⑥ サムラキとヤアカ
かっしゃーん。
「気をつけなよーパシェ。今まだ実験中なんだかんねー。」
そこにはさまざまな純性の金属や合成金属、またその加工品や加工道具が散乱していた。
そんな漆喰とは異なる部屋の真ん中で声の主はあぐらをかいて何かしているようだ。
「すいませんアネさんっ!・・・いや、オカシラっ!」
淹れてきた燻し葉の茶を元気にこぼした少女は元気いっぱいに謝る。
「ふう。・・・いいって。もう、あんたっきりしかいないんだからさ。」
背を向けたままだったがその声から表情は伺えた。
「いやっ、ちがいますオカシラっ! コマとヒマとヤシャがいますっ! アタイらはまだ5にんもいますっ!」
かきゅ、と螺旋式留め具を締め、オカシラと呼ばれた女が振り向く。
その顔にはもう、イタズラを思いついた子どものような笑顔があった。
「だーやねー。あっはっはっはー。しかしよーパシェ、どれもダメっぽいわ。やっぱ親陽性の金属じゃないと。
パシェ、バファ鉄の塊持ってるヤツって誰だっけ? 調べてきてくんな。」
うわいっ!と勢いよく飛び出すパシェが向かったのはそこから続く大きな書庫。
その棚には時代にそぐうものもいくつかあったものの、あとは見慣れない文字でパシェが読んだことのない本ばかりだった。
共通言語の他に上代文字がちょっと読める程度だったのでいつかまた今度にしておいてやるぞこのやろうと本人は思っている。
「お、これだなこんにゃろうっ!」
そうしてそれとは別の、奥にある資料棚へとパシェは走り寄って「バファ鉄」についての情報を探し出すとオカシラの元へ急いだ。そんなに急がなくてもいいのだがオカシラの力になりたいその一心で走ってしまうようだ。
「オカシラーっ! ありましたーっ! りょうはおおくはないとおもいますがしゅうりにはじゅうぶんっぽいですっ!」
不確かさを自信でカバーするパシェ。
作り直すパーツにバファ鉄は握りこぶし大もあれば満足なのでオカシラ女もよしとする。
要は稀少なそれがきちんと精製された形で手に入ればいいのだ。
指輪の飾り程度の量でなければ事は足りるし、そんな微量の保有データを棚に入れておくわけがない。記載されている所ならどこでもよかったとも言える。
「よしきた! ・・・あーん、でもまだコマとヒマの「めんて」があるから、あんたはそっちで勉強してな。」
そう言って手についた黒く汚れた油を拭い、オカシラ女はパシェの背中をぽん、と叩いてやる。
「わかりましたオカシラっ! ただアタイはべんきょうがだいっきらいでありますっ!」
それとなく愚痴を吐きながらも勉強道具を取りに行くパシェを見送ると、オカシラ女はもう冷めてしまった苦い果実茶を口に含んで雲の切れ間に覗く星を眺めた。
「はあ。ササ飲みてーなぁ。」
瞳だけはロマンチックだったとか。
翌日、一同はリドミコの唸る声で目を覚ました。
「はんばばばばばっ! はぅ、はあ、は、は、リドっ? はば、はばばば、なんだこの熱はっ? い、い、い、医法師っ!」
昨日の雨がたたったのかリドミコは起きるのも辛そうにぐったりとしている。
「か、風読みさま・・・ど、ど、どうしたら・・・」
アヒオもキペも気が気ではなかった。情けない話だがこの人里離れた状況下ではあわあわと言葉にならない声でおろおろするばかりだ。
「まずは村へ急ぎましょう。手立ては今そこにしかありません。」
ところが村の位置が頭に入っていて唯一案内できるリドミコはといえばふーふー言いながら大粒の汗を流している始末。
こんな状態で無理やり、とはいかない。
そんな中。
どーんっ!
