第5話 神託術を覚える
「では、これを」
そう言うとナフタは、三つの小瓶を取り出した。
「これは」
「これを飲めば、零人様が望む力を得ることができます。しかしながら、今飲むのは遠慮をした方が良いと、私は思います」
「どういう意味だ」
「これを飲めば力を得ることはできます。しかし、未熟な時に飲むと、力に耐えきれず崩壊が身体に招かれることが起きます」
「未熟っていうのは年齢か? それとも宗教に聡いかどうかか? それとも人生経験か?」
「はい、零人様が言いましたもの全てでございます」
「それ無理ゲー過ぎないか?」
俺が言ったもの全部必要ってことは、その力をえるのに何十年もかかるってことじゃねえか。そんなに時間が経ったら先に俺の方が死んじまう。
「そんなに待てねえよ」
「はい、なので私の方から提案があります」
「提案? まさか修行とか言うんじゃねえよな。今からそういう修行してもどっちにしろ時間かかるだろうが」
「修行、ですか。それも良いかもしれませんね」
「それを考えてたわけじゃなかったのかよ」
じゃあどんな提案する気なんだよ。
「これから私が零人様の脳に情報をぶち込みます。零人様はそれに耐えることができたら」
「待て待て待て待て待て待て待て、それ絶対失敗したら死ぬやつだろ」
「いいえ、死にはしません。ただあまりにも脳に負担がかかるので思考が止まってしまうだけです」
「いやそれ死ぬのと変わらないから。永遠に脳の情報処理終わらなくて死ぬやつだから」
俺が散々、反対したからかナフタはふむ、と顎に手を当てて考えたかと思うと、仕方ありません、と胸元から一つの冊子を出した。
緑色でボロボロのいかにも古書だというような冊子だった。
「ならばこれを読んでいただくという地道な修行をしていただくことになります」
「やっぱりそうなるのかよ」
今どき修行とかって流行らないと思うんだけどなぁ。しかも地道に本を読むなんて、地味にも程がある。
「私、良いことを思いつきました」
「あ? なんだいきなり」
「要するに、零人様は時間がかかるのが嫌なんですよね」
「ああ、そうだな。時間がかかると先にこっちが死ぬ可能性があるからな」
「ならば、今から一分で三つの能力を得ましょう」
「は? そんなことができるのか!?」
「できます」
マジか、修行どころか今から一分後とかめちゃくちゃ早いじゃねえか。でもなんでさっきまでそれを提案しなかったんだ?
「私も神託術を教えてくれと言われたのが初めてでございまして。それで少しばかり頭が硬くなっていました。ですがもう大丈夫です。より効率が良い方法を思いつきました」
「そいつはなによりだ。で? その方法というのは?」
「いまから精神だけを別空間に移し、そこで修行をし、三つの能力を手に入れるのです」
「…………ん?」
「そう案じないでください。その空間で過ごした時間分は元のこちらの世界ではたったの一分なのです。なのでとし歳をとることはありません。あと精神や身体に差し支えないように記憶は消します」
おい、それって要するに一〇〇ボタ〇と〇神と〇の部屋みたいな。
「よろしいですね?」
「い、いやちょっと待て。いくら精神世界でとは言っても下手すりゃ廃人状態に」
「大丈夫でしょう。少なくとも一億年くらいは耐えられると思います」
「お前、絶対元ネタ知ってて」
「では、参ります」
「ま、まっ……」
言おうとした時がもう遅い。空間はすでにねじ曲がっていた。
一分後
「ふぅ」
あ、もう一分経ったのか? ホントに早かったな。これで三つ力を得ているのか。
「なあ、ナフタ。これで本当に三つも能力を……お前、なんで泣いてんの」
俺の眼前に、どこから取り出したのかティッシュで涙を拭いているナフタがいた。
「いえ……すごく……心を打たれました」
そんなに大変なことしてたんだ。全部覚えてねえけど。
