第3話 依り代

キッチンにリビング、ベッド、洗面台と全てがここから見渡せる。ドアが二つあった。おそらくはお風呂とトイレ。いかにも男が一人で住んでますって感じ。仕切りも飾りっけはまるでない。


飾りっけはまるでないけど、洗面台には鏡があった。私は鏡が大嫌い。


ピキっと鏡に一筋亀裂が入った。その亀裂を起点に四方八方にひび割れが走る。瞬く間に鏡は崩れ落ちた。


「あっ! 今お前、なにをした」


「いいえ。なにも」


「なんなんだ、おめぇはよぉ。この数分間で俺の家がめちゃくちゃじゃないか」


おっさんは頭を抱えてテーブルに突っ伏す。


確かに、椅子や床板の木片が床に転がっている。その床も私のお尻と石の椅子の出現で大きな穴が開き、何枚もの床板がベロリとめくれ上がっていた。少し悪いことをしたという気にはなった。


「家事を司る精霊スルキーの名をもって命じる。眷属たれ。依り代」


コテージを覆うほどの魔法陣が足元に描かれた。おっさんが突然、ガバっと身を起こす。


「待て! ストップ!」


すでに魔法は発動された。あとは私が床板や椅子の残骸に命じるだけ。もちろん、鏡は修復しないのですがね。テヘっ。


「ここで話は出来ねぇのはよぉぉく分かった。教えについては森を歩きながら話そう。ちょうど今から昼飯を調達に湖にいく。付いて来い」


昼食の調達? 湖?


おっさんはテーブルから離れると私を置いてスタスタ歩き、玄関ドアを開けた。


「何をしている。お前はお客じゃないんだぞ」


そう言って出て行ってしまった。私は飛行魔法を発動し、席を立ち、玄関ドアを抜け、ウッドデッキに出る。コテージは緩やかな山の傾斜上にあり、私の背丈ほどの高床式になっていた。


階段を降りると小さな庭があり、その先に森に繋がる道がある。16頭立ての馬車がそこにはあった。


おっさんと私の執事が何やら親しげに話している。二人が古くからの知り合いだというのは本当のようだ。私が近付くと執事は私に別れの挨拶をし、おっさんには姫をお頼みしますと深く頭を下げる。


馬車は行ってしまった。


たった二人、おっさんと森の中に残された。


「あのぉ、おうかがいしてもよろしいでしょうか、先生」


おっさんはムッとしている。


「私はどこに寝ればいいのでしょうか」


「俺のところに寝たらいい。俺は納屋にいる。近々小さいコテージを一つ建てる予定だ」


「え? それは悪いかもです」


おっさんは苦笑いと言うか、微妙に諦めの表情を見せた。


「悪くは無いさ。コテージは俺一人で建てるつもりはない。お前も手伝うんだ」


そういうとおっさんは長い竿を二本差し出した。竿は先に行けばいくほど細くなっていて、その先には糸が結ばれている。


「持つんだよ」


私はその竿を押しつけられた。おっさんはスタスタと森の小道を奥へと進んでいく。コテージ一つ建てるなんてわけない。私は飛翔魔法で追いかけて、おっさんの後ろに付く。おっさんは私を身向きもせず言った。


「俺の教えは魔法を全く使わない事。これのみ」


へ? いま何とおっしゃいましたか? 確か、魔法を使っちゃダメだと言いましたよね。


「詐欺」


魔法を教わりに来たのよ。しかも、100Gもの大金を払って。


「然るべきところに訴えます」


「どうぞご勝手に。俺にはお前の親父とかわした契約書がある。君も見ただろ。俺は魔法の教えと言えばどんなことだって許される」


ええええええ。お父様は何を考えているのかしら。ことによっては契約を破棄させます。


「カエラも時々様子を見に来るって手紙にはあったが、どうする?」


お師匠様が?


「まぁ、俺も鬼ではない。飛行魔法だけは許そうじゃないか」


お師匠様までこんなおっさんの言いなりになるなんて。


「転生前の世界、前世だが、太っていることは悪ではなかった。この世界でもそう。そもそも俺はそういうのには理解があるつもりだ。それに俺の仕事はお前の魔法を上達させることだけなんだからな」


お師匠様が来るのね。お師匠様はこのおっさんに騙されているってお話ししなければ。


「誤解されると困る、と最初に言っただろ。俺はフィットネスのインストラクターでもなんでもない」


フィットネス? インストラクター? 


「お前の姿を変えようとはこれっぽっちも思っていない。そんなもんはしらん。お前の勝手だ。好きにすればいい」


言ってることが分かんない。まぁ、いいわ。お師匠様が来る。それまでの我慢。


「着いたようだ」




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あとがき


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