第33話 キーワードは番組の最後に(文化祭編#11)


小さな放送室の扉を開けると一人スタッフらしき人が立っており、クラス長のためにパイプ椅子を立てはじめる。


「マジごめんな。」

「いいけどマジでなにもないよ俺。」


クラス長は表情の固いスタッフらしき人に挨拶をしながら席に着き、乾いた喉をさっき貰ったジュースで潤す。


「てかごめん、放送してたんだな。」

「俺も射的の仕事アレで聞けてないけどさ。」


二人は正直仲がいいわけではなく、体育の授業で何回か一緒のチームになってバレーをやったくらいの関係なので改めて会話をしながら即席で関係を深めていく。


「え、じゃあ最初のキーワード聞いてなかった!?」

「...んー、"を"?」

「"を"なわけないだろ!」


本当は友人と喋る予定だったのだが、自分のクラスの出し物とのダブルブッキングをしてしまったらしく、相当焦っていた所に変なタスキをつけたどこかで見たことのある顔を見つけたので一か八かで話しかけたという。


「本当に俺でよかったのか?」

「うん...そのタスキの感じ、相当浮かれてたから。」

「これ六澤にやられたの!」


これまでの事情を話しながら、カメラを回す許可を得たクラス長はグリップベルトから手を外し、スイッチャーの所にポンと置く。



「じゃあ、もうすぐ始まるから...。」

「いいけど...てかスタッフさん?と話せばいいじゃん。」


クラス長はスタッフを指差すが、彼は無言で目をぎゅっとつむりながら横に首を振る。


「彼喋りたくないのよ。」

「え、放送部なんだよね?」

「まあ、ラジオ好きらしくてさ。」


学校内はとても盛り上がっており、校内放送は正直あまり届いていない。

しかし、この仕事に放送部のメンバーは全力を注いでいた。


前の人が流していた音楽もアウトロ、久鳴は慣れた手つきで楽曲をフェードアウトさせて一度咳払いをしながら別のスイッチを上に上げる。


「現在時刻は11時、皆様もうそろそろ昼飯に焼きそばとか買いに行く時間ではないでしょうか。」


流石放送部、肩の力を抜きながら校内放送を始める。

結構本格的な入りから文化祭で買ったものや行ったところのエピソードトークをしていく。


「この時間からはわたくし、久鳴エイタロウが12時までラジオをお届けしていきます。」


いつものランチタイムのちょっと話して音楽を流すだけの時間とは遠くかけはなれた内容に、ますますクラス長の緊張感は増していった。


「このあと、ゲストを招きましてトークをしようと思いますが一旦こちらをお聞きください。」


流れる派手なビートには久鳴の声がサンプリングされており、俗にいうジングルが構内に響き渡る。


「ジングル作ったの?」

「今日の一発にかけてっからね。」


ジングルが鳴り終わると、彼は再度スイッチをあげ話し始める。


「さ、ということで急遽特別にゲストが来てます!」


"ジングルだけ流すことあるのか?CMとか行くなら分かるけど。"

という思いは下唇を歯で抑えてなんとか飲み込み、自己紹介をし始める。


「え、えーどうも...一年二組のクラス長をしてます長暮エイジです。」


スタッフは謎のボタンを押すとどこからかファンファーレのような効果音と拍手の音が流れた。


「盛大な感じで祝ってくれれますけど...」

「いやー、ありがとう本当に。」


久鳴は楽しそうに拍手をしながら、長暮エイジについての説明をしてこれまでのいきさつを話す。


「お、早速お便り来てますよ。」

「...え、どっから?」


ラジオネーム"職員トイレの花子さん"

まさか一年二組のクラス長がラジオに来るとは、クラス長オタクの私としてはとっても嬉しくて、久鳴さんにはとても感謝しかないです!

そんな長暮さんに質問なのですが、クラス長とは主にどんな仕事をしているのでしょうか。


「ありがとうございます...ということですけども長暮さん。」

「クラス長オタクってなんなんすか、てかクラス長オタクなのになんで仕事の方分かってないんすか。」


「まあ最近はオタクのハードルが下がってますからね。」

「そういう問題じゃないと思いますけども.....。」


お便りの質問を頭の中でよく考えてみるが、確かにクラス長といえばといった仕事はあまりない気がするとどう説明しようと頭を相当働かす。


「確かに久鳴もよく分かってないかも。」


体育館に集まった時の人数確認と帰りの会の司会が主な仕事で、行事ごとがある時は基本的にお手伝いみたいな感じの仕事が多く、リーダーらしさは第三者目線から見るとあまり感じられていないのかもしれない。



