第2話 復讐霊
あれから数時間。当然土地勘などないので、未だに広大な草原を漂い続けていた。
前の世界では一日5殺はしていたので、こうも呪殺してない時間が長いとさすがに体調が悪くなってくる。
どこかに内側からぐちゃぐちゃに狂わせるにちょうどいい集落は…と探し求めていると。
「待ってください!」
元気な声に呼び止められた。振り向くと、そこには宙に浮く少女の姿。その三つ編みでまとめた茶髪と、そばかすの浮かぶ表情はやはり透けていて、幽霊だということを主張している。
「はぁ〜…」
「なんですかその反応!?」
もうこの世界の幽霊に期待なんかしていなかった。
どうせこいつもラブコメで青春なんだ。
「何か用?」
「単刀直入に言いますが、あたしを弟子にしてください!」
「…弟子って、なんで?」
「あたし、怖いおばけになりたいんです!」
死んだ魚のような瞳がキラキラと輝いている。嘘の類は感じられない。
「怖いおばけって、まさか人を怖がらせたいってこと?」
「はい!恐怖のどん底に叩き落としたいやつがいるんです!」
「好きな相手は?」
「いません!」
「恋とかは?」
「よく分かりません!」
快活に答える少女の肩を、がっしりと掴む。
「な、泣いてる…?」
私の目尻にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「本当によかった…あんなエロゲ幽霊ばっかりだったらどうしようかと…」
「エロ…何?」
「ねえねえノローちゃん…だっけ?はさ、今までに何人殺したの?」
「いや…一度もないですけど」
「そっかそっか、これからぶっ殺していけばいいからね」
空中で朗らかに話し合う。私のテンションはそれはもう最高潮。私は怪異をするのも大好きだけど、怪異を見るのも大好きなのだ。
自分が出場するのとスポーツ観戦は全くの別物。なので、こういう呪い散らかしてくれそうな見込みのあるやつは大歓迎だった。
しかし。
「いえ…あまり殺すとかはちょっと…」
「えっ?」
ノローの引き気味な目が理解できず、聞き返してしまう。
「人を殺さないの…?どうして………?」
「あたしがおかしいんですか…?」
首を傾げる彼女。怖いおばけになりたいと言ってるけど、結局こいつも草原のゆるふわと変わりないんだ。
「ひまわり畑に白いワンピースと麦わら帽なんだ…」
「ワン…何?
いや死ぬほど怖がらせたい人間はいますが、本当に死ねってほどではなくて」
「殺しちゃえよもう…知らねえよ全部…」
「態度変わりすぎじゃありません?」
もうがっかりだった。完全にやる気を失った私に、三つ編みが頭を下げてくる。
「それでもお願いします!本気で怖い幽霊になりたいんです!」
「そうだね」
「やる気激減じゃないですか!訳だけでも聞いてください!…あれは生前私がお屋敷で侍女をしていた時のことでした」
勝手に回想に入るノロー。ぽつりぽつりと紡いだ内容は、中々に凄惨で泥々なものだった。
母親は病で
他の侍女からもいじめを受け、食事一つすらままならない日々。
最期は貴族が本妻との間に設けたご令嬢の、「皿を割った」というちっぽけな罪をなすりつけられ屋敷を追い出され、最後は屋敷を囲う深い森で衰弱死。
ろくに食事もとっていない人間が厳しい環境で生きれるわけもなく、無実の罪を抱えたまま失意のままに独り寂しく死んでいったらしい。
「めっちゃいいね!!!!!」
「どこがですか!?」
この話を聞いて、私はこれこれ!こういうの!って気持ちに溢れていた。
やっぱり非業の死を遂げた幽霊が、復讐を志すというのは素晴らしい。肌年齢も若返った気がする。
「でもそんな憎いなら早く復讐しに行けばいいじゃん」
「いえ、勉強は大切ですので!各地の幽霊さんを見て学んだ上で驚かそうと思いまして!」
「真面目ぇ〜」
「そんな訳で、あの草原の幽霊さんを観察してたいたのですが。師匠の剣幕を目にしまして、これは!と思いお声がけさせていただきました!」
ぶんぶん、と拳を上下に振るノロー。
この倫理観と漂う生真面目さは肌に合わないけど、泥々に復讐される貴族は見たい。なんならこっそり殺したい。
「分かった。私がノローをぐっちゃんぐっちゃんな大化け物にしてみせる」
「原型は残す方向でお願いしたいです…」
ノローを鍛えるのにちょうどいい場所を探し求めていると、草原を突っ切る大きな道にぶち当たった。
大荷物を載せた馬の手綱を、1人の男が歩きながら引いているのが見える。
「ここは?」
「街道でしょうか。山の村々に通じているようですね」
「ふーん、じゃああの旅人風の男でいいか」
「えっ…。ですが、あたしが恨んでるのは貴族の館の方々だけで…無関係の人を巻き込むのはちょっと…」
早速尻込みした姿勢を見せるノロー。しかし実践なくして成長はありえない。このままだと、本番でも日和ってしまうだろう。
「じゃあ特別に殺さなくていいってことにするから、驚かすだけやってみて」
「そんな普通は殺すみたいな」
「ん!そうだ」
尚も渋るにノローに向けて、日没はいつかと聞いた。すると「もう日が傾いてるので2、3時間したら」との答えが。
「でもそんなの聞いてどうするんです?」
首を傾げるノローに、
「いいか!道の途中で幽霊と出会うのも確かに怖い…。しかし旅の鉄板シチュエーションは野宿かお宿!疲れて眠る旅人を夜中に叩き起こして、めっちゃジワジワとビビらせ続けるんだ!」
「迷惑…!」
「という訳で、あの旅人が眠りに就いたらびびらせ訓練を始めることにしよう」
そんなこんなで、馬を引く旅人を尾けること数時間。
日も落ちようとしているタイミングで、男は街道を深く逸れた場所に位置する山あいの村に到着した。
小さな木造りの家屋が10棟程間隔を広く開けて並んでおり、『集落』という言葉が相応しい外観をしている。
離れた場所から私達に見られているとも知らず、村人を捕まえて呑気に話す男。幽霊イヤーで拾った会話の内容は『どこか泊まる場所はないだろうか』だった。
これで宿がノローを鍛える場に決まった訳だが、異様な点が一つ。
「それでしたら私の家を使ってください!」そう明るく答える村人の顔が、明るすぎるのだ。
広角を限界まで釣り上げたような怪しげな笑みで顔の半分が埋められている。
そして。畑の裏側や、道の脇。果ては家の中から、
「よく来たね!」
「ようこそ!」
「ゆっくりしてってね!」
と村人達の旅人を歓待する声が響いていた。なんなら拍手までされている。
不気味なのは、歓迎の声を上げる全員の顔に、第一村人と同じような笑顔が貼り付けられていること。
さすがに不審に思ったのか、旅人も困り顔を浮かべている。
一方私は、ワクワクとドキドキが止まらなかった。だって、こんな過剰な歓迎の上に、怪しい村人だなんてあからさますぎる。
「ノロー、ここ因習村かもしれない…!こんな異世界にもあるだなんて…!」
「えっいんしゅー…何ですかそれ」
「オアシスだよ…!」
「絶対に違うことは分かりました」
悪霊転生 〜ホラーマニア、異世界の魔物に文句つけまくったらなんか魔王になる〜 しまわさび @simawasabi
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