第5話 転移

湖面に巨大な水柱が立ったかと思うと空から大量の水滴と無数の魚が降って来た。傘が無い中で夕立に降られたようだった。


あちこちで魚がぺチぺチと跳ねている。おっさんの声がした。低く、重い、地獄の底から湧きあがって来るような声色だった。


「やることなすこと、おめぇはよー」


おっさんも濡れ鼠だった。一歩、一歩と近付いて来る。


「誰が魔法を使っていいと言ったぁ」


あと20歩。


「無益な殺生。一匹でも釣ったら帰ってもいいって、俺は言ったよなぁ」


数えきれない魚が地に跳ねている。あと15歩。


「当分ここでは魚も釣れまい。それどころか、もう虫も寄り付かねぇ」


鬼の形相。けど、魔力も闘気もない。なのに、何? この迫力。地震前の地鳴りを思わせるこの感覚。やばい、この人………。


「お仕置きが必要だなぁ」


あわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわあわ。


あと十歩ぉぉぉぉ。


いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


飛翔する。超高速でコテージに帰った。玄関ドアを閉める。どうしたらいいの。どうしたらいいの。いま州都に帰ったらお師匠様に怒られそうだし、そうだ。とにかく!


とにかく、どこでもいいから一旦遠くに行く!


「アイテムボックス、オープン」


肩の上の空間が開いた。


「私の荷物よ。入りなさい」


コテージに持ち込んだ荷物が次々と空間の亀裂に自ら飛び込んでいく。依り代の魔法をかけていてよかった。


「アイテムボックス、クローズ」


次は私の番。どこにいく? アビントン! アビントンがいいわ。栄えているし、こことは州都を挟んで向こう側にある。


「空間を司る精霊メディケの名をもって命じる。道を繋げ。転移」





私は大通りのまん真ん中に立っていた。沢山の人たちが息を呑んで私を見ている。


ああ、そういうことね。転移魔法は派手だもの。街中に突然魔法陣が現れて、そこに紫のいかづちが落ちたかと思うと私が現れた。そりゃぁびっくりするわ。


はは。騒ぎにならないうちに退散しましょ。飛行魔法、そして、高速移動。街の西に向いて飛ぶ。


でも、なんなのよ。あの詐欺師野郎。


何が勇者よ。もしかして本物の勇者は、本当は死んでしまったんじゃないかしら。そう。あいつは偽物よ。詐欺師。


お父様は騙されているんだ。なんたって闘気や魔力どころか、全くオーラがない。むさいし、貧乏くさいし、言うことなすこと支離滅裂。


釣りもタネがあったのかもね。100Gをお父様からせしめるためにそうやって私もだまくらかして、あのコテージに長居させようと思ってた。そうはいくもんですか。見てらっしゃい。絶対に化けの皮を剥いでやる。


あら、凄い人ごみ。あれはきっと市場ね。


多くの人の往来。果物や野菜や肉の屋台も軒を連ねている。腹が立ったら甘いもんが食べたくなっちゃった。スイーツの店も並んでいた。そうだ。アイスクリーム。冷たいアイスクリームが食べたい。アイスクリームの店はどこ。


アイスクリーム。アイスクリーム。アイスクリーム。アイスクリーム。アイスクリーム。アイスクリーム。アイスクリーム。


あっ! あった。あそこね。


アイスクリームの屋台の前に舞い下りた。群がっていた子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。大人たちは遠目で私を見るだけで近付きもしない。屋台の店主も私を見てゴクリと喉を鳴らす。


そりゃぁ領主様の娘だものね。こんなところに現れるとは思ってもみない。屋台には金属の寸胴が三つ。中には一杯の赤黄白のアイスクリーム。


「屋台ごと、これ全部貰うわ」


「あ、はい」


そう言うと店主は弾けるように行ってしまった。私は、お代はお父様に貰ってね、と叫んだ。


聞こえたのかな。店主は人ごみに隠れてもう見えない。聞こえたのでしょう。聞こえなかったとしても、市場の皆が良い証人。


さて、頂くとしましょうか。アイスデッシャーなんて面倒。三つの寸胴からそれぞれアイスクリームがスポンと飛び出す。


皆が見てるもの。かぶりつくなんてエレガントじゃない。三つを一つにまとめて細切れにして、その全てを花や動物、騎士や淑女に変えていく。


私の周りで踊らせる。まずは真っ赤なお花。次は真っ白なウサギね。一個、また一個と口の中に入って来る。アイスクリームは魔法がかかっているんで冷たいまんま。ははは。これは楽しい。んで、おいしいィィ。


それから屋台を三軒巡り、この町一番のホテルに入った。オーダーしたのはホテルで一番ベッドが広くってふかふかの部屋。もちろん、私は顔パス。お代はお父様のツケ。


ああ、眠たい。おなか一杯になると何でこんなに眠たくなるの。ジェネラル・マネジャーが言った通りベッドは広くってふっかふか。部屋の内装もエレガントだし、ああ、幸せ。夕食までまだまだ時間がある。安心して、寝るとしましょう。夕食時には私のお腹がきっと報せてくれる。




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あとがき


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