「ねたか。・・・・・ぬわあああっちゃっ!」
リドミコの一大事を理解してか、やってきたローセイ人の男は大声を上げる。
「あ・・・あ、みず。みずのませ。あとぬくめ。」
水を飲ませて、あと・・・?と思っているとアヒオのマントを取ってリドミコをくるみ始める。そして「ついてこ」と言い、ローセイ男は大慌てで駆け出した。
「へ? あの・・・」
「いくぞっ!」
それでもなんとなくついて来るよう言ったのだと読んだ一行は昨日とは打って変わって驀進するその男に食らいつくよう走り出す。
そんな謎まみれのローセイ人だが慌てていても道はきちんと選んでいるらしく、走る経路はぬかるみを避けた平坦な地面だった。また追いかけて来るのが分かっているのだろう、振り返りもせず低木から高木の密集した場所まで彼は休みなく駆け抜けた。
ただその密生した茂みも樹木の壁のように視界を塞いでいたためもう先へは進めそうもない。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうしたんでしょう?」
子どものように軽い風読みを背負ったキペが息を切らせて追いつくと、リドミコを抱きながら走っていたアヒオがローセイ人の隣で心配そうに立っている。
「はぁ、はぁ、わからんよ。だが今は、このアンちゃんだけが頼りなんだ。」
すると樹木の壁の前で、ローセイ男が大きく息を吸う。
そして。
「サ・ム・ラ・キ・だあああーっ! きのこがおいでだーっ!」
突然叫ぶサムラキの声に反応してか、ゴゴゴと木々の位置が動き出す。
「なんだぁ?・・・どうなってんだこりゃ?」
一見すると作り物には見えないよう配置されていた木やツタ、シダや岩石も、手奥の木が一本ズレることで錯覚していた奥行きに目が気付く。
「入口・・・みたいですね。風読みさま、これは・・・」
そこでやっとキペたち来訪者にもその「樹木の壁」がカムフラージュされた人工の門扉であり、その先に広がる村こそが目的地・ナナバなのだと理解できた。
「なるほど。これでは「発見」と言われても不思議はありませんねえ。」
危険はもうないと悟った風読みはキペの背から降りて中へ走り込む一行の背を眺めながら入ることにする。視覚とは別の感覚で「見る」神官にも違和感を感じさせない村の扉が興味を抱かせたのだろう、もう少し堪能したかったようだ。
「おんやぁ、風読み様まで。あ、ちと失礼。扉を閉めますゆえ。」
そうして中にいた門番のローセイ人は風読みに礼をくれると手際よく滑車を引いて扉を閉めた。偶然出会えた新たなヒトの営みに、目があればきっと丸くしていたことだろう。
「そういう仕掛けでしたか。ふふ。門番のかた、すこし厄介になりますよ。」
声で見れば下げた頭よりさらに低いところに頭を下げた門番がある。礼儀の正しい村なのだな、と風読みは笑んで返しアヒオたちを追った。
一方、大わらわのアヒオとサムラキは村の中でもひときわ大きい屋敷にずざざざざーんと滑り込む。キペはおいてけぼりだ。
「サムラキだっ! おさっ! きのこがふせたっ!」
ただならぬ村の者たちのざわめきにいそいそと現れた村の酋長も、サムラキにひとつ目を遣ると医法師らしき者を呼びつけてくれた。
「だ、だ、大丈夫だろうな。な? な?」
診察のためと追い出されたアヒオの目の届かない部屋にリドミコが連れて行かれたからだろう、さっきからずっと同じことを繰り返している。
「あの、サムラキさん? ありがとうございました。リドミコのことも、昨夜のことも。」
アヒオより落ち着きを取り戻したサムラキは、うん、とだけ言って閉ざされた屋敷の戸を眺めている。ハチウ人とローセイ人がユクジモ人の無事を祈るその姿に、彼らよりもう少し冷静になれていたキペはなんだかうれしかった。そんな仲間にホニウ人の自分も入れたようで。
「・・・きのこはほしだ。もりびとのしるべだ。」
そこで謎かけみたような答えが返ってくると、なるほど「森人」と考えればユクジモ人が特別な存在に映るのかな、と思えてくる。昨日あれほどリドミコばかり見つめていたのはきっとそれが理由なのだろう、と。
