悪霊転生 〜ホラーマニア、異世界の魔物に文句つけまくったらなんか魔王になる〜

しまわさび

第1話 幽霊

「センダマカロシャダ!ケンギャキギャキ
サラバビギナン…!ウンタラタカンマン!」


私の名前はカルト。悪霊だ。名前はもう忘れてしまったので、一番好きな映画の名前を取ってこう名乗っている。

そして今、私を祓いに来た僧侶と熱いバトルを繰り広げていた。


「ノウマク!サラバタタ…ギャテイビャクッ…!ぐうッ…」


呪いの途中で、前のめりに倒れ伏す袈裟姿の男。さぞ名のある高僧だったらしいが、それもこの程度。

これで、斃した霊能力者の数は86人目。自身の強大な力と、それがもたらした勝利に一抹の虚しさを感じていると、眼下からか細い声が届く。


「グッ…やはり…を使う他ないか…」


両の手で複雑怪奇な印を結び、こちらを見据える坊主。その手には、顔中の穴から流れ落ちた血が滴っている。

その生命力にも驚かされたが、問題は僧のこぼした言葉だった。


「禁術!?!?!?!?」

「俺の命と引き換えに、貴様を異なる次元へ飛ばす…。即ち、『異界送りの術』也…!」


言うや否や、手の交差と共に呪言を紡ぐ坊主。その様はまさに神速で、こちらが反応する時間すら許さない早業だった。


「破ァーーーーーーーッ!!!!!!!」


最後に見た光景は、坊主の必死の叫び。そして、2種の絵の具を混ぜたように歪んでいく風景。


それ切り、私の意識は消え失せた。…かと思われた。


目が覚めると、私は草原で少女に頬を突かれていた。

青い空と白い雲。それを支えるように、大地を埋める緑色。


天国があるとすれば、こういう風景なのだろう。だけど、私がそんな場所と縁がないということは十分に理解している。

坊主の言葉通り、別の次元。別世界へと飛ばされてしまったと考えるのが自然だろう。


「あっ、起きた!びっくりしたよー、気付いたら横にいるんだもん」


そして、こちらを見下ろす少女。肩まで伸ばしっぱなしの白髪、青白い肌、その全てが半透明に透けている。同類ゆうれいと見て間違いない。

なぜ言葉が通じているのかは分からないけど、鬼太郎の西洋妖怪も日本語ペラペラだったしそういう物なのかもしれない。


「ここは…?」

「んーとね…ここどこなんだっけ?」

「分からないの?」

「うーん、思い出そうとしたらぼやってなっちゃって。でも、ここがわたしの家っていうことは分かるよ!」


首を傾げる少女。生前の記憶が薄れる、というのは幽霊あるあるだ。でも問題はそこじゃない。


「ここに…住んでるの…?こんな爽やかな草原に…?」


「うん!前は森にいたんだけどね、やっぱりここの方が風が気持ちよくて」


「へー…………」







それから、おしゃべりな少女に付き合うこと数時間。

ここに咲いてるお花がかわいい、だとか森ではリスさんが友達だっただとか、少女のゆるふわトークに機械的な相槌を打ち続けていた頃、草原の向こうから草根を分ける声が聞こえた。


