第16話 枯れた都会、あつい二人(仲田の夏休み)
「シュンちゃん!こっち!」
「おーっす!」
太陽から身を守ってくれる駅構内は、夏休みなのにもかかわらずひと気が無い。
無人の駅に立つ大きな柱に背中を預け、走ってくるシュンちゃんと中学時代に作ったハンドシェイクを交わす。
「仲田なんか私服オシャレになったなぁ。」
「そっちこそなんか金のネックレスとかつけちゃって?」
「これはマジのパチモンだよ。」
「え、それどっち?」
他愛のない会話をしながら駅の外にあるベンチへと座った二人は、ダラリとスマホを見なが大きな失敗に気づく。
「ごめんシュンちゃん、ノープランはミスったな。」
「...まあ、いつも上手くいってたじゃん?」
暑さで目をギュッとさせ、デコに手を当て太陽の光を遮りながら見るスマホ。
「てか、昼飯食った?」
「あーまだ......え、あそこのラーメンってまだある?」
「あー!ある!」
ケツが焼ける前に立ち上がった二人、少し歩きながら世間話をするのはあの頃と何も変わらない。
変わったもので言えば外の気温と身長と少しの経験くらいだろう。
「いやー、久々に来たけど懐かしいわ」
「あそこのゲーセンとか行ってたよな」
「あぁ、自称世界一デカいゲーセンね。」
「地元の外出るまで本気で信じてたんだけどな。」
あの時に話しきれなかった昔の思い出、そして再会するまでに二人が別の道で紡いできた人生を言葉で切り取りながら同じ歩幅で横を歩く。
「高校生活はどう?」
「いやー楽しいよ。」
「...そっか。」
中学の頃、顧問のスタンスに耐えられず退部してしまった仲田。
そんな彼の背中を見送ったシュンちゃんは、楽しそうに今年を話す彼の姿を見てホッとする。
「まあ、正直あの時の部活は後悔してる部分もあるけど,,,。」
「そうなの?」
「...ま、そんなん言ってたらキリないよな!」
仲田は自分から出した話題を過ぎに引っ込め、大袈裟に空腹をうたいながらやってきたラーメン屋の中へ入っていく。
冷えた空調、ラーメン屋独特の香りにまるで山頂へ到達したかのような静かな喜びを分かち合う二人。
「二人で。」
「こちらどうぞ~。」
夏休みの昼13時にもかかわらず四人席へ案内された彼ら、冷たいソファで体を休めながらゆっくりとメニュー表を見る。
「あれ、デカ餃子って無くなった?」
「名前変わって餃子デカになったよ。」
「え?餃子デカは刑事じゃんもう。」
じっくりと写真を見つめ、何度も行ったり来たりするメニュー表。
口をウニュウニュさせながら審査員みたいな顔で首をかしげるシュンちゃんに早くしてくれ~という思いは今も変わっていない。
「決めた?」
「うん、いいよ。」
ピンポンを鳴らすとやってくる同じ年くらいの店員。
「えーっと、あと餃子デカで。」
「はい、餃子デカですね。」
「...い、以上で。」
餃子デカの名前を堪えてなんとか注文を終えると、話は次の行き先に。
「シャッター街ってまだシャッター街?」
「あぁ、出店もあるけどすぐ変わるなぁ。」
「まあ、俺らが幼少期の頃がピークだったんだな。」
ひと気の無い駅、小さなゲームセンター、幼少期がピークの商店街。
仲田の住んでいるこの街はだんだん色褪せていき、中学の頃には寂れてしまった。
自然を取り壊し作られた都市、見渡してあるものといえば無駄に広い道路やずっとテナント募集されている建物ばかり。
先人たちが残した都会の残骸である。
「よく言えば味があるってことなんだろーけどさ。」
「でも学生は楽しくないぜ~?」
「だよな~、エモを吸いに帰ってくるくらいが丁度いいわ。」
外の景色を見ながら地元の話に花を咲かしていると、あっという間にラーメンと餃子がやってきた。
「シュンちゃんさ、祭りの日覚えてる?」
「あー!屋台並ぶの嫌すぎて何もせず帰ったやつ!?」
「そうそう!そんで祭りの金ここで使ってさ。」
思い出を吐き出し麺をすする。
当たり前だった日常がずっとあったはずで。
祭りのために向かう小さな公民館
新作のゲームを買うために向かう商店街
空腹を満たすために向かうラーメン屋
動機を原動力に、二人ならどこへでも行けた。
部活、そしてクラス。
当たり前にいると思ってた場所を離れた二人の再開は大層なものではなくて。
