第5話 娯楽の重なり
「ただい…」
おっと、電話中か。
「……はい。はい。で、三〇四号室というのは…?あ、真上?はい。気をつけますので、はい、申し訳ありません。失礼いたします…」
尻尾を丸ませ口を尖らせながらフーッと息を吐き、どこにあるか判別しづらい白い眉毛をへの字にしたレトリーバーが出迎えた。
「おかえり。このマンションの管理会社経由で真上のお宅からクレームだ」
「真上?なんでまた」
「三〇四号室の人が言うには『寝ていると、深夜に雷が落ちたような騒音が定期的にする。深夜の楽器はやめてください』とさ」
「もしかして、この部屋と上の間取り…」
「建物の構造を見る限り、上も寝室だな」
「雷神トールさん、雷三日だからね」
「竹蔵も破竹の勢いだぞ。少し時間帯をずらすか」
…
食事が終わり、酒のつまみのビーフジャーキーを鋭い牙で
「さて、トールさん。次のプラモもう決めた?」
「二つほど積んでるがまだだな」
「前々から企んでたことがあってね。このYウイング・スターファイター」
「いいね、スターウォーズは好物だ。でもお前さんの積みプラだろ?」
「バンダイ製は、どれだけ期間が空いても必ず再販するから大丈夫」
まるで建造途中のような剥き出しの配管を全身に這わせ、特徴的な黄色のラインを持つYウイングの横に、赤白ツートンが映える戦闘機が描かれたパッケージを並べた。
「そして、Aウイング・スターファイター!」
「Xウイング持ってこないとこがマニア心をくすぐるぜ」
「これを寝室に並べて飾ろうよ」
「またなんかやらせようとしてる予感がするな」
「ウェザリング、汚し塗装でくたびれたYウイングにするのはどう?」
「やりたい!いずれミレニアムファルコンもポンコツ仕様にしたい!」
「ファルコンもいろんなサイズがときどき再販してるよ」
「ようし」
プラモデルの開封はいつでも楽しい。完成品と違って、どんな色分けをされたパーツが眠ってるかわからない。二人ならなおさらだ。
「ほっそ!パーツほっそ!長さ十センチあるのに幅三ミリとか無理だぜ」
「まあ細いのはエンジン?部分だけだから」
「イオンジェットエンジンね。ウーッフー、メカの
「同じものがシールと水転写デカール、二パターン付属してたはず」
「ハハァ、デカールに慣れたころに作らせようとしてたわけか」
「シールだとね、その段差にウェザリング塗料が残っちゃうからね」
「Aウイングはどうだ?」
「まあ想定通りのツートンなんだけど…?」
「剥き出しの配管はないからシンプルな作りに見えるが、なんで台座が二つもあるんだ?」
「デススターのターボレーザー付属、だって」
「いいね!映画の場面を再現、ってわけだ」
「あ!台座は同じシリーズなら連結可能!」
「ベッドサイドにピッタリなサイズだな」
「もう少し、雷神様の衝撃が来ないところの方が…?」
「まあ出来てから考えるか」
…
「うーわ、こりゃすげぇな。一ミリ幅の配管だらけだ」
小枝のような配管パーツを取り上げる、本場ドイツのウインナーのような太い指。
「接着剤を使わないんで、一発勝負にならないからがんばって!」
「これ落っことしたら見つかんないぞこんなの。ビール一本だけにしといてよかったな」
「ニッパーで切り飛ばして、なぜか一メートル背中の方向に落ちることもあるから、気をつけてね」
「あいよ」
「なあ、エンジンノズルを組んでるんだが、塗り分けるモデラーいるんだろうな」
「絶対いる。なんなら配管を一本一本塗り分ける人もいる。パイロットやなんたらドロイドを塗ったりも」
「アストロメク・ドロイド。これにも付属してるな。おお、R2ユニット、R6ユニット選択式!」
「バンダイのことだから、ドロイドにもデカール貼るかもね」
「こんな数ミリのパーツに?……待て待て、デカールあるぞ。コックピットもデカール貼るのか⁈」
「あー、飛行機モデル全般、操縦パネルのデカールはかならず付属するね」