「ところで能力は本当についたのか?」
「そうですね、まずは耳は意識を集中させてください」
「ああ、分かった」
集中と言ってもつまり耳を澄ますってことだよな。聞き耳を立てるように音に意識を向けた。すると……。
『だりぃ、マジだるくね?』
『それ、ガチでそれな』
うお、いきなり聞こえてきた。
『てか彼氏の誕プレありえなかったんだけど』
『マジ? 蛙? 蛙化現象起きたん?』
『うん、起きた』
『きゃは! やば!!』
『こいつら最近さぁ、オワコンじゃね?』
『分かる、てか最近の動画全部つまんなくね? なんか異様に幼稚でさ』
『これ見るの女だけじゃね? だってこいつらの年齢考えてさぁ、十分オッサンだろ。顔が良さげなオッサン同士の内輪のキャッキャノリ見たいと思う? 男』
『あー、確かにそうやな。でもそれ同じクラスの奴にはあんま言わんほうがええぞ。どんなイヤな反応されてもお前、負けるからな』
『そん時はお前を巻き込むわ』
『なんでやねん』
「……本当だ、すごく聞こえてくる」
ナフタを見ると、彼女はハンカチを俺に向けていた。なんだこれ?
「零人様、汗がすごいですよ」
え? 頬を触ると汗がビッショリついていた。タッチしただけで指から汗が下に流れてしまうほど濡れていた。少し集中しただけでこんなに汗が流れるのか。
「神託術は慣れない内は、疲労がすごいので仕方ありません。まあ、初めは少しずつ使い続けるしかありませんね」
「そっか……おっと」
何だ? 視界がぐらりとねじ曲がった気がする。気が少しでも抜けたら、そのまま倒れてしまいそうだ。ナフタの言う通り、すごく疲労している。
「これで大丈夫ですか?」
「なにがだ?」
「写真家になりたいのでしょう?」
「ああ、そう……あれ、お前にそれ話したっけ?」
「はい、小学二年生の頃に宿題で将来の夢の作文を課題に出されて、写真家と言ったらなれるわけがないと、両親に反対されて、警察官になると書かされたこと。そしてそれを学校で発表したら、クラスメイトに、なれるわけないと馬鹿にされ、それなら写真家って嘘をつかずに、親のことなんて無視して描けばよかったと、後悔していることも聞きました」
俺そんなことまで言ったのか。
「うわ、マジで恥ずかしい、死にたい」
「死なないでください」
「マジレスすんなや」
「零人様は死にません。私が守りますから」
「待て、その表情と性格でその台詞はやめろ、ホントやめろ」
「申し訳ありません、こういう時、どうすれば良いか分からない故に」
「おいやめろ、本当にやめろ」
「かしこまりました」
かしこまりましたじゃねえよ全く、こいつは本当に何を考えているんだかな。
※
無表情のメイドの双眸には、零人本人が忘れたある記憶が映っていた。
修行で多大な疲労を受けた零人は、いつまで経っても神託術が身につかないのを焦っていた。
『零人様、そろそろ休まないと』
『待てよ……ハア……ま、ハア……まだやれるって』
『いいえ もう限界です』
『うるせえんだよお前は!!!!』
その激怒はこれまでとは一線を画したモノだった。怒るべき相手も自身の怒りが何なのか分からず、ただ空間にそれぶちまける。
その姿は憤怒の獣そのものだった。
『っざけやがって……俺をばがにじやがっで!! 殺す……全部殺す!! 俺を舐めた世の中も!! ショルダーバッグから湿布までの中からクソどもを全て殺してやる!! どんな手を……使っても……肉体的に……精神的に……社会的に……』
その時の零人の顔は、目がぎょろぎょろと飛び出そうなほど大きくなり、周りの肉は痩せかけていた。その姿はまるでミイラのよう。
そしてその姿は今も双眸に焼き付いている。
(……)
何を思うべきか、その人物にさえ分からなかった。
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