「おぉ、これはこれは。何の騒ぎかと思ったら他部族のかたが来ていたとは。」
そこへ麦編み帽をかぶりたくさんのポケットを膨らませたギヨ人がやってくる。
眼鏡を掛けた小難しそうな顔から察するに、例の学術調査隊の研究者といったところか。
「あ、はい、あの、どうもすみません。お騒がせしています。」
アヒオとサムラキはこれでもかというほど敢然とその研究者を無視して戸に齧りついているので、やむなくキペが場を取り繕う。
「キペ、リドミコの方は?・・・と、そちらさまは?」
とそこでトコトコと自分のペースで追いついた風読みがやっと話題の輪に入る。未知の村でもマイペースが崩れないのはさすがとしか形容しようがない。
「おやこれはこれは風読み様まで。お連れ様ですかな?・・・あぁいやいや。まずワタシから名乗るべきですな。
ワタシは解古学遺跡調査隊の責任者であるヤアカと申します。しかしどうなされたんですかな?」
自分の研究に関わりがなくとも野次馬精神というものは誰にでもあるものらしい。
「ええ。私たちの旅の仲間が熱を出してしまいまして。急を要するため厄介になっているところなのです。・・・ああ、こちらはヌイ族のキペ。そしてその隣にいるのがムシマ族のアヒオです。熱を出したユクジモの娘の連れになります。」
ども、と淡白に挨拶するアヒオを尻目にキペがそのぶん深くお辞儀をする。
「さようでしたか。何事もなければよいですな。もしよろしければ我々の野営地が近くにありますので。では、失礼いたします。」
そうして背の丸まったヤアカはそのまま隊のキャンプへ歩いていった。
「あぁ風読みさま、今は医法師さんに診てもらっています。容態はわかりません。」
とりあえずの善処は尽くした、ということで戸に張り付くアヒオとサムラキは放って二人は木陰に座ることにする。
「そうですか・・・キペ。言わずともよいことですが、いいですね。」
足止めになるかも知れない、ということが言いたいのだろう。
「もちろんです。ふふ、リドミコは僕たちの仲間なんですから。」
ハユを追ってここまで来たキペにとってその目的の達成が間延びするのは喜ばしいことではない。
しかしリドミコを置いてハユに会ったところで心から満足できるはずもなかった。
だからだろうか、「自分が自分が」と己が一意だけで風読みからの《六星巡り》を断った時とは異なり、「リドミコのため」と云えた自分が少しだけ好きになれそうだった。
「ええ、そうですね。あなたならそう答えてくれると思っていましたよ。」
医法師の元へ届けられた安堵からか、ふふ、と風読みにも笑みがこぼれる。
キペにはそれが、とてもうれしかった。
そして。
が、がごっ!
戸を開けようとしたら二人にぶつかった音だ。気にしなくていい。
「リドっ! リドはどうなったっ?」
「きのこの、きのこのこのこのっ!」
出ようとする医法師を押しのけて二人も同時に入ろうとするから戸が軋む。
屋敷の堅牢っぷりが再確認できる。
「ええとちょ・・おや、風読み様。お連れ様でしたか。」
やっとのことで出られた医法師はジャマな二人に構わずこちらへ向かってくる。
「ご迷惑をおかけしましたね。先ほどのハチウ人についても。」
だので神官も平謝り。
微笑ましい情景ながらも風読みを信仰する者たちの前では事件とさえ呼べる光景だ。
「いえいえ。とりあえず解熱作用のある薬草は服ませましたし、栄養価の高い流動食も少々無理やりでしたが食べさせました。
ただ・・・ユクジモ人がその存在をおおっぴらにしないことはご存知のことと思います。そして彼らが我々ファウナと呼ばれる者たちと異なる体質を持っていることも。
率直に言ってファウナ向けの対処法であるため効果の程は予測もできません。自己治癒力があるのでゆっくり休ませれば、その方がむしろ適切な対応だとは思うのですが・・・
といって安心もできません。残念ながら水や食べ物が合うか合わないかも判らないのです。わたしの勉強不足です。申し訳ありません。」
医法師の云わんとすることがよく解らなかったキペの不安を払いのけるよう、風読みは穏やかな顔でそれに応える。
