第7話 勇者

魔族の少年も悲鳴を上げていた。こっちは興奮の声じゃない。苦痛の声。ボキボキっと気味の悪い音が聞こえた。それは手首の骨が粉砕された音。


悲鳴を上げる魔族の少年をおっさんは構わず投げ捨てた。魔族の少年は地面に二度三度討ちつけられて転がる。


「先生!」


ドキドキが止まらない。私は先生を見詰めた。


「安心するのはまだ早い」


魔族の少年の傍に魔法陣が描かれた。そこに紫のいかづちが落ちる。現れたのは魔族。黒い服装にケープマント。そして、金の肩当てに靡く銀の長髪。


まがまがしいオーラに瘴気。この魔族。ただ者じゃない。急に胸苦しくなった。手足もしびれる。


「久しぶりだな、ダニー・ケージ。生きていたんだな」


「お前こそな。魔王の四天王エリケハーネン」


四天王? これはやばいんじゃない。どうするのおっさん。闘気も魔法も全くゼロよ。キラキラオーラじゃ勝てない。早くお師匠様を呼ばないと。


「こんなところで会えるとはな。陛下の仇がやっと取れるってわけだ」


「それについて提案だが、向こうでやらないか」


おっさんは日の出の方向を指差した。アビントンの東は砂漠だった。エリケハーネンと名乗った魔族はニヤリと笑った。


「そいつはお前の弟子か?」


「いいや。生徒だ」


「先生? 落ちぶれたか。がっかりさせるなよ。まさか弱くなっていないよなぁ」


「そっちこそその小僧はなんだ。状況は俺と変わらないと思うが」


「孤児だ。俺が面倒を見ている。両親ともカエラ・ラムゼイにやられた」


そう言うとエリケハーネンは少年を消した。どっかに逃がしたんでしょう。そして、続ける。


「カエラ・ラムゼイはまだ早いって口酸っぱく何度も言ったのにな。だが、そのおかげでお前に会えた」


「で、どうする? サシでやるなら付き合うが、ここで暴れるっていうんなら俺は消えるぜ」


「どうもこうもない。お前の言う通りにしてやる。言っとくが、俺を昔の俺と思うなよ」


「ああ、分かってるさ。クローディア。街の皆を避難させろ。出来るだけ遠くにだ」


そう言うとおっさんは闘気を放出した。金色のオーラで轟音を発している。


音を立てるオーラなんて聞いたことが無い。魔力も解放した。おっさんの周りの空間が歪んで見える。陽炎のような陳腐なものではない。手をかざせば分かる。文字通り空間が歪んでいた。


おっさんはぐっと足を踏ん張ると消えた。ひとっ飛びで一挙に空の彼方にいる。エリケハーネンも飛んだ。おっさんを追って彼方に消える。


闘気だけであのジャンプ。腰が抜けた。ヘナヘナっとお尻を付いた。


二人の闘いは夜が明けてもおわらなかった。砂の津波が起きたかと思うと今度は本当の水の津波である。かと思えば、巨大な樹木が現れる。その枝が蛸のようにうねっていたかと思うと空を切るような巨大な竜巻。


アビントンの人々はすでに私の作ったシェルターの中。私は天高く、二人の闘いを見守っている。二人の闘いは壮絶を極めた。隕石も幾つか落下していた。この世の終わりかと思った。最後に立っていたのは先生。決着は何でもない殴り合いだった。





私は先生の言いつけを守ることにした。もちろん、逃げ出したのはちゃんと謝ったわ。だって先生は強いし、かっこいいし、ヒーローだったもん。むさくるしいおっさんだなんて今はこれっぽっちも思ってない。


先生はエリケハーネンと名乗った魔族を殺さず、アイテムボックスの中に封印していた。私はそれを見届け、先生の元に向かったの。私は感極まって泣いていた。抱きついた私に先生はやさしくしてくれた。抱きしめ返し、私の頭をそっと撫でてくれた。


王都の学園なんて行かなくてもいい。ずっと一緒にいてもいいと思っている。湖でゆっくりと釣り糸を垂らすのも楽しい。先生とずっとおしゃべりしていたい。


飛行魔法も止めたの。初めは先生に全然追いつけなかった。それどころか釣りして帰って来る先生と鉢合わせしていたわ。でも、先生はやさしく、帰ろうとおっしゃってくれた。それでも、何日かそれを繰り返すうちに一緒に湖まで行けるようになったわ。その時は疲れきって釣りどころじゃなかったけど。


半年経った頃かなぁ。先生と一緒に釣りが出来るようになったの。魚も釣れるのよ。一緒に焼いて食べましたわ。州都に帰るなんてもう言わない。先生もおっしゃりませんでしたわ。


新たに建てるコテージの手伝いも出来るようになったの。こういうの、労働っていうんでしょ。先生は魔法なんてこれっぽっちも教えてくれない。私も魔法なんてもう忘れてしまったわ。


先生といて一年。いいえ、まだ一年ね。いつものように先生と二人で夕食を頂いていると先生は私にこう言ったわ。


「明日、トレイルに出かけよう。ナブピークに登るぞ」




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あとがき


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