「高みを目指したらキリないな」
「上を見すぎて病んじゃう人もいるからね」
…
「フー、デカールがんばりマシタ」
老眼鏡を外し、眉間をマッサージしながら達成感に浸ったあと、さまざまな種類の煙草を取り出すレトリーバー。
「さあ、竹蔵くん。ひと息ついて、利き煙草でもしようじゃないか」
「銘柄を変えるの?アークロイヤル、なかなか美味しいと思うけど」
「俺の好みに合わせるんではなく、二人の好みを探そうじゃないか」
「そういう気遣いはうれしいね」
「で、
「キャメルにラーク、ケント、アメリカンスピリット、ウィンストン?」
「ウィンストンは、旧キャスターと旧キャビン。そこそこ前にブランド統合してたぞ」
「じゃあそのウィンストンから行ってみよう」
「ふむ。チョコレート系だな」
「この風味は好みが分かれるね」
「ちっと甘すぎるかな?」
「そうだね」
「キャメルはどうだろうな」
「ナッツの風味で、あんまりタバコ臭くない」
「悪くない。が、可もなく不可もなく」
「なんだろう、穏やかな味」
「レギュラータイプでこれか。ガツンと来ないぞ」
「次、ラーク。ラークと言えば赤いパッケージだけど」
「赤ラークはキツいぞ?十五ミリくらいだったかな」
「お、スッキリ系の中にタバコ葉のコクと香り」
「これで三ミリとはね。悪くないな」
「ケントはメンソールのイメージしかないなあ」
「ああ、フィルターを噛んでメンソールカプセルを割る、アレか」
「ラークと似た系統かな?スッキリ」
「どっちかと言えばパラダイスに似てるな。薄っすら紅茶の香りがする」
「たしかにそうだね。これ吸うならパラダイスの方が美味しいかなあ」
「ラスト、アメリカンスピリット」
「へー、無添加なんだって。鼻が効く人にはいいんじゃない?」
「うーん、自然なタバコ葉の香り。いいね」
「なんかこれ、吸っても吸ってもなかなか減らないんだけど」
「ハハァなるほど。他のよりミチミチに葉が詰まってるな」
「え?これで一ミリ?」
「六ミリが切れてたんで賑やかしに買ったんだが、一ミリでじゅうぶん美味いな」
「アメスピにしよう」
「ああ」
…
泥水のような色の液体の小瓶を振って
「さて、汚し塗装いきましょうか」
「その化粧用ブラシで?」
「なんでもいいけど、百均のわりにコシのある毛先だったんで。たぶん眉毛がアイライン」
ラブラドールの丸い目は興味津々。
「この塗料にブラシをドボン。そして…塗る!」
「えっ!あ、おい、ちょ…そのままバシャリと⁈」
「平気平気。綿棒でこうして拭けば、ほらキレイ」
「隙間に塗料残ってるんだが」
「隙間には汚れが残るもの。モールドにも薄っすら残るから装甲パネルが浮き出て見えるでしょう?」
「なるほど、そういう感じか。もっと土汚れみたいな色を使うかと思ってた」
「宇宙船だからね。グレーがいいかな、と」
…
「あ、これ面白いな。拭き取りすぎたらもう一度塗ればいいしな」
「細筆で緻密に塗るやり方もあるけど、最初はこれが感覚つかみやすいね」
「パイプの下に塗料がいい感じに残って雰囲気出るなあ」
「台座はデススターがモチーフだからこっちも汚すと善き」
…
「完成!」
まんまるの栗色の眼が輝く。今日いちばん見たかった顔だ。
喜ばせることが目的になってはいけないが、自分が楽しんだ結果が喜ばせることになるのは合理的なのだろう。種族も育ち方も生きがいも少しだけ違うけれど、共通のなにかや時折り重なる興味の方向を増やしていくことが、共に生きるということなのだろうか。ベッドサイドテーブルにYウイングとAウイングを飾る大男の背中を見つめながら、紫の小箱から取り出したタバコの紫煙を深呼吸するようにゆるく吐き出した。
プラモデルをつくろう! @towww
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