第4話 水柱

目の前に湖が広がっていた。おっさんが手を出している。私の顔をじっとみていた。何かを目で訴えている。


「鈍いやつだな。釣竿だ」


ああ、この竿ね。私はおっさんの手に竿を置いた。おっさんは竿に絡めてある糸をほどくと腰袋から出した得体のしれないモンスターの幼体をその先に付ける。


「これはミミズっていうんだ」


針にそのミミズを刺した。ぐにゅっと液体が出た。ウエェ。気持ちわりいぃ。


「顔が腐ったリンゴみたいになってるぞ」


腐ったリンゴ! バカにして。私はおっさんに背を向けた。


「おめぇさんには、まだこれは無理か。州都育ちだもんな。しかし、これくらいの虫を怖がってどうする。平和になったとはいえ、この辺りではまだ、時たまモンスターが現れるんだぜ」


おっさんの声色は楽しげであった。


「ミミズなんて可愛いもんだ。こんなのよりもっとえげつないモンスターもいるんだ。な、大魔導師さんよ」


私は辺境伯の娘。この地を守る義務がある。私は顔色を整え振り返った。


「ほれ」


目の前に竿がある。


「これが釣り針でこれがウキな」


と、おっさんは説明すると竿を軽く振った。餌が湖にポチャンと落ちる。


「ウキの動きで魚が餌を食っているって分かる。タイミング良く釣竿を上げると魚が釣れるってしくみだ」


このおっさん。昼食の調達に湖に行くって言ってた。もしかして、これで獲った魚が私の昼食?


「魚を一匹でも吊り上げたら親父さんの下に帰してやるよ。だが、釣りあげられるまでお前は俺と一緒にいる」


え!


「ほんとですか!」


こんなことで帰れるの。魔法とかじゃなくて。


「ああ。嘘は言わねぇ。ただし、ズルはなしだ。俺の目は誤魔化せねぇ。どんなことをしたって俺は見抜く」


そんなことしないわよ。魔法を使えない領民たちでも普通に魚を獲ってるわ。


「わかりました。魔法を使わなければいいのでしょ」


「そうだ」


「約束ですよ」


おっさんは、餌を投げ込んだ竿を私に手渡した。


「がんばりな。あ、一つ言っとくが、俺が釣った魚はお前にはあげねぇ。昼飯は自分で釣りな」


一匹でも吊り上げたら帰れる。言われなくともがんばりますわ。


おっさんは餌の付いてないもう一方の竿を持つと30歩ほど離れた場所で釣り糸を垂らす。私は湖面に視線を移した。ウキの動きを見逃さない。


湖面は凪いでいる。ウキは待てど暮らせど微動だにしない。おっさんはというともう一匹吊り上げていた。それから立て続けに二匹吊り上げる。


おかしいと思った。これは何かの罠かも。私は竿を立てた。釣り糸がピンと張って餌が湖面から出る。私のところまで戻って来た。


ミミズは取りつけた長さのままだった。ウキに動きがない通り、私のミミズに魚は身向きもしない。


餌に何か原因があるかも。あのおっさんは信用ならない。きっとそう。


おっさんのところに行くとおっさんの目の前に私の餌を垂らしてやった。


「餌を替えて下さい」


おっさんはニヤリとした。


「いいよ」


腰袋からイキのいいミミズを取り出すと私の釣り針に付け替えた。


「あのぉ、餌を付けて頂いたのに申し訳ありませんが、そちらの竿とこちらの竿を交換して頂けませんでしょうか」


おっさんはまたニヤっと笑った。


「いいよ」


湖面に釣り糸を垂らしていた竿を私に渡す。私は私の竿をおっさんに渡した。


「お前さん、確か14歳だったな。来年は王都の学園に入学するんだろ」


「はい」


「行けたらいいな」


「へ?」


「いや、なに。行けない可能性だってあるだろ。何せ一匹も釣れないんだ。いつまで経ってもここから出られない」


「そういうことですか」


「そう言うことも何も約束したんだからなぁ。お前も乗り気だったじゃないか。それとも辺境伯の娘は嘘つきってか」


いらっとした。私は天才魔法使い。こいつがお父様のお友達でなければ殺してやる。おっさんはというと私のことなんてこれっぽッちも気にせず私が使っていた竿を湖に向けて振った。ぽちゃんと餌が湖面に落ちる。


「場所も替えて頂けませんか」


竿と餌はフェイクかも。本当は場所が悪いのかもしれない。私はアウェー。おっさんは湖を熟知している。


「意外と冷静じゃないか。頭に血の気が上って頭ん中は真っ白になってるかと思った」


おっさんは竿を引き上げると私が初めに居た30歩ほど離れた場所に移動して行く。私はというとさっきおっさんが餌を投げ入れた場所とほぼ同じところに餌を投げ込む。おっさんはもうすでに魚を釣り上げていた。


私のウキはさっきと同じように微動だにしない。おっさんはどんどん魚を吊り上げている。なぜ?


竿も変えた。場所も変えた。やることは湖に糸を垂らすだけ。向こうはバンバン吊り上げている。なのにこっちはウキさえ微動だにしない。


昼ご飯抜き?


昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。昼ご飯抜き。うわぁぁぁぁぁ!


「水を司る精霊エレディーネの名をもって命じる。湧き上がれ。水柱」




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あとがき


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