第4話(田中ありさの視点)

大阪のS線は相変わらず、朝は、空いていて助かるな。

佐藤さんに会える、そうわかると、なんだか気持ちがドキッとする。

そんなことを思いながら、電車を待っていた。


私には友達というものがあまりにもいない。私は論理的思考のできない同輩など友達として要らないと思っている。


同輩はやれ、かわいいだの、可愛くないだのとぎゃあぎゃあうるさい。

そこらのカラスの方がよっぽど賢いと思う。


そんなことを考えていると電車がきた。佐藤さんに会える、今日の、ポニテは決まってる絶対大丈夫。そう思い、電車に乗り込んだ。


佐藤さんをすぐに見つけると、口をついて「おはよう、佐藤さん」とでていた。


佐藤さんの今日の本、G・ポリア『いかにして問題をとくか』だった。


思わず、トーマスに似ている、あの顔がよぎった。

そして終着駅まで、佐藤さんと本を読むことにした。


私は佐藤さんの指に目を沿わせる。教師と生徒の関係の本だ。

改版で読みやすくなってるにも関わらず、私は、たまに分からなくなった。


日本語って難しい。

佐藤さんと第1章を読んだ。電車の中で読んだ。終着駅で、その本を貸してくれた。


佐藤さんに、貸してもらった本。

佐藤さんの、指が何度もなぞられた本。

私にとっての特別な本だ。


休み時間や授業中も構わずに読んでいたら、運悪く、数学のS先生に見つかった。


「田中、私の授業中に本を読むなんていい度胸だな。何?これはポリアじゃないか。田中、いい趣味してるが、帰るまでは没収だ。帰りに職員室に取りに来なさい」と取り上げられてしまった。


私は、やる気もなくただただ、だらだらと授業を受け続け、悶々とした気持ちで放課後まで待った。


放課後、職員室に行くと、S先生は言った。

「田中、おまえ、最近様子がおかしいぞ。なんかあったのか?」

私はS先生に言い返す。

「先生には関係ありません。本、返してください。」

S先生は、本とともに、何かの紙切れを渡してきた。

「俺のおすすめだ。読むといい。」と本のタイトルとか問題集とか書かれた紙切れとともに返却された。


正直、S先生の紙切れはどうでもいい。ただ、佐藤さんの本を、これ以上、S先生に汚されたくなかったから、仕方なく、しぶしぶ、おとなしくした。


帰り道も読んだ。

おもしろい。

なんなら、この先生役、佐藤さんに、してほしいとさえ思った。

寝不足になりながらも構わずに読んだ。


明日の朝、佐藤さんに会ったら、なんて言おう。「おはよう、佐藤さん」のあとが、うまく続かない気がした。この本の感想にしよう。時計の針が1時を指す。


寝よう。明日も佐藤さんに会うために。今日もくだらないことで両親は喧嘩をしている。この喧騒から守ってくれた騎士に栄誉を与えてやろう。


明日が楽しみだ。そう思いながら床についた、田中ありさであった。



(第4話 田中ありさの視点 完)







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