ちょっと抜けてた分の穴埋めはあっという間にできそうだ。
「ごちそうさまでしたー。」
「お客様おかえりでーす!」
会計を済ませた二人は店員の威勢がいい声を背に再び灼熱の街を歩く。
「ふー、食ったな。」
「じゃあ、商店街行こっか。」
徒歩約三十分。
たった十五分の昼休みを使ってグラウンドを駆けまわっていた二人からしたら、こんな時間はあっという間だろう。
「...今どんくらい?」
「あの公園通ったら半分くらい。」
「「なっげええ...」」
ため息は熱に溶け、途中耐えきれず買った自販機のサイダーも空っぽである。
「商店街今何やってんのかな。」
「前軽く見た時トニィタウンはあった。」
「まじ?サイコロボあるかな。」
おばあちゃんと息子っぽい人で経営していた小さなおもちゃ屋"トニィタウン"
サイコロボはロボットの形をしたサイコロを振るだけのおもちゃ。
「サイコロボなっつ!!久々に聞いたわ。」
「中一の頃よくやったよな。」
拡張パーツやデコレーションによるオリジナル感に、当時の彼らはとにかくくぎ付けだった。
ジャンケンの代わりにサイコロボ、喧嘩の代わりにサイコロボ、仲直りの後のサイコロボ。
「あれさ、マジで流行ったの謎だよな。」
「な、俺最後サイコロ無くして泣いたもん。」
ゲーム機ブームの中突如現れた新星のアナログ玩具は案外あっけなく終わり、みんな何事もなかったようにゲームへと戻って行った。
「ドラゴンドランカーとか欲しすぎたよな。」
「あぁ、正直サイコロ振るだけの玩具なのにな。」
「...まあ、良い思い出か。」
暑い日向を遮る屋根、中学の頃からずっと閉店セールをしている服屋。
あの日二人で見た青春の場所はほとんど変わってなかった。
「まあ、いっても一年半くらいだしな。」
「確かに、案外変わらないもんか。」
案外変わらないシャッター街。変わっていてほしかった気持ちを抑えて眺める小さな服屋の数々。
「あれ、仲田が今着てるやつじゃん。」
「...前20パーオフだったのに」
70パーセントオフの数字に肩を落とす仲田、現実から目を背けるようにそそくさと去っていく。
なにか入れるところはないか、落書きされたシャッターだらけの世界に見つけたひとつの扉。
「...あ、あった!」
目を光らして飛びつくように走っていくシュンちゃんを必死に追いかけついたその場所は、かつてサイコロボを買ったあのおもちゃ屋。
「いらっしゃい。」
「久しぶり~!」
ギャルみたいなレスと手の振り方をして久々の再開をしている二人を背にグルグルおもちゃを見てまわる仲田。
「...うっわ、懐かしいな。」
あの頃やってたアニメの流行りに乗っかっただけのカードゲームのパックや少年誌の漫画になってたおもちゃがズラリと並んでいる。
「え、ドラゴンドランカーの新品!?」
「はっ?マジで言ってる?」
分厚いパッケージに二人は目を光らせて近づく。
「シュンちゃん、しかも値段700円だぞ...?」
「え、もう買うだろんなもん。」
二人は当時喉から手が出るほど欲しかったロボットと拡張パーツを手に取り、ポッケから財布を出した。
「...ありがとうねえ。」
「じゃあなばあちゃん!」
「てか前からそんな感じだった?」
扉が閉まるまで手を振り続けるシュンちゃんを待ち、ニンマリした顔で店を出た二人は、あの日サイコロを転がした公園へ向かう。
「なんか、こんなにやる事無かったっけ。」
「まあ、買い食いできる店も潰れてるしな...。」
外から見ると変わらなくても入ってみると案外無くなっていることに気づいて少しだけ悲しくなる。
「...こんないい雰囲気の時に言うのあれなんだけどさ。」
「なによシュンちゃん。」
日向に飛び出す一歩手前で急に立ち止まったシュンちゃんは少し緊張したようなそぶりで胸をなでおろし仲田の方を向く。
「陸上部、入ってきてくれないか。」
「...え?へへっ、なんだよ急に。」
一年ながらに期待をされている新人の彼はあの日のライバルに頭を下げて必死に頼み込んできた。
「この前の体育祭、俺が勝ったじゃん。」
「頼む...陸上部全員が求めてる。」
さっきまでの空気とは打って変わり、仲田の表情から笑顔が消える。
くしゃくしゃになるレジ袋の持ち手にはじんわりと浮き出た汗が流れ落ちる。
「俺が誘った時からそのプランだったの。」
「いや...それは...。」
「シュンちゃん、ノープランじゃんいつも俺たちってさ。」
「....ごめん。」
青になる信号の音と、どこかで巣を作っているキジバトの鳴き声が響くアーケード前の交差点。
仲田は下唇を噛み、感情を押し殺して飲み込んだ。
「...まあ、俺も変な空気にはしたくない。」
「仲田...」
「サイコロボで勝負しよう。」
二人の街を照らす白い光に包まれる公園のベンチ、汗を垂らしながら開けるドラゴンドランカー。
さっきまで目を光らせていた個包装はゴミになる。
「よし...ルールは覚えてるね?」
「うん...シンプルに数字の大きい方が勝ち。」
「場外に出たらそれはもう、ゼロだから。」
二人はそれぞれのドラゴンドランカーをセットし見つめあう。
「先にシュンちゃんからやって。」
「あぁ...行くぜ。」
押し込むレバー、吐き出されるサイコロ。
そして、出た賽の目に目を疑う仲田と嬉しい表情をぐっとこらえるシュンちゃん。
「次の数字×2!?」
「...。」
「...シュンちゃん、本気なんだな。」
「...覚悟決めないと、アンタは超えられないんだ...。」
もう一度セットし、振り込むサイコロ。
出た目は四、二倍で八。
「八...か。」
「...ごめん、こんな重大なものに」
「謝るなシュンちゃん、俺らはずっとこれで決めてきたんだから。」
ドラゴンドランカーの背中に拡張パーツをセットする仲田。
「シュンちゃん、覚悟を決めてるのはアンタだけじゃない。」
「...え?」
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
大きな声と共に発射されたサイコロ。
「六...」
「...と三...二...六、四...え、え、え?」
大きい声で隠した連射、ポコポコ吐き出されたサイコロ。
「十個発射、ステージに残った合計は四十三。俺の勝ちだな。」
どう考えてもズルっぽいが、素直に敗北を受け止めて太ももを叩くシュンちゃん。
「...シュンちゃん、俺はあの後悔を悪だと思ってない。」
「...え?」
「あの時辞めてなかったら辞めてなかったで、辞めずに中学の青春を無駄にしたって後悔してる可能性もあると思ったし。」
「...。」
「何しても後悔はキリ無くやってくる。だから未来の自分を笑顔でいられるための選択を今の俺がしてやんなくちゃって決めたんだ。」
「...そっか。」
仲田はそう言いながら笑うと、落ちたサイコロを拾い上げゴミにした個包装にしまい込む。
「まあこんなカッコつけたけど誘われた時、一瞬陸上部のマネージャーのこと考えて心傾いたけどな。」
「...なんか、色々軽はずみだった、改めてごめん。」
「気にすんなよ、ここまでアツくなれるのはシュンちゃんくらいなんだから。」
レジ袋に入ったグチャグチャのおもちゃを片手にケツが火傷しそうなベンチを立ち駅へ向かう。
「てか、俺も謝んねえといけねえことある。」
「なにを謝るのさ。」
「あの時、一番後悔したのってやめたことじゃねえんだ。」
仲田はシュンちゃんの方を向くと、思い切り頭を下げる。
「あの時、相談せずに勝手にやめてごめん!!」
彼はずっと心の内に引っ込めた後悔をとうとう吐き出すと、シュンちゃんは頭を上げてと折れ曲がった背中をポンポン叩いた。
「いや、あれは仲田の感情に気づけなかった俺が悪かったから...。」
「いやいや、これは絶対伝えるべきだった...。」
申し訳なさそうな顔でうつむく仲田の視線に右手を出す彼。
「...俺さ、仲田の分も頑張ろうと思う。」
「シュンちゃん...?」
「分かんないけど...きっと未来の俺はそれを望んでる。」
「...シュンちゃん!」
差し伸べた手にハイタッチをし、そのままいつものハンドシェイクをする二人。
過去のライバルを背負ったシュンちゃん、囚われてた後悔から解放された仲田。
二人の目にはそれぞれ未来に背負った"覚悟"が見えた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます