第3話 アパートの夜

京都の喧騒から少し離れた静かな住宅街にある、藤堂樹の住むアパート。夜の帳が降り、街は静寂に包まれている。窓の外には月が輝き、その青白い光が薄いカーテン越しに部屋を淡く照らしていた。


樹の部屋は、シンプルでありながら整然としていた。余計なものは何もなく、必要最低限の家具と本棚があるだけだ。彼は机の前に座り、ノートパソコンの画面を見つめていた。かつては無限の可能性を感じたその光も、今ではただの機械の一部に過ぎないように感じられた。


彼はコーヒーのカップを手に取り、一口含んだ。深い苦味が口の中に広がり、彼の思考を引き締める。窓の外の月光が、部屋の中に淡い影を落としていた。その影は、まるで彼の心の中にある闇を映し出しているかのようだった。


樹の頭の中には、過去の記憶が次々と浮かんでは消えていった。かつての仲間たち、成功の喜び、そして裏切りと失敗。それらの記憶が彼を苦しめ、心の奥底でくすぶり続けていた。


「どうしてあの時、あの選択をしたのか……」樹は心の中で自問した。過去の過ちが彼の心に重くのしかかり、未来への希望を打ち砕いていた。彼は何度もバックスペースキーを押すように、過去を消し去りたいと願ったが、それは不可能なことだった。


机の上に置かれた写真立てには、かつての仲間たちと共に写った写真があった。その写真を見るたびに、彼の心は痛む。あの頃の無邪気な笑顔と輝きが、今は彼の心の中で鈍く光る傷となっている。


樹は立ち上がり、窓際に歩み寄った。外の静かな夜景を見つめながら、彼は深呼吸をした。月の光が彼の顔を優しく照らし、彼の内面に少しの安らぎをもたらした。


「これからどうするべきか……」樹は静かに呟いた。彼の問いに答える者は誰もいない。しかし、その問いかけは、彼自身の中で何かを変えるきっかけとなるかもしれない。


夜の静寂の中で、樹は自分の心と向き合い続けた。過去の影と共に歩むことを決意し、再び自分の道を見つけ出そうとする。その静かな夜は、彼にとって新たな始まりを予感させる時間だった。

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