「あっ…!」


同時に、明るく透けていた少女の顔色が、より幽霊らしいものへと変わる。


「あの子が来る…」

「あの子って?」

「私に怒鳴って帰っていったの…」


芝生にしゃがんで、怯える少女。その背の先に、一人の人間が立っていた。


「げっ、なんか増えてんじゃん」


生意気そうに話す帽子を被ったガキ。薄いタンクトップを纏う肌は傷だらけで、小麦色にこんがりと焼けていた。

いかにもやんちゃ少年といった雰囲気だが、その手には似合わないものが一つ。


花で作られた、緑と白の冠。不器用ながらに編んだのだろう。あちこちがぐちゃぐちゃで、不出来な形のそれを大切そうに握っていた。


「ん!」


それを、少女の前に突き付けるガキ。「えっ…?」と声を上げる少女に、ガキが顔を背けながら話す。


「昨日…俺親に怒られて…むしゃくしゃしてて。だからこれ!ん!」


ごめんなさいが素直に言えない年頃。何か怒鳴っちゃったことの謝罪を、花冠でしているらしい。

少女は伏せていた顔を上げ、おずおずと問いかける。


「…もう怒らない?」

「…ん」


透明な少女の顔が、まるで周囲の青空のように晴れやかな物へと変わる。


少女の頭にガキが花冠を乗せるけど、幽霊の身なので受けることは出来ずにそのまま地面へと落ちてしまう。

しかし、仲直りが出来たということは、2人の笑顔がしっかりと証明していた。


一方の私は。エロゲでやれボケって気持ちでいっぱいだった。


幽霊というのは暗くてジメジメして陰湿でなくてはならない。

それをこんな青空と草原で少年と少女の一夏の思い出みたいにお前。


花火見て「ずっと一緒だよ」って約束した次の日に消えたりするんだろどうせ。

真っ青なパッケージに白の細文字でタイトル書いてたりするんだろ。

"向日葵"とか"夏空"とか綺麗な日本語をタイトルにチョイスしてるんだろ。


そもそも私は大のホラー好き。悪霊になったのだって、死後の幽霊生活が楽しすぎて成仏のタイミングを逃したから。正直霊能力者とのバトルも超楽しんでやってた。


だから目の前のイチャイチャに物申したいことは山ほどあったけど、なんとか耐える。

今ここで「00年代の泣きエロゲをするな」って叫んだら空気が読めない人になるから。


なんとか内側の怒りを押し殺していたその時。


「やはり魔物と会っていたな。それも2匹も」


いつの間にか、古めかしい銃を構えた男と、黒衣の男の2人がすぐ近くに立っていた。


「父さん…!なんでここに!」


ガキの父親が跡を付けたかどうとかでここに来たらしい。


「危険だと言ったのに…まあ説教はあとだ。先生、お願いします」

「うむ」


後ろからスッと出てくる白ひげの坊主。いかにもな聖職者風で、手には立派な本を抱えている。


「では悪しき魂どもよ。言い残すことはあるか」

「じゃあ私から」


手をあげて、気になっていたことを尋ねる。


「除霊方法は?」

「我が唯一神の御力を借り、汚れた魂を清廉なものにする方法を取っておる」

「教会の神父なの?神の歴史は?」

「そうじゃ。当然この世界が創造されてからじゃよ。神は全ての時間を見守っておられる」

「趣味は?」

「最近は薔薇の栽培にハマっておるが…」

「女性関係は?」

「多くない!?簡潔に言い残して欲しいんじゃけど!」


声を荒げる神父。


「お医者さんの問診くらい聞くじゃんおぬし…」


「一番大事だろうが趣味とか女性関係はボケ!!!!!!!!!!」


「ええー…なんじゃこの悪霊…」


困惑する神父。だが霊能力者の"味"はそこで出る。

もう無個性霊能力者の相手には飽きたので、そろそろ変わり種が欲しい。初登場でいきなり机の上にどっかり座ってるくらいのが。


「で!?女性関係は!?」

「その…妻が1人…」

「他には!?」

「いや、妻としか関係は持ったことがなくて…」

「初恋だったりするのかよ!?」


恥ずかしそうに俯く神父。外野からは親父の「セクハラだぞー!」というヤジが飛ぶが、私の頭は怒りでいっぱいだった。


「つまんねー!つまんねえよ!祓った幽霊片っ端から犯すくらいやれよ!」

「嫌じゃろそんな聖職者…」


せっかく新天地、日本とは違う場所に来たのに、エロゲ幽霊とこんな味がしねえガムしか味わえないのかよ。


「お前もだよ帽子のガキ…!」

「えっ俺…?」


水を向けられてビクッと震えるガキ。


「もっと暴れ回れよ…!なんだよイジワルの内容が幽霊に怒鳴っちゃったって!この辺一帯の花全部引きちぎった上で小便ひっかけるくらいしろよ…!」

「無茶言うなよ」

「ガキは心霊スポットを荒らすもんだろうが…」

「知らない常識…」


もう今まで溜め込んだのが全部出てくる。


「幽霊!!!!!」


「はいっ!」


背筋を伸ばして答える幽霊に向けて、それはもう最大の文句を出した。


「なんだ根城が爽やかな草原って!!!!!」


「すみません!」


「スライムじゃねえんだぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「すみません!」


全部を言い終えた時、周りはもうドン引きで、私以外の4人が固まって1vs4の空気になっていた。


「最後に神父!!!!!!!」


「ひっ!」


「趣味が薔薇の栽培ってのは中々よかったぞ」


「あ、ありがとう…?」


それだけ言い残して草原から立ち去る。このままここに留まっていれば、私までエロゲになりそうだった。


後ろからは、


「ごめんね…話も聞かずに除霊しようと思っちゃって…」

「いや、いいよ…」

「ちょっと一旦話し合おうか…」

「めっちゃ怒ってる人がいると冷静になるよね…」


と、4人が話し合う声が聞こえてくるがもうどうだっていい。


こうして、当てのない別世界での放浪が始まったわけだが。


「逸材…!」


キラキラと、私を見つめる視線があることにこの時はまだ気付かなかった。

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