第5話§明星遥斗①§
学校に
僕は
その瞬間、両足の裏に何かに刺される痛みが
足裏には
足が怖くて動かない。
教室で待っているのは僕の居場所とは程遠い、嘲笑と暴力による
そこには味方や正義のヒーローは存在しない。みんな僕を見せ物小屋の何かだと思っているんだ。じゃなきゃ、僕が暴力を振るわれた後にみんなが笑い出すことはしない。
僕は下駄箱の前に
そして、姿見の横に
つまり、今ここで保健室に逃げることも出来る。
視線の先にはそんな現実から逃げようと怯えてる僕が姿見でありのままを映していて、僕は見るに
教室に向かう前から僕はイジメという現実に怯えていて、時より足を動かせなくなる。
それは僕が止まった時間を生きていて、現実で行われる光景、それによる記憶により、僕の心は苦しいのと
でも、現実が上手くいったとしても僕は臆病で勇気もないし、それらの強さもない。
───だから
だから、見たくない現実に
見たくない記憶でさえも目を
僕の
動く僕の足の感覚を感じると保健室に歩を進めて行く。
その時───ズキンと両足の裏が痛んだ。
そして、その痛みが何かの
瞳の
あの頃の僕は11歳で
僕はあの当時、
それがなぜなのかはわからなかった。
ただ、
それだけのことだった。
でも、その主犯の
微かな
頬をポツポツと小さく打ちつける
金太は僕を
その時、思わぬ
金太は無言で
金太は
きっと、金太は女子に負けたことを認められないのだろう。
茜は起き上がる僕に向けて傘を差す。そして、僕に聞いた。
「なんで立ち向かわないの遥斗?」
僕は起き上がり、雨に濡れた服を
「あいつら、5人いたんだよ。勝てるわけないじゃん。それに金太くんは身体がでかくて強いんだ。僕じゃ無理だよ」
茜はポケットからハンカチを取り出し、僕の当時、小さくてガラスのように
「ならなんで私は金太くんに勝てたの?私は女子だよ。金太くんより身体も小さい」
と言うと茜は僕を
「時には立ち向かう勇気も必要なんだよ」
と茜は僕の濡れた頭をハンカチで拭いた。僕は茜に答えた。純粋な感想だった。
「もしも、僕が強くなって立ち向かって勝てたとしても金太くん達は今の僕と同じ思いをしなきゃいけないんだよ?僕は誰かに同じ思いをさせたくない。
だって苦しいもん」
茜は僕の純粋な言葉を聞いて、その瞬間、僕の身体をギュッと包んだ。
「その優しさはズルいよ、遥斗」
なぜか茜は泣いていた。空も雨粒の勢いを、その装いを激しくしていく。
茜は帰りの
そして─────「ねえ、遥斗。
【立ち向かう】のは【やり返す】ことじゃない。それに【勝ち負け】でもない。
それと【強さ】でもない。【暴力に抗う意思】と【言葉でわかり合おうとする意思】だよ」
茜は人差し指を立てて、うんうんと自身の言った言葉で頷く。
唐突に茜は言う。
「きっと、遥斗は立ち向かう勇気があるのに、ただそれに気づいていないだけ」
そんな茜の言葉に「そーかなー」と
「そう。だから、だからだよ。遥斗は大丈夫なんだよ」───────
フッと現実に戻る。
保健室に歩を進める足は
ただ、僕はまた歩を進めるたびに震えていた。
茜の言っていた言葉が僕を突き動かした。
毎日続く学校生活の中で、僕にとって茜との記憶が大切で、今は亡き
それは亡くなった姉との記憶を
1年A組のクラスは授業中にも関わらず
僕は教室の戸との前に立ち、嘲笑と暴力の待つ戸を開けた。
顔がひきつりそうで身体全身は頭から足先まで震えていて、すごく
僕の姿が教室に現れると教師と生徒の男子と女子は
男子と女子は僕を見て、小声で「逃げたわけじゃなかったんだ」とか「今日も顔がひきつってる、キモいよね」とか「来なければいいのに」とか「よく来れるよね、あれだけやられたのに」と言った言葉をわざと聞こえるように囁き、僕が席につくと隣の女子はまるで僕を汚いものが来たみたいに
僕の机には死ねや消えろが書かれていて、僕は
僕はそれを
どうやら何か書かれているらしく、僕は紙飛行機を開く。そこには一列の短文が書かれていた。
──────お前が死んでも誰も悲しまない。
僕は紙を持つ手が震えてしまい、隣の女子はそれを見て「キモい」と言い、授業中にも
教師はそれを見ているのに自分の
僕はうつ向いて、歯を
苦しい。
心が痛い。
でも、ここで逃げたなら、姉の
そして、かつての自分の純粋な言葉も
だから僕は逃げたくない。
すると背中に頭に小さな痛みが
僕の後ろの
僕は消えたい───お姉ちゃん、ごめん。
僕はお姉ちゃんの言葉を否定してしまう。
机に
どんなに
苦しい……
痛い…。
お姉ちゃん────
なんでお姉ちゃんは自殺したの?
僕はお姉ちゃんが大好きだった。
なのに……
なのに…
なんで自殺したの?
