第17話 太陽を肩車して(二釈の夏休み)

昨日、行き過ぎた昼夜逆転を自重して深夜一時に自分のデカい体を布団に投げた。

時計は目を閉じる前から二十分くらいしか変わってない。

でもカーテンを開けてみれば、意味が分かる。


「十二時間くらい寝てたんだ.......。」


口数の少ない彼は大きくあくびをし、眠たい目を擦ると同時にちょうどいいタイミングで母親が入ってくる。


「あら、起きるの遅かったわねぇ」

「おう...めっちゃ寝たわ....。」


ボーっとしながらスマホを見つめ、クソゲーのログインボーナスを片っ端から頂いていく彼はなかなか布団のフカフカから出ることはできない。


「あんたさ、今日おばあちゃんの家行くけど行く?」

「あぁ...日帰りなら行こうかな......。」

「じゃあもう行くから準備して。」


布団に投げ込まれる着替えを拾い上げ、一瞬で着替え終わると色んな充電器とレトロな携帯ゲーム機をカバンにしまう。


「行けるよ。」

「はや、お母さんまだだから待って。」

「父さん先に車乗ってるからな。」


車内を冷やしに先に家を出る父と、その行動に急かされた気分になる母。

それを見守る二釈は忘れ物の確認だけサッと済ませると車内で一人ぼっちの父がこっちに戻ってこないように頃合いを見てドアを開ける。


日差しを堂々と浴びながら父の元へ向かい、涼しくなってる車内に声を上げる。


「涼しいわ......。」

「...その、どうなんだ高校生活は。」

「いや、このタイミング......?」

「...辛かったら言うんだぞ。」


急な質問に何を言おうか考えていると、なんとも言えないタイミングで車に乗り込んできた母。

少しだけ感謝を心で唱えた二釈、母と二人で父に運転よろしくと伝えるのはこの家のマナーだ。


「タカシは高校生活どうなのよ。」

「良い感じだよ......。」

「いつでも休んでいいからね。」


さっきの感謝を速攻で取り消して一言伝えた二釈は、外の雑音を蓋するようにイヤホンをつける。

今の季節、そしてドライブの景色にピッタリのサマーチューンを聞きながら窓を眺めているが、正直外の景色の情報は二釈の脳みそに届いていない。


十二時間も寝たせいで逆に眠いという現象が起きている。


「...寝るから起こして.......。」


イヤホンを着けながらそれだけ伝えると、車に小さく揺られながら目を閉じる。

真っ暗な世界にはホワイトムスクの香りと、アチチな感じの歌詞が脳みそを刺激する。


「...おーい。」

「ついたぞ、降りなさい。」

「...うぃ.......。」


車に揺られて何分経っただろうか、また眠たい目を擦り今日は疲れが取れないダメな日だとつぶやく。


「お邪魔します.......。」

「いらっしゃいタカシ、学校はどうなんだい?」

「いきなり......?」


二釈はどいつもこいつもと笑ってスルーし、リビングにいる従妹にも頭を下げる。


「タカシにいちゃん、遊ぼ。」

「おお、いいぞ.......。」


あたふたしながらなるべく触れないように手を後ろに組んで横に揺れるその姿はゲーム中盤の敵キャラである。


「外遊び行こ。」

「え、ちょっとゆっくり......」


真顔でズボンをクイクイしてくる子供の純粋な瞳、周りの視線的にもちろん断れるはずもなく、二釈はスマホと財布をしまって準備する。


「夜ごはん鰻だって」

「まじか、まあ十八時前には帰ってくるわ.......。」


扉を開け、田舎の風を大きな体に受けながら小さな手を握り公園へ向かう。


「会うの久しぶりだな.......。」

「うん。」


不愛想な返事に、本当に俺と遊びたかったのかという思いと、顔で分かるくらいには人間らしく成長したなと心で思いながらゆっくり歩く。


「...お兄ちゃんって何食べて大きくなったの?」

「え...?」


ただの一本道で急に立ち止まった少女は、何を思ったのか二釈を見上げて興味津々に聞いてきた。


「いいから教えて。」

「あぁ...でも魚かなぁ.......。」


少女はどうやら背が低いことが小学三年になってコンプレックスになってしまったらしく、優しい言葉をかけて上げたいがどれが正解か分からない二釈はグルグル脳みそをまわす。


