第4話 リカバリー
「今度はなに作ってんの?」
「
「そうきたか。美少女プラモに興味あるとは思わなかった」
「商品画像でピンときた」
「でもほかの美プラと違って胸のボリューム感ないね」
「うーん、ほかのも検索してみたんだが…どれもこれも幼女だな」
「禰󠄀豆子も幼女では」
「十四歳だした鬼だからノーカン」
「アッハイ」
先日、オッチャンにさまざまな意味で喰われそうになったことを思い出す。
「生肉依存症の会で発散するとき、まず探すのはブルマスティフだな。あいつら男女問わずタフなんだぜ」
種族の秘め事を自分から話し始めるなんてどうしちゃったんだろう…?
「ブル…なんだって?」
「ブルマスティフ。ブルドッグとマスティフの子ども」
「検索と…ああ、短頭種!そういうのがタイプなんだ」
「パグやブリュッセルグリフォンもいいが小さいからな。押し潰しちまう」
「ブリュッセルグリフォンわかりません」
「スターウォーズのチューイーのモデル犬、と言ったら?」
「ああ、どの犬種も似た印象だね」
ん?獣人がタイプなのか?あのときなぜ襲ってきたんだ?誰でもよかったのか?
「竹蔵のタイプは?」
「えっ、あっ、そうだね、四十前後のずんぐりむっくりしたオジサンかな」
なにか見透かされたような気がして動揺を隠しながら答えた。
「同年代か、たしかにその方が楽ではあるな」
含みのある言い方に、それ以上を訊くことができないままこの話題は終わった。
「それで、何かに困ってた?バンダイ製なら行き詰まりそうにないけど」
「ああそれがさ、シールがな、むつかしいんだよ」
「鬼滅シリーズにシールなんてあったっけ?」
「
「なるほど。包むように貼るのはシールがいちばん苦手とする貼り方ですね」
「草履なんてさ、靴底まで貼るとか意味わからん」
「帯のパーツ構成は…ああ、市松模様で、
「草履は別パーツだが、鼻緒が足袋と一体成形だな」
「それもマーカーでシュッと。失敗したら塗装を剥がしてシールを貼ればいい」
「よし、やってみよう」
…
「それにしても禰󠄀豆子の頭の造形は見事だね。髪の毛これ何本あるの?」
「たしか二十本くらいあったぞ」
「わあ、まるでゴルゴンの頭だ」
「ガハハ、『タイタンの戦い』か?懐かしいな」
映画のタイトルにふさわしいカクテルを作ってくれる映画バーで頼んだ『タイタンの戦い』。まさか四十年前のオリジナルの方をスタッフが知らないとは思わなかった。助け舟を出したオッチャンと意気投合。オッチャンは人族の身元保証人が必要、こっちは引越し先が必要で取引成立したけど、こんな胡散臭い博打を打つなんて、お互い自暴自棄だったんだろうな。
「顔もアニメそのままって感じ。もうデカール貼った?」
「いや、最初から顔は描いてあったぞ。そういう成形技術があるのか?」
「タンポ印刷だね。食器印刷で使われてる技術」
「プラモ業界すげえな」
「それっぽい色見つかった?」
「このガンダムマーカーっての、原色ばっかりだな」
「ちょいとシールを拝借。あー…こんなに淡い中間色なのか。よしコピックにしよう」
「ん?なんか聞いたことあるなそれ」
「中高生がイラストに使うようなマーカーなんだけど色数が三百以上あります」
「
「使う人をほぼ見ないけど、下地を白くしておけば大丈夫」
「んー…R59、E35、鼻緒のピンクは…どうする?」
「これは難しい。紫が混じると上品さが消えるんだよね…。これだ、純赤系統のR32!」
…
「あっ、またはみ出した」
「大丈夫、塗膜を作らないコピックは何度でもリカバリーできるから」
「塗膜を作るとまずいのか?」
「いやいや、塗膜ないと塗料を保護できないからあった方がいい」
「てことは、このあとなにかで保護する必要があると?」
「トップコートって保護スプレーを吹きます」
「お?職場の女子もトップコートがどうとか言ってたがモデラーなのか」
「それはたぶん…ネイル保護の
「まあ、こんなもんかな」
「完成したね、オッチャン」
「今さら気づいたが、これ固定ポーズなんだな。検索した美プラはどれもこれも可動関節あったぞ?」
「造形は固定ポーズが高品質だけど、動かして遊びたい人たちの方が多いらしい」
「ふむ。じゃあ、一杯やろうぜ」
…
枝豆とビールというド定番の祝杯をあげたあと、テーブルに乗せた毛むくじゃらの両腕の上に
「竹蔵、お前さんさ。そろそろ信用してくれてもいいんだぜ?」
「えっ、なんのこと?」
「詮索はしないが、あまり自分のことを話さないな、と思ってな」
「そんなこと…はないと思う…けど」
急に、なにを言ってるんだろう?
「気遣いや譲り合いは大事だが、ときどき距離を感じてな」
「……?」
「お互いだいぶ馴染んできたと思うのに、なんで敬語で話すんだ?」
「オッチャンの方がひと回り以上も歳上だけど、言うほど敬語使ってない…と思うよ」
「自覚ないのか。そこまで付き合い短くないだろう?」
獲物の喉笛に噛みつくように畳み掛けてくる。
「同年代じゃないとダメなのか?」
ようやく気づいた。今さら気づいた。これは口説かれているのだと。
「この同居生活をどうしたいんだ?」
「オッチャンが…どうしたいのか疑問には思ってた。けど…自分がどうしたいかまでは…」
坊主頭にヒヤリと肉球の温度を感じる。
「責めてるわけじゃない。ただ、お前さんにかぶりついたときにはもう、気持ちがバレてると思ってたんだがな」
「でも、獣人がタイプなんでしょう?」
「そりゃ、生肉依存症の話の流れだったからな。あそこに人族はいない」
「なんだぁ、そっか…」
「いま、ホッとしたな?」
無数にある色の組み合わせの中から、ふさわしい組み合わせを見つけたときのような喜びと安堵。ハッと、まんまるの栗色の瞳を見つめ返す。
「自分の気持ちに気づいたか?」
「かなわないね、トールさんには」
「伊達に半世紀、生きてないぜ」
「人族と同棲して手痛い失敗をしたことがあるんで正直不安。生肉依存症も不安。でもここしばらくトールさんと暮らしてて、まだ続けたい気持ちがある」
「俺も失敗なら何度もしてるし諦めたこともある。でもお前さんとなら、失敗をリカバリーしていけそうな気がするんだ」
「ありがとう」
「よろしく、相棒」
ウィリアム・アーサー・ウォード曰く、「悲観主義者は風にうらみを言う。楽観主義者は風が変わるのを待つ。現実主義者は、
悲観主義者はプラモデルを完成させられない。完成させられるのは達人ではなく、失敗をリカバリーできるモデラーだ。だから、完成品が多いと上達も早い。似たようなことをトールさんに話した気がする。でも、自分の人生に結び付けられてなかった。同居人がトールさんでなかったら、ずっとグズグズうらみごとを言っていただろう。
アークロイヤルを二人でひと吹かし。
「煙草には元彼との嫌な思い出しかなかったけど、この
「他人の趣味にあんまり振り回されないようにな」
「そうだね」
どれほど近しい存在になっても、進む航路は違う。並走してるだけだというのは肝に銘じておくべきなのだろう。
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