第28話 立ち上がりしゃがみ下がり(文化祭編#6)
授業終わり、今日も彼らはいつも通り準備を進めていく。
クラス長を含めた十人もだんだん空気感に慣れ、最初のよそよそしさは秋の風に吹かれて飛んで行った。
「...ちょ、もう言うわ。」
そう言いながら仲田は立ち上がって九人の視線を集めたのを確認すると、少し間を作ってから大きく口を開けた。
「...いつまで看板作ってんだ俺たちは!?」
「なに、どうしたんだ仲田。」
「いやいや、もう俺たち一週間半くらいは看板やってんぞ!?」
文化祭準備が始まってから六人はずっと看板の下地を塗っては乾いては待ち、乾いては待ちを繰り返してようやく上から文字書きが始まった。
「しょうがないだろ、白いデカい紙無いってそっちが言ったんだから。」
「まあそうだけど...にしてももっと効率とかあるくない!?」
「お前な、効率っていうけどな...効率...うん、まあ流石に悪いか。」
「反論ねえのかよ!」
仲田の発言により急遽チームを分解。
終わり際の看板に六人も必要ないと、顔出しパネルをに取り掛かるチームを三人呼ぶことに。
「俺顔出しの素材作るわ。」
「私文字あんまだからそっち行きたい。」
「...あと一人、いないなら俺行くけど。」
そんなこんなで決まった遊部、柴北、クラス長の三人はあまりの段ボールを使って組み立て始める。
「...見えた。」
「遊部君は相変わらずすげえな。」
「ね、だってほとんどもうダンボール無いよ?」
遊部はガムテープで切り貼りを繰り返し、あっという間に看板の元を一つ作るとクラス長の方を突然見つめたと思えば顔の前で手を沢山動かし始めた。
「え、ちょ、なになに?」
「ごめん、ありがと。」
彼はそう言って先ほどの位置に戻ると指の先端に感覚を集中させ始め、ダンボールの上をその指でなぞる。
「クラス長、遊部君ってあんなキャラだったっけ?」
「俺も若干思ったよ、さっき洗脳されんのかと思ったもん。」
遊部はしゃがみ尽くす二人のガヤを気にも留めず、カッターで顔出しの穴をあけようとするが、ここで一つの異変に気付く。
「やべえ、刃がもう切りづらいかも。」
「え、このままギコギコすんのはマズいか。」
「いやーちょっと怖いね...どうしよ。」
サビているカッターの刃をしまいながらどうしようかと上を向く遊部。
「ちょ、カッター誰か持ってない?」
「...あ、私持ってる!」
「お、柴北先生まじ?」
彼女はそう言って立ち上がると、カバンの中をガサゴソして中から小型の可愛いカッターを渡してきた。
「マジありがと!」
「うん、頑張って!」
柴北は再びクラス長の隣にしゃがみ込み、ちゃんと切れることを願いながらのぞき込むように遊部を見つめる。
「...っと切る前にごめん、もう一回顔測っていい?」
「いや良いけど怖いんだよこれ...」
遊部は立ち上がったクラス長の前に再度手を突き出し、顔の前で指を行ったり来たりさせて再度大きさを測る。
「あーこの目潰し未遂みたいなの怖い!てかこの動き意味あんのか!?」
「...へへっ。」
「無さそうじゃねえか!怖えからはよ終えてくれ!」
遊部は笑いながらしゃがみ込み再度指で覚えた輪郭をなぞり、ミント色の鮮やかなカッターで慎重に穴を作っていく。
「てか、下書きしないのかな。」
「それは遊部君なりのこだわりなんじゃないか?」
「んー、下書きって想像通りに書けないのよねー...。」
遊部自身はこだわりを小声で語りながら、地道な作業にとても集中し始める。
クラス長と柴北はその集中っぷりに緊張し始めたのか、なぜかしゃがんでいたのに立ち上がって彼の動向を見つめる。
今までにないほどに静かになった教室には、隣のクラスの笑い声が入り込んでくる。
看板組の方も今までとは比にならないくらいかなり進んでおり、効率を求めるとこんなにも早く進むのかと思ったクラス長は自らの行動力を反省して一人正座した。
若干いつもより早く感じる茜色の空から差し込む光に包まれ、今日の作業も終盤になってきたところで遊部がフッと髪を吹き上げてニヤッと笑うとそれに合わせて二人は目を見開く。
「「出来た!?」」
「あぁ、後はこれを少し押し込めば...」
プチっという音と思に綺麗な輪郭が地面に落ちると同時に、顔出しパーツが完成した。
「出来た!柴北先生ありがと!」
「うん!ちゃんと切れて良かった!」
柴北の元へ返そうと久々に立ち上がった遊部は痺れた足をガクガクさせながらカッターを返し、そのまま看板の方へ向かう。
「看板...お、進んでるじゃん!」
「ポスターもとりあえず終わったぞ。」
「今日は静かだったからものすごく進んだよ........。」
顔出しパネルの基盤、豊富な種類のポスター、そして完成間近の看板。
それぞれの班で大きく進んだ一歩に自分のクラスの凄さを感心しながら立ち上がったクラス長はふととあることに気づいてしまった。
「...今日、俺なんにもしてないや。」
クラス長は家に帰って朝までしゃがみ込んだ。
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