「いえ、とんでもない。懸念は万事に付きものです。このままコロっと元気になるということもあり得る、ということでしょうから。
中の者たちには私から伝えておきます。少ないですが、これを。」
一体いくつ持っているのか、風読みは小袋をぬっと法衣から差し出し医法師に握らせる。
「いえ、こんな。滅相もない。」
断ろうとする医法師に、ならばと風読みは付け加える。
「では私たちに施しをいただけませんか? ふふふ。」
診察料等に食事代と宿泊費を含めてね、といった申し出だ。やっぱり風読みさまは巧いなぁ、とキペは処世術の足しにしようと心に誓う。
「それでしたら・・・はい。これより支度を申しつけて参ります。このような村ですがどうぞ、お足を休ませください。」
そう言って医法師は下がり、村の者たちに迎え入れの準備を言いつけた。
「ふふ、やさしいヒトたちの村でよかったですね風読みさま。」
閉ざされた村の民といえば多くが排他的と相場が決まっているものだが、そんな先入観もないキぺにはただただ温かな存在に映ったようだ。
その後リドミコの安眠を見届けた二人が戻ってくると風読みは医法師の見解を簡単に伝えた。
楽観的に解釈したのか、サムラキは「よかった。かえる」と言い残して去ったものの心配性のアヒオは顔をしかめたままだった。
「きょう一日、様子を見ましょう。他の医法師に診てもらうにしてもまずはリドミコに体力が戻らない限りは動きようがありません。私たちは私たちにできることをしましょう。」
とはいえ言葉ではどうにもならない時もある。
それを熟知している風読みはアヒオをリドミコの傍につけ、キペを従えて研究者のキャンプへと向かうことにした。
「んえ? どういうことでしょうか風読みさま。ぬか喜びになるってことですか?」
安心していいのか悪いのか、やはりキペには解しかねるらしい。
「キペ。・・・私とて万能ではありませんよ。未来はほんの刹那の先さえ霧に闇に紛れています。
・・・ふう。先の医法師のかたは合併症や「蝕血症」については触れていません。体力が落ち免疫力が低下することで、ヒトの中でも抗菌能力が高いと云われるユクジモ人ですらも有害な菌や微菌から体を守れなくなることもあります。
またユクジモ人にだけ見られる蝕血症はどういう仕組みなのか、病原菌や毒素を手や足など臓器から遠い部分に集めてその部位を、つまり手先足先を腐ったように液状化させて「切り離す自衛反応」といわれています。
命は大事ですが、これ以上あの娘に苦難も不自由も要らないでしょう。」
一息にそれだけを伝えて風読みは油布の張られたテントに入っていった。
「失礼いたします、学匠ヤアカ。お忙しいところすみませんねえ。」
ぺこっと風読みがやるものだからキペも倣って頭を下げる。
ヤアカもそれに合わせて返すも、対して他の研究員たちはそれをちらと見ただけで何かを書き込んだり本を開いたりして作業を続けた。この一番大きなテントに五人もいるので他の者と合わせたら十数人はいるのかもしれない。
「いえ、とんでもない。それより先ほどの手当てを受けている者の具合はいかがですかな。」
キペの村では貴重品とされていた眼鏡をくっと上げ、ヤアカは書類を片付ける。
「そのことなのですが・・・この先の川を下ったところに聖都に近い町があるのはわかっているものの、ここからなるべく近場に整った医療設備のある場所はないものかと思いましてね。なにぶんこの辺りには疎いので。」
村の酋長の屋敷から川は見えていたのでこの村から移動できるのは確かなのだろう。
「さようでしたか。ならばここから川を下った先にカーチモネ卿の邸宅がありますのでそちらへ寄られてはいかがでしょう。
我々は四世になられるカーチモネ卿から資金や物資、必要な医療道具の提供も受けておりますゆえ、ご相談には応じて下さると思います。さすがに大きな街の施設には及ばぬでしょうが卿は医法衆を抱えておいでですので、ある程度の検査は可能なことと思います。」
大きな屋敷に医法師がいてリドミコを診てもらえそう、とわかったキペはもううれしさが込み上げてきて顔に出る。
