第4話 まだ可能性があるなら
「零人様」
「何だ」
「失礼ながら……零人様はこの映画のどこに楽しさを見出しているのでしょうか」
「何だ、つまんないのか?」
「いえ、ただ私のデータによると、このような映画は取材や題材のデータとして収集するために見て面白く感じる傾向が多いと思ったので、零人様はこの映画のテーマを題材にして何かをしようと考えているとは、とても思えません」
「そっか、確かに一般的にこういうのを好んで見る奴なんていないよな」
「そうですね、一般的な趣味で見る人はいないと思います」
「何気にひどくね?」
まあそうだよな、こういうドキュメンタリーなんて、あまり見たいとは思わないよな。
俺たちが見ているのは、ホームレスになった経緯を取材したり、ホームレスがどんな日常を過ごしているのか、更には今まさにホームレスになるかならないかの男にまで密着取材している映画であった。
正直これは何というか見て良いのか? と一般的には言われる映画だ。だが俺は好きだ。何でと言われると分からない。
分からないがこういうドキュメンタリーが大好きなんだ。
こういうのがサブスクにあったのは僥倖だった。
ナフタは無表情だが、その顔を見る限り、あまり面白くなさそうだなと思っていたら、やはり口を開いてそう言った。
「まあ、つまんないよな」
「いえ、面白いです」
「……いや、どう考えてもつまんなさそうだったろ。今の態度」
すると、ナフタは目をパチクリさせてこっちを見た。あまりにも幼い顔をするものだから、本当にさっきまでの無機質な声と同一人物か疑いそうになった。
「何だその表情」
「いえ、つまらなさそうな態度をとっていたという指摘にビックリしただけです」
つまり自覚無かったってことか。
それから一時間くらいで映画は終わった。
「次は私が見たいものを見て良いですか?」
「おお、いいよ」
『てめえ、何で裏切りやがった!!』
『このままあそこにいたらのたれ死ぬのが分かってて、居座るバガいねえだろうが!!』
『ふざけんざゃねえ!!! おめぇ……あの日の誓いは嘘だったってえのか!? あの日俺と交わした盃は、嘘だったのか!?」
『さかずきぃ? んなもん覚えちゃあいねえなあ!!』
『柳楽ぁ!!』
バァン!!
……まさかヤクザ映画見るとは思わなかったなあ。さっきまでのドキュメンタリーと違い、なんか食い入るように見てるし。
おいおい拳まで握ってるよ。
すげえ好きじゃん。
そのまま何も言わずに時間が過ぎていき、やがて映画は終わった。
長かった。
でもそれは恐らくさっき俺が好んだドキュメンタリー映画を見てたこいつもそう思ったんだろう。
「面白かったか」
「はい面白かったです」
気のせいか返事も生き生きしているように聞こえた。
「質問があります、零人様」
「なんだ?」
「ご飯などはどのようにするつもりでしょうか」
「え? あ〜、そっか。そういうのがあるんだよな普通は」
「と、言いますと?」
「ああ、ここしばらく夜はロクに食べちゃいねえ。金が無いからな」
「そうですか」
ナフタは短く返事をすると、しばらく顎に手を当てて、何か考える仕草をする。また突拍子も無いことを言わなければいいが。
「なら私がご飯を用意します」
「……料理できるのか?」
「もちろんです」
「けど食材は無いが」
「祈りを捧げることで得ることが出来ます」
「ガス代とかあんまかけたくないんだが」
「それは、こちらの
「神託術?」
「はい、このようなものです。『火の神よ、ここに欠片の姿を顕現し給え』」
ボッ
ナフタがそう言うと、すぐに目の前に火の玉が浮かんでいるのがはっきり見えた。
「え……まじ?」
「『雷の神よ、ここに欠片の姿を顕現し給え』」
バチュチュ
さっきと同じように電気の小さな球体がはっきり見えた。これは間違いない、魔法だ。
「お前、魔法が使えるのか」
「いいえ、これは神託術です」
「どっちでもいいよそんなの」
そういえば言ってたもんな、さっきこいつ俺を助けるために来たみたいなことを。
待てよ、てことはこいつは魔法で何でも俺の思い通りにしてくれるんじゃないか?
