第2話(田中ありさの視点)
大阪のS線は朝は空いていて、座れるから私は、早く乗るようにしている。
毎日、毎朝、毎晩くだらないことで、両親は、喧嘩をしている。私は、そんな両親を後目にしながら、「行ってきます」も言わず、静かに家を出る。
数学と出会ったのはたまたまだった。司書の先生に『数学ガール』を勧められたから、読んだら、ドハマリした。
寝るのも忘れて、夢中で読んだ。
毎日が、すごく憂鬱で、退屈で、空虚で、灰色だった。数式は輝いてるのに、他の色彩はほぼモノクロだった。あの雨の日の朝に、スマホをみて、あんなに幸せそうな顔してる社会人をみたことがなかった。(少なくとも私の人生の経験上では。)
思わず、画面を覗き込むと見覚えのある数式だったから、とっさに、声を、かけてしまった。
やばい。パパ活に思われたかな?と後悔したのも束の間だった。
「ありさがいいなら」と快諾してくれた会社員の佐藤友樹。一応、名刺を貰っておいた。
私は学生証を見せようとしたら、「いいよ。見せなくて。何かあったら頼ってくれ。僕のことは、佐藤さんって呼んでね。」と言われたから、あれ以来見せてない。
両親が離婚すれば田中ありさではなくなる。だから、「ありさ」っていう変わらない名前を佐藤さんに呼んでもらうことで、いつ均衡が崩れるかわからない灰色の日常のなかで確かな名前だけが色づく気配がした。
私はこのお兄さんに正直、惹かれている。悔しいから言わない。絶対、冗談だと思われる。もどかしい。苦しい。でも、会えたら嬉しい。こういうのを、「恋」というのかもしれない。初恋はよく実らないという。事実かもしれない。
私は、数式にあんな顔をする佐藤さんに理由もなく、惹かれている。
私のこのもどかしい気持ちを、少しでもあじわえばいい。
絶対、好きだと言わせてみせる。とありさは心のなかで決意する。
ミルカさんのようにおろしたほうが、良いだろうか。それとも、このままで良いのだろうか。悩む、苛つく。苦しくなる。ぐじゃぐじゃな感情を数式たちは整えてくれる。
だから、数学はやめられない。
明日も会えるかな。会いたいな。佐藤さんともっとはなしたい。
そんなことをぼんやりと授業を聞きながら思う田中ありさであった。
第2話(田中ありさの視点 完)
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