第8話 天然のバルコニー

私の答えはもちろんイエスよ。ナブピークはバックランド山脈の高峰ラスキン岳の山腹に突き出た岩のこと。まるで山のバルコニーのようでバックランド山脈の山々と氷河で削られたU字の谷全部を見渡せるというわ。


先生はその風景を私に見せたいと前からおっしゃっていたの。食事が終わって先生がコテージを出て行くと私はトレイルの準備を始めましたわ。先生の話によると朝早くから出かければお昼にはナブピークに着くって。


ワクワクする。きっと最高の一日になるはずよ。明日は天気も良さそうだし、二人でトレイルなんて。


バックパックに入れた装備を取り出してみては再確認。あれもある、これもあると何度か見返しましたわ。きりがない。眠らないと。


後はお昼のお弁当の準備だけ。朝早く起きなくっちゃね、とベッドに入る。でも、なかなか寝られない。うううう。お弁当のサンドイッチに何を挟むか悩むぅ。


ベーコンは確定ね。塩漬けで寝かしたり燻製にしたりして二人で一緒に造ったの。先生もきっと喜んで下さるわ。





コテージのバルコニーにかかる階段に腰掛けて先生が来るのを待つ。まだ朝日は出ていない。コバルトブルーの空にまだ星がちらちらと輝いていた。


昨日は全く寝れなかった。でも、トレイルに全く不安はないわ。だって全然眠たくないのですもの。


朝日と共に先生はやって来た。私は駆け寄る。


「先生、おはようございます」


「おはよう。体調はどうだ」


「ばっちりですわ」


先生はニコッと笑った。


「無理するな。辛かったらちゃんと言うんだぞ」


「はい」


「じぁ、行こうか」


先生は歩き出す。私は先生の横に付いた。


程なくして森の小道はなくなった。先生は、俺の後ろに付けという。獣道のような道なき道を進んで行く。草を踏む音が森に響く。


木漏れ日、新緑の香り、鳥の声。川のせせらぎも微かに聞こえる。雪解け水か湧水の小川なのでしょう。やがて森が開け、低木と雑草の草原に出た。空は青く、幾つもの雲がゆっくりと流れていた。


風が爽やかで心地いい。バックランド山脈の山々がグルリと私たちを囲んでいる。そのほとんどがまだ山頂付近に雪を残していた。先生が振り向いて言った。


「景色もいいし、休憩するか」


「いいえ。私は大丈夫」


先生はニコッと笑顔を見せた。だって本当に疲れていないのですもの。先生の背中を追っているとなぜか疲れを感じない。先生はなだらかな登り道をゆっくりと先を進む。私もそれに続く。


日が天中に登ろうかとする頃、先生は立ち止まった。そして、指差す。


「ナブピークだ」


高峰ラスキン岳。その山腹に巨大な岩が突き出している。足元の草原が終わりを見せていた。換わって目の前に広がったのはゴロゴロした石ばかり。


「ガレ場だ。距離を取ろう。俺と一直線になるな。それと俺の行くルート通りに来てくれ。浮き石があるかもしれん。俺の足元をしっかりと見てそこを進むといい」


先生はゴロゴロした岩場を進んで行った。言われた通り私もそこを進んで行く。やがて急な傾斜が目前に立ち塞がった。先生は手も足も使って這いあがって行く。登り切るとそこで私が来るのを待っていた。


私も岩場に挑戦する。先生は、仕切りに慌てるなと声をかけて来た。全然怖くはなかった。だって、先生だけを見ているのですもの。


登り切るとそこには岩の壁に挟まれた回廊があった。おそらくは巨大な岩の亀裂なのでしょう。人一人通れるほどの隙間を先生は進んだ。私は迫りくるような岩肌と自然の造形に息を呑み、先生のあとに続く。回廊は五十歩ほどの距離だった。そこを抜けると目の前に絶景が広がる。


「ようこそ。ナブピークへ」


バックランド山脈の山々が一望出来た。氷河で削られたU字の谷も眼下に広がっている。森の緑に湖の青。灰色の山肌は壁のようにそそり立ち、山頂は鋭利な刃物のように天を指す。


風がやさしく汗を拭ってくれた。飛行魔法でバックランド山脈は何度か上空から見ていた。でも、ここの風景はそれとはまったく違って見えたし、違って感じる。


「昼にしようか」


ナブピークが天然のバルコニーとはよく言ったものだ。州都にある私の家の庭ほどの広さがあった。先生は腰を落ちつけると火打石を叩き、ほぐちに火を移す。転がっている小枝を寄せ集め、小さな焚火を作ると鍋を掛ける。


手際の良さについつい見とれてしまっていた。慌ててバックパックから朝作ったお弁当を取り出す。


「先生、これ」


「おお、君が作ったのか」


「はい」


先生は受け取ってくれた。包を取る。サンドイッチとサラダにポテト。


「もしかして、俺と一緒に作ったベーコンか」


私はうなずいた。


「こりゃぁ食べるのが楽しみだ。まってろよ。すぐに珈琲をいれるからな」


大自然の中で大好きな先生と二人っきり。先生は私の作ったサンドイッチにバクっと食らいつく。幸せな気分だった。ずっとこの瞬間が続いたらと思った。


色んなことを話した。初めて会った時から今日まで。


面白いことばかりだった。大体が私の失敗。


二人して笑った。話すこと話すことまるで思い出を確かめるよう。


「君は今日をもって卒業とする」


「え?」


なに! いきなり! そんなの聞いていない!




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あとがき


「面白かった!」

「続きが気になる。読みたい!」


「今後どうなるの!」


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