第29話 切腹(文化祭編#7)

「あ、ごめっちざむらい。」

「遊部君、それよく言うよね。」

「おう、マジでこの地から日本の流行語狙ってるからね。」


いつも通りの帰りの会と掃除を終え、残る十人はリラックスしながらそれぞれ準備を始める。

そんな中、いつもと少しだけ違う事があると気付いたクラス長は顔をしかめる。


「うし、はじめろよ。」

「先生...残るんですか?」

「おう、ごめっち侍だ。」

「先生まで...。」


早速流行語に囚われている担任にどういう表情をしていいか分からないクラス長は笑い声にならない空気を漏らしながらスルーをする。


「なんだ、いるとやりづらいか?」

「はい....じゃなくていいえ。」

「え、はいって言わなかった?」

「...いや、マジで言ってないです。」


こんなジョークを言い合える関係なので、先生は別に嫌われているわけではない。

しかし生徒だけのリラックスした空間に先生が入るというのは、そんなつもりなくても少しピリつくもんだ。


「まあそんな長居するわけでもないし、邪魔はしねえからさ。」


クラス長はその一言を聞いて同時にフッと息を吐き胸をなでおろす。


「それなら良かった...。」


「え、今良かったってハッキリ言ったじゃん」

「...いや、マジで言ってないです。」


失言をなんとか真顔の圧でごまかし、いつも通りの制作に着手し始めるクラス長一行。


「ねえクラス長、先生いるの珍しくない?」

「...ね、そ、そうだわよね。」


先生の耳へ受信しないようにクラス長へ顔を近づけひそひそ喋る柴北に、クラス長はなぜかドキドキして井戸端会議のような口調になってしまった。


「あれ、みんな白で塗ってんの?」

「え、白の紙が無いって聞いたので...。」

「いや、あるよ。」


ボサッとした表情でボソッと放った教師の衝撃の一言に六人は声をそろえて驚いた。


「え、あるんですか?」

「クラス長...そりゃあるよ。」


「え、なんかちょっとツルツルっぽい...?」

「仲田...文化祭やるっつーんだからそりゃ無いわけないだろ?」


「え、あのどこから仕入れたんだってやつ。」

「遊部...逆にあれを学校以外で見たことあるか?」


「えぇ、書きやすすぎるみたいなやつですよ...?」

「尾辺...そうだ、スルスル行ける奴だ。」


「え、押さえないと端から丸くなってくアレ...?」

「柴北...そうだ、押さえ要因がいるアレだ。」


「え、えっと...あのー、白いやつ...。」

「伊須、気持ちは分かるが無理すんな。」


全員が変なあるあるを言い終わると同時に六人はぱらぱらと周りに視線を飛ばして顔を合わせる。

...そしてその視線は最終的に一人の男の元へ行きつく。


「仲田...。」

「ごめん...先生の言う通り、文化祭なんだからあるよな。」


仲田は下を向き、申し訳なさそうに声を絞り出して謝るが周りの反応は意外にも気にしていない様子で許す感じであった。


「まあ、正直こんな重い空気になる事じゃないよ。」

「クラス長...。」


「まあ、こういうのも青春っていうか?」

「そうですねぇ、楽しいので全然」

「伊須さんに尾辺さん...。」


「ま、この時間も?全然楽しかったから気にすんなよ。」

「遊部っち...」


暖かい色の木の葉が舞う秋の季節。

その色に染まったかのような穏やかな気持ちで彼らは看板の続きを描き始めた。


「...あのー。」

「柴北さん...ごめんな。」

「いやそうじゃなくて...遊部さんも一緒に運ぶ係だった気が...。」


柴北のポロっとこぼした発言に、みんなはハッとして目を見開く。

彼らはゆっくりと遊部の方を振り向くと、彼は少しだけ唇を開き、歯の隙間からスーッと息を吸っていた。


「...ごめっち侍。」

「…みんな、よきにはからえ。」

「クラス長!!ごめっち侍!マジ侍!」


高速で頭を下げながら責め混んでくる全員から逃げる遊部。

今まで積み上げたプラス査定を綺麗にぶち壊すと同時に、彼は侍を捨てたのであった。

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