら内定決まるの早すぎ』


『いやでもお前も最終面接三社したんだろ? まあまだ四社くらい最終残ってるけどよ』


『いやそうだけどさぁ』


『大丈夫だいじょぶ、いけるって、な? 案外思ったよりも行けるもんなんだって』


『そうそう、就活ってまあまあ地獄だけど終わったら、あ、こんなもんだったってなるよ?』


『分かる、めっちゃ分かる。ホントそれな。てか就活が出来なかったら、しなかったりする奴ってよっぽどだからな? よっぽどの社会不適合者だけだからな?』




 四人の知らない学生たちの爆笑が耳につんざくほど入ってきた。


 うるせぇ!! とか怒鳴り散らしたかっなが生憎、俺は腕っ節が強くない。だから怒鳴ることさえできない。


『アイツらさ、クソだよな』


『え?』


 隣に座っていたのは上河 圭吾うえかわけいご、俺の大学で唯一の友だちだった男だ。




 俺たちは一年生の頃は関わりが全くなかったものの、俺がサークルを勝手に辞めさせられた辺りから話しかけられて、仲良くなった。


 正直、俺の何が何がコイツに刺さったのかはわからない。だけどこうして仲が良いってことは、そういうことなんだろうな。


 初めは自分と一緒にして欲しくはなかった。だけど俺は両親の教育のせいか、それか個人的に印象が悪いからか、大学デビューではしゃぐ奴らと仲良くなりたいと、思わなかった。


 だから初めのオリエンテーションで、旅行みたいなのがあったけど、アレもほとんど人と関わらずに過ごした。


 まあレクリエーションくらいは喋ったけど、夜寝る時とかは早く寝た。俺と同室の奴はほとんど大学デビューだからか、別の部屋に飛び出していたけど、俺はそんな浮かれた雰囲気に流されたくないがために早く寝た。


 早く寝たのは俺と圭吾だけだった。


 俺は圭吾のことを陰キャだと思っていた。


 そして圭吾も俺のことをそう思っていると勝手に感じていた。


 だけど、どうやらそれは違うらしかった。


 俺は歴史サークルに入っていたが、ある日、何故か俺の名前が名簿から消えて、脱退させられていた。どういうことかサークル長に聞いたら至極簡単な答えが返ったきた。


『お前さぁ、いつもいつも自分勝手なんだよ。もうお前と一緒の空間にいたくないって何人もいるんだ。だから自発的にやめてもらうって判断になったんだよ』


 自発的って、俺、何も話聞いていないんだけど。てか、一緒にいたくないって誰が言ってんだよ。アンタだけじゃないのか!?


 なんて言おうとしたけど……やめた。


 サークル長の横や後ろにいるメンバー全員が、俺を睨むように見ていたからだ。


 男性だけのサークルだからといって、気楽じゃないのを思い知った。

 

 圭吾と再び会ったのはそんな時だった。


 大学の講義を受けている時に、突然、話しかけてきた。


 その時は、あの時以来だな、とか大学どう? とかの話題だったが、意外にも盛り上がった。


 聞けば圭吾は自分でサークルを抜け出したらしい。景吾が入ったサークルは一見しっかりしてそうに見えたが、入ると飲みサーヤリサーの巣窟だったらしい。


 ちなみに圭吾は、そのサークルで童貞を卒業している。そこだけは何故かムカつく、許せない。そういうところが俺のヤバいところなんだろう。


 そして圭吾に何でサークルを抜けたのか聞くと、圭吾は、初めは渋ったりはぐらかしていたが、とうとう観念したのか、こう言った。


『なんかさぁ、中身無いんよなぁあいつら。いっそ誰と誰が付き合ったかとか、そんなのしか言わないし遊びまくりだし。本気でテニスやっとる奴おらんもん。なんかそれ知ったらさ、全部アホくさくなったわ。あいつら何もないねん。何もないのに何かあるみたいな態度とってる。それがバリムカついたからやめた』


 思わず、冷笑が出てきてしまいそうになった。なんでそれが出そうになったかの理由は様々あると思う。だけどこの一言に尽きる。


 お前はどの面下げてそんなことが言えるんだ?


 なんだかんだでそのサークルの奴らを批判嘲笑してるけど、お前もそのサークル入って気になった子と致して一年近くいた時点で


 そういう感想しか出なかった。


 でもそれを言ったら確実にコイツはキレてきたりなんかヤバいことになりそうだったなら言わなかった。


 ただ適当にヘラヘラしていた。ヘラヘラしていたらあっちがなんか懐いてきて仲良くなった。


 そしてその二年後の夏に本格的に就活が始まり、そんな中、俺たちはフリースペースのテーブルに面接対策などの勉強をして座っていた。


 そして、圭吾が少し遠くにいる騒いでいる就活生を見て、批判していた。


『はいはい、どーせ名前もろくに聞かない中小企業だろ? ご苦労だな、そんな有名でもなんでもない中小企業、ブラック会社に決まってんだろうが。何はしゃいでんだかなあいつら。頭悪い』


 相変わらずのブーメラン発言だ。

 ん、待てよ。知名度がない中小企業でブラックなのか? 