「でもみんなが何となく想像している仕事がクラス長のほとんどというか、クラスの動向をスムーズにする潤滑油みたいな感じですよ。」

「おー、初めてみました。就活生以外に自分を潤滑油にする人。」


ザワザワと賑わっている校内、クラス長はこの声がどこまで届いているか全く分からくて不安になりながらも、自分の隣で大きく頷きながら話を聞くスタッフにメンタルを救われた。



「時間が限られているのでコーナー行きましょうか。」

「あ、結構キツキツなんだ。」

「本当はレターが来てないんだ。」

「もっと告知しなよ。」


次のコーナーに行こうとした瞬間、別の放送部らしき人が慌てた表情で部屋に入ってきた。


「久鳴!大変だ!」

「え、部長!?どうしたんですか!?」


目をパチパチさせながら秋なのに額にかいた汗をぬぐった彼は空気を飲み込み大きく深呼吸をする。


「放送...どこにもされてなかった。」

「...え?」


クラス長と久鳴は目を合わし大声で驚くと、部長は人差し指を口の前に立てて二人の驚く声を静めさせる。


「今は流れてるから!一回静かに!」


音割れした驚嘆が廊下に響き、外のワイワイした音が一瞬止まる。

分かんなくなった久鳴は盛り上げるため一度有名アーティストのCDを流す。


「もう放送事故とかいうレベルじゃないよ。」

「えっ部長、いつから流れてないんですか?」

「もう最初から流れてなかったらしい。」


どうして誰も気づかなかったんだと思う放送部の中、そりゃあ文化祭でワイワイしてる中で全然告知もしていないラジオを聞き入る人は多くないとも思ったクラス長はなんとか表情を隠しながら放送部の顔に合わせる。


「じゃあ、ここからは久鳴と...きみに託すよ。」

「はい、任せてください!」

「が、頑張ります。」


部長は頭を下げて放送室を出ると、二人はおんなじ疑問を持つ。


「え、てかなんでお便り来てたんだよ....。」

「そうそれ!クラス長が来たことを知ってるのって...。」


じっと考えてからハッとした二人。


「もしかして...」

「あなたが...。」


久鳴とクラス長に見つめられたスタッフは二人から目をそらすと、申し訳なさそうに小さく手を合わせた。


「職員トイレの花子さん!?」

「すいません...ごめんなさい。」


どうやら久鳴の前の時間、放送が流れていないことに気づかなかった部の人たちは全くお便りが来ないことを疑問に思いながらも頭を抱えていた。

若干半泣きになっていた放送部の放送事故を何とか止めるため、隠れてお便りを送ったらしい。


「まあ、別に謝る事じゃないんじゃない?」

「ほらクラス長、慰めてやってよ。」

「...え?」


クラス長はスタッフに握手を求めると、彼は顔を真っ赤にしながら何度も頭を下げて握手を受け取った。


「なんだよこれ!何の時間なんだよ!」


音源もアウトロ、久鳴は改めて作ったジングルの準備をしてスタッフは残り時間で何をするべきかのカンペを作り、クラス長は緊張を何とか解こうと必死に肩を回す。


「先ほどはお見苦しい叫び声をお届けしてしまい大変申し訳ございませんでした。」


事の経緯を説明しながら、改めて体制を立て直す。


「ということでクラス長、残り時間も数分です。」

「ね、ずっと普通に楽しく会話してるだけだったね。」

「ちょっと仲良くなっただけでしたねこれ。」


スタッフのカンペ通り、残りの時間は次の放送内容と番組のキーワード発表。


「キーワード二つ目は、"め"です!」

「一つ目が流れてないのでここで言いますが、"を"です。」

「だから"を"じゃないって!」


エンディングの音楽と共に前回の本当のキーワードを発表しながら急いでお別れした久鳴とクラス長。


「...ふう!ありがとうクラス長!」

「まあ、楽しかったし撮れ高は最高だったよ。」

「それはディレクターズカット版ってことで。」


久鳴のキラキラした目を見ながらまあ楽しかったならよかったと軽いハイタッチをかました二人は放送室を出てそれぞれの目的へ向かう。


「クラス長は次仕事だっけ?」

「そうなんだけど、射的どう?人来てる?」

「まあそれなりよ、隣のカジノがヤバい。」


どうやらシュンちゃんのクラスのカジノに大量の人が集まっているらしく、その列を諦めた人たちが射的をしに来る程度らしい。


「まあ、昼飯時だしあんま来ないこと祈るわ。」

「そうだな、頑張って!」

「おう!じゃあまた!」


手を振るクラス長、ブレブレのカメラには気にせず大きく手を振る久鳴がギリギリ映っていた。


ありがとうの声を背中に受けながら急いで仕事場へ向かうクラス長、文化祭も中盤を迎えていく。









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