第2話 喫茶店「風雅庵」
京都の街道から少し入った静かな路地に佇む喫茶店「風雅庵」。店の扉を開けると、ほのかな珈琲の香りが樹を迎えた。薄青い夕闇が店内に広がり、温かな光がテーブルに落ちている。壁に掛けられた絵画や、丁寧に並べられた古書の背表紙が、時の流れを感じさせた。
樹はカウンターの裏に立ち、慎重にドリップ珈琲の準備を始めた。湯気が立ち上り、深い琥珀色の液体が静かにカップに注がれていく。その光景は、まるで時間がゆっくりと流れるような静けさを感じさせた。店内の静寂は、彼の心の中の喧騒とは対照的だった。
「風雅庵」の窓から差し込む光は、秋の夕陽によって柔らかく照らされていた。木々の葉が揺れ、影が壁に踊るように映る。その光景を見つめながら、樹は一瞬、過去の記憶に囚われる。かつての仲間たちと過ごした日々、そしてその全てが崩れ去った瞬間。
店内には常連客の姿もあった。彼らは穏やかな会話を交わし、珈琲の香りとともに時間を楽しんでいる。樹は、彼らの笑顔を見ながら、自分もまたこの平穏の一部でありたいと願う。しかし、心の奥底には消し去ることのできない過去の影が常に付きまとっていた。
閉店の時間が近づくと、店内の灯りが一層柔らかくなり、静寂が深まった。樹は最後の客を見送り、カウンターに戻って一息ついた。窓の外を見ると、夜の帳が静かに降り始めていた。秋の冷たい空気が窓を通して感じられ、彼の心に一抹の寂しさをもたらした。
「風雅庵」の静寂と温もりは、樹にとって一時の逃避所であったが、同時に過去と向き合うための場所でもあった。彼はカップに残った珈琲を見つめながら、自分の内面と対話を続けた。その深い琥珀色は、彼の心の中にある無数の記憶と感情を映し出しているかのようだった。
その夜、樹は店の灯りを消し、扉を閉めた。外の冷たい風が彼の頬を撫で、夜の静寂が一層深まった。彼はしばらくの間、立ち尽くしていたが、やがて一歩を踏み出した。過去の影と共に歩むことを決意し、再び京都の静かな街道へと戻っていった。
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