「だ、そうですよキペ。ふふ。懸念とは付きものですが、振り払えるものなら振り払っておきたいですからね。身軽に越したことはありません。
学匠ヤアカ、知恵を貸していただだき誠に感謝しています。どうか、あなたにも良い風が吹きますように。そして立派な成果が得られますよう祈っています。それでは。」
良い風、より、成果の方が学者には親密感のある表現なのだろう、ヤアカは目を細めて「何事もないことを切に願っております」と頭を下げた。
確かにいま眠っているリドミコがなんでもなく起きればそれで済む問題なのだが、最悪の事態を回避するための方策を練っておくことはそのまま現在の安心に直結している。
おろおろする一同に冷静さをもたらすため必要だったのは、安心が導く心の余裕なのだ。
「風読みさま。・・・あの、僕、風読みさまのようにはなれないけど、風読みさまのように、大きなヒトに、その、なりたいと思います。」
うまく言えなくて、わざわざ言うことでもなくて、きちんと伝わったのか疑わしい言葉だったが、それに風読みは微笑んで歩き出した。
「ふふ、それはなんとも面映ゆい。さ、行きましょうキペ。安心させなければならない者がきっとこの報せを待っていますから。」
アヒオにも伝えねば、と進む背中にキペは十余円を遡る昔に追った父の背中を感じていた。
それは淋しい思い出のひとつだったが、今はとても心を温かくしてくれる。
そうしてアヒオに経緯を伝えた後はそれぞれ体を休めることにした。
心身共にのんびりとはできなかったものの、食卓に川魚や柔らかい山菜、木の実が皿代わりの大きな葉に載せられるとずいぶん気分は安らいだ。
「うわぁ、すごいご馳走ですね。・・・あ、リドミコ、どう? 少しは楽になった?」
アヒオに連れられ食卓に座るリドミコの熱もこころなし下がっていたし、柔らかく蒸した魚も食べられるようなので急を要する大病でないことは伺える。
「顔色は良くなってきたみたいだな。・・・お、それちょっとくれ。」
それがうれしかったのだろう、アヒオは自分が食べるのも忘れて一番熟した木の実や、一番柔らかな山菜の芽を選んではリドミコの皿に取り分けてゆく。
「アヒオ、そんなに盛ってもリドミコには・・・ふふ。まあいいですか。」
とはいってもまだ快復していないリドミコは食事を早々に切り上げなければならず、眠りを誘う薬を服むとほどなく皆の心配をよそに床に就いた。ようやく笑顔を取り戻したアヒオを隣に従えて。
「この分なら明日、例のお屋敷に行けそうですね風読みさま。ちゃんと診てくれるのかちょっと心配ですけど。」
実は今回村の者に渡した路銀で風読みの懐はすっからかんになっていた。
とはいえ同じように豊かでないアヒオたちに心配はさせられない、と今は黙っておくことにしているらしい。
「なるようになるでしょう。それにこういう時のための法衣なのですよ? 力を発揮してもらわねば誰あろうまず私が困ります。ふふふ。」
こうしてわずかな日々ながらもぎゅっと詰まった時を共にして、風読みが本当に気さくでやさしいなヒトなのだと知った。村の工房を訪れる時は像の出来や時節の会話ばかりだったのでもっとお堅い人柄だと思っていたのだ。そんな思い込みが良い方に外れていたから、なんだかちょっと得した気分のキペだった。
「ふふふ。そうですね。・・・あの、風読みさま。」
つっかえ棒に支えられる風取り窓からは、澄み通った青い夜が覗いている。
「なんでしょう。」
ふと、さっきの背中がよぎる。父のような、それが。
「僕らにも良い風が吹くといいですね。」
甘えているのかな、そう思ったが、それもいいかな、とも思った。
「ええ。いや、吹いているのです。吹き続けていくのです。」
町のような灯りはなく、夜の闇はもうまぶたの裏までやってきていたから。
「は、い・・・」
そして、寝息がすーすーと整う。
やわらかな風が一陣、吹き込んでそれぞれの髪と静かに戯れていった。
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