 少し俺の心にイタズラガキの精神が芽生えた。


『そうなのか?』


『あ?』


『名前が有名じゃない中小企業ってやっぱブラックなん?』


『あ? ああ、そうだよ。分かんだろそんなこといちいち聞かなくても』


 あー、これはうぜえわ。俺の頭で何かがキレた気がした。


『え? それどこ情報?』


『あ? そんなの見なくたって』


『いや圭吾さぁ、前に明確なデータがなけりゃどんな発言もデマだって言ってたじゃん。だから今の言葉のデータってどこにあるのかなって』


『……自分で探せよ』


『ん? 圭吾は知ってんの?』


『…………知ってるよ』


『どこ? サイト名だけでも教えて? 何のサイトのスレに載ってたかでも良いぜ』


『……そんぐらい自分で調べろよ』


『いや調べても出てこねえんだよお前が言ったこと、だからお前が選んだワードで見れることができるかなって』


『……忘れた』


『じゃあ何で知名度ない中小企業ではブラックだって言えるの?』


『それは……ほら、よくアットホームな職場ですとかあるだろ? ああいうキャッチコピーとかがあるのはブラック』


『有名企業でも場所によってはそう書いているじゃん』


『じゃあその有名企業の部署もブラックだ』


『じゃあアットホームな職場云々が書いてない中小企業はどうなの?』


『は? 知らねえよそんなこと』


『あれ、さっきは知名度が低い中小企業は全部ブラック会社とか言ってたのに?』


『……』


『何か根拠があるデータとかがあると思ったのに、それがないってことら今のは全部、圭吾の妄想じゃね?』


『……根拠があるデータがなけりゃ証明できないわけじゃないだろ』


『俺が今言ったセリフ全部キミが言ったんだよね。確定のデータかなければガセ同然って』


『……言ったっけ?』


『言った』


『……あ〜わりぃ、覚えてねえや。まあ、お前の言う通りでも良いんじゃない? お前の言うことも間違ってねえし』


 あくまで自分が間違っていることは絶対に認めない。それが圭吾であった。


 結局その後、圭吾は大手の新聞社に入社することができ、俺はどこにも定職につかずウロウロと彷徨うばかりだった。


『まあお前、頑張ってたし就職できるだろ。まあ努力は必ず実るとは限らねえけどな』


 その時のあいつニチャニチャ笑う顔は今も思い出して腹が立つ。完全に俺を見下している目をしていた。


 だけど、その年SNSであいつがその新聞社を辞めたのを知った。


 しかもそれは圭吾のSNSアカウントで知ったわけじゃない。


 他の人がそれを笑っているツイートを見て知った。


 初めは何かの冗談かと思いあいつのアカウントを開いたら、ついこの間まで仕事の愚痴なり、仕事終わり報告なり、飲み会断ったとかの呟きが二ヶ月前からぱったり無くなっていた。


 そんなアイツが何をしているのか、ついこの間までは分からなかった。


 だが、ナフタが現れる少し前に俺は圭吾に誘われて一緒に食事をした。


 久しぶりに見た圭吾は、目が爛々に光っていた。髪は綺麗に整っているが、何日間も剃っていなかったのか、髭の剃り残しが目立っていた。


 圭吾は最近は主にスキャンダル専門の雑誌の編集者になっているのを聞いた。そして、俺もその会社に入らないか? なんて誘ってきた。


 俺は怪しいと思ったのもあったが、何よりも圭吾の言い草が気に食わなかった。


 意識してるのか無意識なのか分からないがいちいち『お前も俺のように』などと見下した発言をしてきて、それが気に入らなかった。



 だから圭吾の誘いを断った。アイツは何回も、もったいない、これに乗れば成功するのに、などと言ったきたが俺は引っ掛からない。

 

 今日は、その圭吾に会う。

 

 あの時と今では状況が違う。


 だから俺はSNSで圭吾に連絡した。


 あの時のお返しと言うわけじゃないが、俺は出来るだけ高級で、なお且つ誰にも何も聞かれないような個室がある店を予約した。


 もちろん、予約席はそういう個室だ。


 初めはめんどくさそうに返信をしていたが、俺がその店に行くのを聞いて急に態度が変わった。


 アイツも何か重要なことを話すことを悟ったらしい。


 俺は目的の店に行き、予約していた個室に入る。連絡を待つ、五分前になっても来ない。


 もしかしたら失敗したか? と思った時だ。


 ガラッ


「よう、三ヶ月ぶりだな」


 圭吾が入ってきた。嬉しそうに歯をむき出しにして嗤う。それを見て俺の口角も自然と上がってしまった。


 どんな顔をしているのか鏡を見たかったが生憎それは無かった。でもロクでもない顔をしているのはなんとなく分かっていた。

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