いやそれは危険だ。というよりこいつが俺の頼みを聞いてくれるとは限らない。クソ、せめて俺がああいう魔法を使えるようになれば……。
ん? それだ!!
「ナフタ、俺にその魔法を」
「できました」
見るといつの間にか鍋、そしてそれに入っているおでんがグツグツ音を立てているのが見えた。いや早いな、てかいつ鍋用意した?
「早く食べましょう、これで電気代や水道代などは節約できるはずです」
「わ、分かった」
俺はナフタが用意したおでんを食べ始めた。
うまい
この一言につきる。ついさっきまで何も食べていなかったからか、久しぶりのご馳走が天にも昇るほどの美味さが口いっぱいに広がる。
おでんってこんなに美味かったのか。
「そういえばこのおでんってどこから持ってきたんだ?」
「ついさっきコンビニで買ってきました」
「そうか、何円かかった?」
「お金は払わなくても大丈夫です。これは役割の一部なので」
その役割っていうのが個人的によく分からないんだが、こういう料理してくれるのは大変ありがたい。初め来た時にこいつは、俺を助けるまめにきたって言ってたな。
なら魔法だって頼めば教えてくれるんじゃないか? もしそうだとしたら何事も早い方がいい。
「ナフタ」
「はお、ナフタでございます」
「まほ、いや、その神託術ってやつを俺に教えてくれ!」
するとナフタはそのまま何も答えず、全ての動作を停止。さっきまでもちゃもちゃとおでんを食べる咀嚼音も消えた。リスのように頬いっぱいに膨らませてジッと止まっている。
拒絶の気配はしなかった。多分、考えているんだ。俺にその神託術を教えるか、教えないか……多分、それについて考えているんだろう……本当に考えてるか? 何でさっきから瞬きしないでこっちを見ている。てかそろそろそのもち巾着飲み込んだらどうよ。絶対熱々だろそのおでん。
「………………かしこまりました」
かしこまりました、言った。確かにそう言った。
「貴方はどこかの宗教を志していますか」
「え? 宗教?」
そうか、神託術なんて言うから宗教と何か関係があるかもしれない。
「いや、何も」
「仏教やキリスト教、イスラム教などの内容を微細にでも知っていますか?」
「そのくらいは知ってると思うけど」
「そうですか……」
そう言うと、再びナフタは沈黙。顎に手を当てて何か考える仕草をする。もしかしたら無宗教の人物はその神託術を覚えることはできないかもしれない。もし手に入れることができたら、俺は欲しい力があるんだ。それに関する神は絶対いるはず。
「かえってそちらの方が良いのかもしれませんね」
ボソッとナフタの声が聞こえた。どういう意味か問う前にナフタがこちらを見た。
「つかぬことを尋ねますが、零人様は具体的に使用したい神託術というのはありますか?」
「それは、一つだけか?」
「希望が有ればいくつでも」
よし。思わずガッツポーズをとってしまう。
「まずは、遠くの景色を自由自在に見ることができる力。そして次に遠くからの音が聞こえるようになる力。あとは人の心の声を聞くことができる力。それらが欲しい」
そこでナフタは目を丸くした。
「意外ですね」
「なにがだ?」
「いえ、神託術の希望について聞きますと、大抵の方は炎や身体能力、主に腕力や脚力などの強化や変身など、まるで今から戦いに行く戦士のようなことを言いますので。零人様が先程言いました三つの希望は戦闘とは違う用途に使いやすい、ある意味では実用的な力です。何か具体的な使用方法があるのでしょうか」
「あ〜……まあな」
「まさか…………盗撮」
「ちっげえよ!!」
「ではどういう実用方法なのですか?」
言いたくねえけど、言うしかないか。
「一応、小さい頃からカメラマンになりたかったからさ、それで欲しいんだ。そういう力が」
「なるほど、カメラで写真をとり賞で一攫千金を狙っているということですね」
「そうだ」
「即答の肯定は流石に引きます」
なんとでも言え。俺にはこれしか無いんだ。大学に入学できる学力が無かったから専門学校行ってもなれなかった程度の奴だけど、それでもなりたいんだよ。というか将来のビジョンでギリギリ描けるのがそれしかねえ。
すると、ナフタは小さく嘆息づいた。
「かしこまりました、それでは私が零人様に神託術を教えます」
よし、心の中で俺は再びガッツポーズをとっていた。
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