「背高くても良いことないよ......。」

「...そういうことじゃないもん。」


一番手前の地雷を両足ジャンプで踏んでしまった二釈、少しだけ不機嫌になった子供をなだめるように自販機のデカい缶サイダーを渡す。


「ごめん、そういう訳じゃないから.......。」

「一番上のジュース届くじゃん。」

「いやまあそれは......。」


両手で一気に飲み、残りは要らないと渡された二釈は全部その場で飲み干してしゃっくりを抑えてごみ箱に捨てる。


「俺も伸びたのは中学くらいだったからな.......。」


あと何年もあるから大丈夫だとなんとかそのトークを流すとまた"あの"質問が飛んでくる。


「中学と言えば、学校はどうなの?」

「アンタもか........。」


正直この質問にはうんざり二釈だが、こう聞かれるのも理由がある。



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「はいジャン負け荷物持ちな。」

「はぁ.......。」


振りかぶる拳、五人いる中自分だけパーのジャンケン。


「勝った.......。」

「...じゃあ二釈が持てよ。」


一瞬固まる空気と四人の目配せで彼は察していた。


「負けが持つルールなんじゃ.......。」

「は?勝ちが持つルールにしたろ?」

「学級委員の彼が言ってんだぞ!?」


女々しいその言い訳、言い返すことで得られるデメリットを想像するだけで気持ち悪くなった二釈は無理やり愛想笑いをして四人のカバンを持って帰る。


「じゃあな!」

「これからもよろしくー!」



学年が上がり中学二年の春、これまで温厚にできていた生活が新たなクラス替えでぶっ壊れることを察した。


小さなそういう積み重ねの悪い刺激が自分も気づかないうちにパンパンになっていた。


季節が変わるごとにより暗くなってく顔と聴く音楽、減っていく登校数に親も察して彼を肯定していく。


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「確かに、去年あった時死んだ目してたかもな........。」

「うん。」

「はっきり言うなよ.........。」


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高校入学、一日目のあの空気。

"だれかクラス長に立候補してくれ"

という雰囲気に、実は一人だけ違うことを思っていた男がいた。


"俺がクラス長になればいいんじゃ......?"


受け身の姿勢じゃまた去年の感じになってしまうかもしれない。


ならいっそのこと自分がクラス長に慣れば、立場的な不利は全くなくなる。


自分が先頭に立ってクラスの悪を無くそう。


が、立ち上がろうとするたびに回る負の思考回路のせいで足が動かない。


自分の失態でクラスに迷惑をかけたらどうしようか。


自分のこの性格と喋り方は向いてないんじゃないのか。


周りのためではなく自分のためになるクラス長ってどうなんだろうか。


「...えっと、あ、あー。」

思考の外側から聞こえた覚悟の声は震えていて、なにより足とかめっちゃ震えていた。

他のクラスメイトの注目を浴びた彼は、周りの声を聴く前に勢い良く頭を下げてその場を走り去っていく。



彼が席を立った後もしばらくできていない周りの空気。

クラス長を待つ間、自分の前の席に座っていた男がパッと立ち上がり黒板へ歩きチョークを持つ。


「...なんか二人が職員室から戻ってくる前に前に決めちゃいません?」


また周りをキョロキョロするクラスメイト達、空気的に一人になっている彼をみて、とうとう自分も立ち上がってしまった。


一つの列から三人も立ち上がり、そういうネタみたいになってしまっているが立ち上がってしまった以上座れないので何とか前に出る。


「俺、書くの手伝うよ......。」


そんなこんなで無事に決まったクラス内の役割。

二釈以外にやりたい人が多すぎた放送委員、すっとその場を抜け何事もなかったように席へ着く。


職員室から帰ってきた二人は驚いていたが、すぐに飲み込んで帰りの会を始めたのを覚えている。


帰りの会も終わり、初めてのさようならを終えるとさっき残りの役割決めを促した明らかな陽キャラが背中をポンとたたいてくる。


「さっき助かったわマジで!」

「あぁ.......。」

「....てか背丈エグイな!」

「あ、まあ.......。」

大声の元気野郎、中学の頃ならエネミーである。

同じような香りにいつも通りバレない愛想笑いを使うと、意外な反応が返ってきた。

「...ごめんごめん、俺喋りすぎてんな。」

「え......?」

「ちょ、さっきの助かったからまじでジュース奢らしてくれ!」

「いや...そんな...」

一生馴染むことが無かったと思った彼とはいの一番に仲良くなり温厚な学校生活が戻って来そうだった。


数週間後の掃除当番で初めてちゃんと喋るクラス長。

「ごめんよ、クラス長も......」

「え?あぁ、全然大丈夫よ...。」

優しい彼はどうやら部活があると言って言い訳していた二人を帰らせてしまったようで、とても申し訳なさそうな顔をする。

その顔を見て二釈は察した。


"アイツらとは絶対違うタイプだ"


彼を一人にしないようになんとかユーモアをひねり出す。

「さっさと終わらせてアイツらも掃除しようか……。」

「!!」

驚かしてしまったかと当時は思っていたが、チャンスをしっかり返してくる二釈の意外性に驚いていたことは仲良くなってから知った。


終わりのチリトリじゃんけん、終えた後に合わす真剣な目。

ここから仲良くなり始めた彼ら。

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「良くも悪くも小学生って素直だからさ......。」

「...うん。」

「身長の事、中学の頃の俺みたいに色々言われるかもしれないけど......」

暖かな日だまりが包む夏の公園についた二人は、別にやる事もないので公園の中の階段を上り、見晴らしのいい橋から外を見つめる。

「その辛い時期は、抜け出せるタイミングが絶対どこかで出てくると思うから........。」

「...タカシにいちゃん。」


「その扉は絶対に離さないってことが、大事だと思うな。」


二釈は美味しい空気を吸いこみ、すっきりした表情をすると沈む太陽を見つめて笑う。

「...あんま最後分かんなかった。」

「えっ...?」

「扉ってどういうこと?」

「いや、えっとあの......。」

良くも悪くも素直な子供に恥ずかしくなって顔を隠す十六時過ぎの公園。

大きく吸い込んだ空気よりも澄んでいて西に沈んでいる太陽よりも真っすぐ輝く彼女の瞳は、家に帰っても見れなかった。

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