第3話 混じり合う香辛料
「………完成!」
「サザビー!いいね。でもガンプラやらないんじゃなかった?」
「やらないわけじゃない。わからないだけで。ガンダムはぜんぶ同じに見えるが、敵勢力は個性的で面白いな」
「シールに苦戦してたようだけど、キレイに貼れてるね」
「むつかしいぞこれ。何度か剥がしたんだが」
「シールは仕方ないね。水転写デカールなら貼ってから位置決めできるけど…」
「お、そういうのあるのか」
「デカールが付属するガンプラは上級者向けですね…。そうだな……戦車とか作ってみない?」
Amazonで検索を始める獣人。
「んん?なんかえらく多いぞ?」
「まあ、ミリタリー関連のプラモメーカーは六百社ありますし…」
「は?探しようがないぞそんなん。それにこのキャタピラ?プラスチックでどう再現してるんだ?」
「
「無理!作れない!」
「まあまあ、このへんどう?デフォルメ三頭身戦車。接着剤なし!」
「キャタピラは?」
「キットによるけど、たいていゴムパーツか、プラ一体成形の輪っか」
「それくらいならまあ…」
「よし、ポチろう」
…
「おかえり。酷いな、ほれタオル」
「台風だ、ああずぶ濡れだ、ありがとう」
「季語はあるが酷い俳句だ。そういうのは…」
アークロイヤル片手に宙を見つめながらひと詠み。
「野分け、って台風のこと?」
「そう。茄子はまあ…男ならわかるな?」
ヒヒッと
「日頃から老人相手をしてるから、まあこれくらいはな」
「さすがケアワーカー」
「シャワー浴びたらメシ食おうぜ」
…
バスルームで温まってタオルでひと拭き、頭もひと撫で。丸坊主でなければ風邪を引いてたところだ。
「いい香り。夏はカレーだね」
「ホームでいい野菜をもらったんでな。夏野菜ポークカレーだ」
日本製のカレールーは優秀だから、これはいつものハウスのルーかな?でも香りが増えてるな…?
「ルーに追加で、潰したカルダモン。いやでも、もう一つ独特なクセのある香辛料もわずかに」
「
「あー、八角か!」
カレーは好きだ。クセしかない香辛料が混じり合っているのに、出しゃばらず互いのクセを強調し合って食欲をそそる香りになる。統一感のあるシチューとは少し趣が違う。
「晩酌しないってことはさ、もしや戦車届いた?」
「YES!」
「そうだね、飲酒製作は危ないからね」
…
「…なんか、想像より箱が小さいんだが」
「十センチくらいの控えめなキットだからね」
「まあデカールの練習にはちょうどいいか」
「戦車は、組み立てたあとに塗装やデカールを貼るから説明書通りでいけるよ」
「よしやるか」
…
「ほう、ずんぐりむっくりで可愛らしいじゃないか」
「お水を持ってきたよ」
「ありがとう。予習はしてあるぜ。水転写デカールをピンセットで水につけたあと、綿棒でスライドして貼る!」
「そのやり方は忘れてください」
「なんで⁈」
「メーカーによっては、綿棒に貼り付いちゃうデカールがあるので。この二本目のピンセットは先が平たいんでデカールを突き破りません!」
「デカールってそんなに弱いのか?」
「うっす薄。デカールの接着剤のヌメリに逆らわずに慎重に一発勝負」
「ひょっとしてこれ難易度高くないか?」
「この五ミリサイズの車体番号デカールは難易度E、くらい」
「んー…慣れろ、と」
「車体番号なら失敗しても、別の番号を貼ればいいからチャレンジ!」
…
「なるほど。手の震えと老眼との闘い、というわけだな?」
「まだ老眼のわかる歳ではないけど、そうだね。でも、失敗が二枚だけなのは飲み込み早いと思うよ?」
「貼ったあとに位置や向きを微調整できるのが強いな。お前さん、ガンプラだと何枚くらい貼る?」
「百〜二百枚かな?」
「ああ、訊き直すわ。十五センチ未満のキットで何枚」
「うん、HGでそのくらいの枚数」
「モデラーって…アタマおかしいのか?」
「さあ、ラスト二枚はアメリカ軍旗!」
「戦車の顔は失敗したくないからな」
「わかる。軍旗やエンブレムはいつも最後。お、一センチくらいのサイズでもうまく貼れてるね」
「なあこれ…説明書正しいのか?後部ハッチの上に貼れって?」
「それは難易度Cだね」
「段差は綿棒で?いや綿棒に張り付いたら元も子もないな」
「そんなときは、これです」
「親指がどうした?えっ?いやいや冗談キツいぜ」
「ホントだって!濡らした指は段差によく馴染むんです」
「そんなのどこにも書いてなかったぞ⁈」
「信じて、としか言えないんだけど…」
「よぉし、やったらぁ!」
…
「チャーフィー完成!親指がこんなにデカールに馴染むとはな。ちょっと貼り付いてきたのにはヒヤッとしたが」
「グリーン一色の戦車でも、デカールが入ると印象変わるね」
「そうだな。ありがとう、
「オッチャンに趣味が増えてよかった。映画くらいだったでしょう」
「いや…生肉ついでの発散も趣味のひとつだったんだが」
「…詮索しないけど、どうしても気になる。今までいったい何人と…」
「百を超えたあたりから数えるのをやめた」
「獣人って、アタマおかしいの?」
釈迦曰く、「肉欲に引き入れられる人々は、
定期的なカウンセリングが継続できているようで、生肉依存症の会(?)の頻度は落ち着いてきてるらしい。とはいえ、人族と違って、趣味を増やせば昇華できるわけではないようだ。恋だの愛だの浮ついた話を聞かないのはそのせいなのだろうか。もはや恋愛を諦めた仙人のような印象を受けることがある。
「竹蔵、一杯やろうぜ。余った野菜をラタトゥイユにしてある」
「呑もう呑もう」
いや、人のことは言えないな。人族が嫌になって、たまたまウマが合っただけの獣人と同居してるのもどうかしてる。いっそ、もっと趣味を増やして仙人のような人生にしてしまおうか。うちの親も、すでに
「ん?どうかしたか?」
「ああいや、僕も戦車が作りたくなってきたな、って」
「そうか」
散歩中に小枝を見つけたレトリーバーのような、それでいてなにかを見透かしたような柔らかな微笑みを
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