お姉ちゃんが亡くなってから大好きな父さんが自殺した───
それから大好き母さんも
僕は
だけど……
何度も─
何度も───
そっちに行こうとしたんだ。
でも───
僕は臆病で勇気がないからお姉ちゃんと父さんと母さんがいるそっちへ行けなくて────
だから、大切な記憶を思い返して、温かくてその優しい家族での思い出に
でも、戻れない記憶を見ているとすごく
それを見ていると瞳から涙が溢れて…
どんなに泣いてもこの瞳に溢れる涙は
心がいつも痛くて。すごく痛くて。
苦しくて。
辛くて。
消えたくて───
だから…願うんだ。
もしも───
神様がいて願いを叶えてくれるなら、僕はまた家族で一緒にいたい。
お姉ちゃんがいて……父さんと母さんがいて…
ある日、家に帰ると「おかえり」って…
叶わないのは知ってる───
だけど…願ってしまうんだ。
行き場のない僕の願いは大切な記憶で忘れたくない言の
家族を夢見て
それは絶対に
だから──
僕はお姉ちゃんを否定したくないんだ。
父さんも母さんも否定したくないんだ。
だから逃げたくないんだ──────
横から蹴りが飛び、僕の
教師はそれを見ていながらも事務的に授業を続ける。
僕はリノリウムの床に手をつけて、それが次第に
前髪が倒れた
お姉ちゃんのかつての言葉はイジメられて、その現実から
でも、その現実がわかっていながらもお姉ちゃんの言葉を否定したくない。
授業が終わると教師は
すると大山金太と合わせて5人が倒れて微かに
そしてまた教室中がドッと笑いに包まれる。
金太は右足に力を込めてぐりぐりと僕のこめかみを痛ぶるみたいに、そのさまを楽しそうに眺めて僕に向けて言った。
「お前って、
お前の姉ちゃんは自殺。お前の父親も自殺。お前の母親も自殺。
お前も自殺しないの?」
と、言いへへへと笑う金太。僕はその言葉に、この暴力に、この嘲笑に、それに対して何も出来ない。
この
でも、原因は僕にあるのかもしれない。
だって…
僕は臆病だから───
もう…イヤだ。もう終わらせよう。
金太が足を
もう肉体的に痛くない。
ただ…ただ……心が痛い。
姉と両親のことを残酷な形で言われ、僕は『立ち向かっても敵わない』と心のどこかで思い、結局は姉の言葉を否定した。
そして、どれだけ残酷な言われ方をしても言い返すことも出来ず、父さんと母さんまで
僕はもう『終わらせる』としか考えてない。自分のことしか考えてない。
ようやく蹴りが終わると次の数学の教師が現れ、その現状を見ているのにも関わらず、まるで僕が見えないように授業を始める数学の教師。
金太はまた
僕は椅子から倒れた時に頭を打ちつけて、どうやらタンコブが出来たみたいだ。それ以外の部位は強く蹴られたから身体中が
ヨロヨロと立ち上がり、
僕は姉のあの時の言葉を否定するみたいに「どうせ…」と
───どうせこの現実は変わらない。
僕は下駄箱でシューズからスニーカーに履き替えると前のめりに崩れて、今度は歯を食い縛るのをやめて、我慢せずに込み上げる感情のありのままに心を
そして───「消えたい」と
終わらせる勇気がないのに、終わらせようと考えたら気持ちが楽になる。
逃げようと考えたら気持ちが楽になる。
立ち向かおうと勇気を振り絞ったら現実は僕をイジメへと
亡くなった家族のことを言われて何も言えない自分が嫌いで、言葉の一つ一つに心が痛む。
…………僕は…最低だ……。
外へと出ると雪が降り
白く塗られていく、このゆらゆらと降る涙の結晶が白くアスファルトの大地を冷たい
僕は歩を一歩進めた。すると、「遥斗くん」と誰かが僕の後ろで呼び止めた。
振り向いた僕の目に映るその先には保健室の担当教諭、
真白先生は「いつもいつも、あの教室で何が行われているの?」と優しく小さな子供に聞くみたいに僕に問いかける。
でも、僕は真白先生のその言葉に皮肉を感じた。
先生達は教室で行われる嘲笑と暴力を見てみぬふりしてきたじゃないか。
何を今さらになって聞くんだろう。
知らないふりするなよ。
お前ら教師達、全てが僕から見れば同罪なんだ。
ゆらゆらと降る雪の中で、僕の時間は無言という形で止まり、「遥斗くん、教えて。何を苦しんでいるの?」と真白先生の声でまた時間が動き出す。
僕は真白先生に振り向くのをやめて、真白先生が口から出す言の葉を受け取れず、いや、受け入れることが出来ず、心の中で「僕は言葉なんていらない。言葉はいつも僕を傷つける。言葉はいつも、僕を、僕自身を受け入れることなく、最終的に僕の気持ちを、僕の心を置き去りにする。誰かと言葉を交わして、支えてくれたり、助けてくれたり、救ってくれたり、そんな言葉は僕からいつも遠ざかり、まるで逃げていくんだ。
でも───言葉が怖くて逃げているのは僕も同じなんだ────」
真白先生の言葉の一つ一つを無視して僕はゆっくり校舎の外へと出た。
少し、少しづつ、雪は勢いを強め、僕の身体中を冷たく包んだ。
僕の足はこれからどこへ向かうのだろう。
その
どうか消えていますように──────
§
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます