第3話 混じり合う香辛料

自然薯じねんじょよりも太い尻尾をゆらりゆらりとさせながらプラモデルを作るラブラドールレトリーバーの鼻歌がピタリと止まる。なにか行き詰まったか?紅茶の煙草アークロイヤルを消し、忍び寄った。


「………完成!」

「サザビー!いいね。でもガンプラやらないんじゃなかった?」

「やらないわけじゃない。わからないだけで。ガンダムはぜんぶ同じに見えるが、敵勢力は個性的で面白いな」

「シールに苦戦してたようだけど、キレイに貼れてるね」

「むつかしいぞこれ。何度か剥がしたんだが」

「シールは仕方ないね。水転写デカールなら貼ってから位置決めできるけど…」

「お、そういうのあるのか」

「デカールが付属するガンプラは上級者向けですね…。そうだな……戦車とか作ってみない?」


Amazonで検索を始める獣人。


「んん?なんかえらく多いぞ?」

「まあ、ミリタリー関連のプラモメーカーは六百社ありますし…」

「は?探しようがないぞそんなん。それにこのキャタピラ?プラスチックでどう再現してるんだ?」

履帯りたい、ね。まあそのキャタピラはおおむね十パーツくらいを輪っか状に接着します」

「無理!作れない!」

「まあまあ、このへんどう?デフォルメ三頭身戦車。接着剤なし!」

「キャタピラは?」

「キットによるけど、たいていゴムパーツか、プラ一体成形の輪っか」

「それくらいならまあ…」

「よし、ポチろう」


      …


みじめだ。電車に一本乗り遅れたら接続が悪くてプラットホームで待ちぼうけ。その間に突風で傘がお亡くなりに。しっとり濡れて、最寄駅のコンビニに寄っても傘は在庫切れ。雨の切れ目にいるうちに、と家路を急いだものの間に合わず、ずぶ濡れ。放心状態で玄関の床を濡らしているところだ。


「おかえり。酷いな、ほれタオル」

「台風だ、ああずぶ濡れだ、ありがとう」

「季語はあるが酷い俳句だ。そういうのは…」


アークロイヤル片手に宙を見つめながらひと詠み。


  野分のわけ吹き しとどに濡れて 茄子しを


「野分け、って台風のこと?」

「そう。茄子はまあ…男ならわかるな?」


ヒヒッと揶揄からかうように笑い、煙を吐き出した。女性相手ならセクハラなのでは?


「日頃から老人相手をしてるから、まあこれくらいはな」

「さすがケアワーカー」

「シャワー浴びたらメシ食おうぜ」


      …


バスルームで温まってタオルでひと拭き、頭もひと撫で。丸坊主でなければ風邪を引いてたところだ。


「いい香り。夏はカレーだね」

「ホームでいい野菜をもらったんでな。夏野菜ポークカレーだ」


日本製のカレールーは優秀だから、これはいつものハウスのルーかな?でも香りが増えてるな…?


「ルーに追加で、潰したカルダモン。いやでも、もう一つ独特なクセのある香辛料もわずかに」

ヒト族にしては鼻が効くな。カルダモンと八角」

「あー、八角か!」


カレーは好きだ。クセしかない香辛料が混じり合っているのに、出しゃばらず互いのクセを強調し合って食欲をそそる香りになる。統一感のあるシチューとは少し趣が違う。


「晩酌しないってことはさ、もしや戦車届いた?」

「YES!」

「そうだね、飲酒製作は危ないからね」


      …


「…なんか、想像より箱が小さいんだが」

「十センチくらいの控えめなキットだからね」

「まあデカールの練習にはちょうどいいか」

「戦車は、組み立てたあとに塗装やデカールを貼るから説明書通りでいけるよ」

「よしやるか」


      …


「ほう、ずんぐりむっくりで可愛らしいじゃないか」

「お水を持ってきたよ」

「ありがとう。予習はしてあるぜ。水転写デカールをピンセットで水につけたあと、綿棒でスライドして貼る!」

「そのやり方は忘れてください」

「なんで⁈」

「メーカーによっては、綿棒に貼り付いちゃうデカールがあるので。この二本目のピンセットは先が平たいんでデカールを突き破りません!」

「デカールってそんなに弱いのか?」

「うっす薄。デカールの接着剤のヌメリに逆らわずに慎重に一発勝負」

「ひょっとしてこれ難易度高くないか?」

「この五ミリサイズの車体番号デカールは難易度E、くらい」

「んー…慣れろ、と」

「車体番号なら失敗しても、別の番号を貼ればいいからチャレンジ!」


      …


「なるほど。手の震えと老眼との闘い、というわけだな?」

「まだ老眼のわかる歳ではないけど、そうだね。でも、失敗が二枚だけなのは飲み込み早いと思うよ?」

「貼ったあとに位置や向きを微調整できるのが強いな。お前さん、ガンプラだと何枚くらい貼る?」

「百〜二百枚かな?」

「ああ、訊き直すわ。十五センチ未満のキットで何枚」

「うん、HGでそのくらいの枚数」

「モデラーって…アタマおかしいのか?」


「さあ、ラスト二枚はアメリカ軍旗!」

「戦車の顔は失敗したくないからな」

「わかる。軍旗やエンブレムはいつも最後。お、一センチくらいのサイズでもうまく貼れてるね」

「なあこれ…説明書正しいのか?後部ハッチの上に貼れって?」

「それは難易度Cだね」

「段差は綿棒で?いや綿棒に張り付いたら元も子もないな」

「そんなときは、これです」

「親指がどうした?えっ?いやいや冗談キツいぜ」

「ホントだって!濡らした指は段差によく馴染むんです」

「そんなのどこにも書いてなかったぞ⁈」

「信じて、としか言えないんだけど…」

「よぉし、やったらぁ!」


      …


「チャーフィー完成!親指がこんなにデカールに馴染むとはな。ちょっと貼り付いてきたのにはヒヤッとしたが」

「グリーン一色の戦車でも、デカールが入ると印象変わるね」

「そうだな。ありがとう、竹蔵たけぞう

「オッチャンに趣味が増えてよかった。映画くらいだったでしょう」

「いや…生肉ついでのも趣味のひとつだったんだが」

「…詮索しないけど、どうしても気になる。今までいったい何人と…」

「百を超えたあたりから数えるのをやめた」

「獣人って、アタマおかしいの?」


釈迦曰く、「肉欲に引き入れられる人々は、陥穽かんせいはまった兎のごとくもがき苦しむ。肉欲の泥沼にはまったら最後、彼らは長く久しきに渡って、絶えず苦悩につまずく。」


定期的なカウンセリングが継続できているようで、生肉依存症の会(?)の頻度は落ち着いてきてるらしい。とはいえ、人族と違って、趣味を増やせば昇華できるわけではないようだ。恋だの愛だの浮ついた話を聞かないのはそのせいなのだろうか。もはや恋愛を諦めた仙人のような印象を受けることがある。


「竹蔵、一杯やろうぜ。余った野菜をラタトゥイユにしてある」

「呑もう呑もう」


いや、人のことは言えないな。人族が嫌になって、たまたまウマが合っただけの獣人と同居してるのもどうかしてる。いっそ、もっと趣味を増やして仙人のような人生にしてしまおうか。うちの親も、すでにまごは諦めてくれてる。二人合わせて、仙人モデラーズ、とかどうだろう。


「ん?どうかしたか?」

「ああいや、僕も戦車が作りたくなってきたな、って」

「そうか」


散歩中に小枝を見つけたレトリーバーのような、それでいてなにかを見透かしたような柔らかな微笑みをたたえる同居人の表情かおに気づかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る