第3話 意志希薄


 前世、俺の前々前世からこの女は来た。


 ……だいぶ混乱している。こんな訳分からん単語が頭に浮かび上がるなんて。


 そもそも、この俺の環境は前世のせいだっていうのか? 前世で俺はすごく悪いことしたから今こんな毎日を過ごしているのか?


 だとしたら、どんだけ悪いことしたんだよ前世の俺。金なし仕事なし彼女なし、もうすぐ住む場所もなし。そんな仕打ちを受けるって相当だぞ。


「前世が気になりますか」


 ナフタは無表情で聞く。たしかに少しだけ気になるけど……いや、やっぱりやめておこう。そんなこと聞いて何になるんだよ今更。


「殺し屋でした」


 言うのかよ……。


「人から殺しの依頼を受け、ただひたすらに殺すことを繰り返していました。しかし、自分が今まで斬ってきた人々の半分は悪でもなんでもなく、依頼人の邪魔だったという理由で殺しの依頼をしてきたのが判明しました。それにより激怒。今まで自分に依頼をしてきた人々までも殺し始めました。それにより世の中全てから敵とみなされ、やがて斬られて死亡しました」


「最悪じゃねえか」


 何だよそれ、生粋の殺人鬼じゃねえか。


 そんな奴が前世だったらそりゃこうなるわ。いや、まだこれで済んで良かったと思うべきなのかもしれない。


「余談ですが、彼の歴史は国の政治側も関わりが深いものでありましたので、彼の歴史は丸ごと、闇の中に葬られることになりました。なので誰も知りません」


 別にそんなことはどうでもいい。どっちにひろ俺は前世が最悪で今が最悪になっている。その事実があまりにも重すぎる。


「どうなさいますか」


「あ? どうなさいますかって……逆にこっちが聞きてえよ、どうすりゃいいかなんて……」


 もうどうしようもないだろ。


「では何がしたいか、というのはありますか?」


「何がしたいか? ハッ、そんなのねえよ」


「なぜですか」


「意味ねえからだ」


 そう、意味がねえんだ。幼い頃、小学生の宿題で将来の夢の作文が出された。


 俺は写真家になりたいって書こうとした。

 だけどあろうことか両親がそんなこと書くなと大反対した。


 結局、俺は親からの指示で警察官になりたいと嘘を書く羽目になり、そう発表した。


 この話を人にすると『小学生低学年ってまだ夢なんて確定じゃない時に漫画家否定するってなんか変じゃね?』と言われる。


 そのついでに友だちとか先生に否定されるのと、親に否定されるのは重みが全く違うことも思い知らされる。


 多分、そこからなんだろう。俺は何がしたいと言わないように、思わないようにしようとした。


 というより何もしないことを選ぼうとしていた。いつも俺が動くと他人に迷惑がかかるから。

 

 だから迷惑かけないように何もしないから、お前らも俺に何か嫌なことしないでくださいって思いながら生きていた。


 だから今こんな風になっているのかもな。


 人に迷惑掛けない。


 それは何もしないで役に立たない足手まといのままでいることと同じだ。


 少なくとも、この社会では自分で選ぶことができない、自分の意志が無い奴は遅かれ早かれ淘汰される運命なんだろう。


 最もそんなことこいつに言っても理解しないだろう。さっきから理由を書きたそうにジッと見つめるこいつに言っても。


 あまりにも俺が黙っているからか、ナフタは顎に手を当てていた。何か考えているように見える。それも意味は無い。


 何かしてみたら? みたいなことを言われたら行動に移すけど、自分の意志が入ってないから簡単に投げ出すことに今までなった。


 次にこいつが言うことだって、やるかと思ってしたとしても、すぐにやめることになる。そうに決まってる。


「映画、みませんか」


「…………映画?」


「はい、左様でございます」


「映画館に行きたいのか?」


「……それでも構いませんが、このテレビは色々とサブスクというものが充実しております」


 そう言ってナフタはリモコンを前のテーブルに置いた。見るとほとんどのサブスクがついている。今までそういうものが無かったから初めてみた。


「お前、これどこで」


「見ますか、見ませんか」


 何で急に高圧的になるんだよ。どこで手に入れたか気になるけど、これは本契約なのか?


「なあ、これ仮登録か?」


「本登録でございます」


 じゃあ今月からしっかり代金いただかれることもあり得るってことか。ますます住む家を無くすのが確定したじゃねえか。


「映画みますか、見ませんか」


「いや、高圧的すぎるだろ。大体映画見たいのお前じゃないか?」


「そうです、私が見たいと思ったから提案したのです」


 あーはいはい、そうかよ。もうこいつめちゃくちゃじゃねえか。


「じゃあいいよそれで。映画見よう映画」


 しかしナフタは動かない。こっちをジッと見たまま動かない。ていうか少し眉が吊り上がっているように見えるのは気のせいか?


「私は零人さまがどうしたいのか聞いているのですが」


「あ? だから良いって言っただろ。いいから速く映画みようぜ」


「だから良い、という返事は零人様の意志を感じられません」


「何だよそれ」


「私は零人様が。」


 ……嫌な言い方するなこいつ。まるで俺が偉そうだって言われてるみたいで気分悪い。


「……もうしわけありません。過ぎたことを言いました」


 マジか、ここで謝るのか。こっちがあと一歩でも踏み込んできたらブチギレ寸前だったのに謝ってきたから、溜飲が下がってしまった。


 しかも顔が綺麗だからズルい。


「私は、零人様のことを知りたいと思い、つい言葉が強くなってしまいました。申し訳ありません」


『お前って何考えてるか分かんねえよな』

 

 急に中学時代の頃を思い出した。

 

 中学時代、俺はいじられ役だった。大して面白くないイジリにヘラヘラただ笑うだけの奴だった。

 

 変な連中に変な要求されて、変なことをやる。それだけの存在だった。一緒に遊んでいてもその態度だった。


 そんなある日に、友だちの一人にそう言われたんだ。言葉の意味や理由を聞いたらそいつはこう言った。


『いや、だってお前さ、自分の意見なんも言わねえじゃん。だからイマイチお前のことよくわかんないんだよな』


 その時は軽く流してたけど、もしかしたらナフタもそいつと同じことを思ったのかもしれない。


 たしかに、ナフタはしたいかしたくないかを質問したのに、俺はどっちでも良いみたいな態度をとっていた。


 そんなことされたら、無理矢理見てるのかなんて勘繰ってしまっても無理はなかった。


「……映画……見たい……アニメ映画見たい」


「かしこまりました」


 少しだけ声が柔らかく聞こえた気がしたから、思わずナフタの顔をマジマジ見ていると、ほんの僅かだが口角が上がっていた。


「ありがとうございます」


 ちょこん、とお辞儀する恰好がどこか可愛らしいと思ってしまったのは内緒だ。

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