第11話 閉幕へのカウントダウン (体育祭編#5 終)
気温にも負けないほどに温まり切った会場の空気に吹く午後の風。
保健室に進んだ一人を抜いた二十九名は目をギンギンに光らし、最終決戦に備えた
「じゃあ最後にクラスちょ....監督、なにかあるでござるか?」
「え、あー...そうだな。」
無茶ブリにも慣れ切ったクラス長は、一度咳ばらいをして全員と目を合わせる。
「こういう時、二位とかから逆転するのがアツくなると思うんですが...。」
「...」
「でも、みんな凄すぎて普通に一位独走状態です。」
「...」
「ドべにならなければ多分一位です。」
「...」
「...でもここも一位取って、体育祭の天下取りましょう!」
「「...おーっ!!」」
外にあふれるホームのような空気感と笑い声、肩の力も抜けて最高の状態になった四人は彼らの声援を受け止め、集合場所へ向かう。
「ま、クラス長が覚醒してたらドベでも一位だったかもしれないけどな。」
「白佳...それバレてないから言わないでくれ。」
ジャンプをする飛橋
姿勢を正し真っすぐした目の澪島
胸を張り堂々と先頭を歩く桝田
結果を残しているのにいまいち目立っていないことに不満な表情を浮かべながら伊須
それぞれ感情を内に秘めながら歩く後ろ姿、あの時トライアウトをやった甲斐があったと見送った全員が頷いた。
大人の手により、大きなトラックに設置されたそれぞれの障害物。
集合した戦士たちはそれぞれの場所へと走って向かうと、各々のウォーミングアップをすます。
スタート地点少し先に置かれた麻袋、それを吐きながらコーナーを曲がった先には五メートルの平均台が二つ、合計十メートルの平均台を超えた先にあるのは雑に置かれた大きな網。
そこを抜けた校舎前最後の一直線の真ん中にはパンがつるされている。
「仲田君、パン置かれ始めたわよ。」
「...あ、もう始まるんだ。」
青いバケツを両手で抱きながら心の中で応援する仲田を隔てた窓の外側で、いよいよ最終決戦が始まる。
まるで応援合戦のような声援が飛び交う校舎、それにこたえるように叫ぶ人たちまで現れ戦いは始まる前からヒートアップ状態。
「四百メートルリレーより盛り上がるんだ。」
「なんか、本気なのが俺たちだけじゃなくてよかったな.......。」
一年生だろうが開幕前から関係なく大きな声を出して応援する三年生、仲間の彼らは負けじと大きな声で歓声に参加していく。
「この銃声も最後か.......。」
「...そうだな。」
それぞれの試練に配置された生徒達、準備を察して一度静まり返るグラウンド。
「いちについて.......よーいっ」
鳴り響く銃声、地に響く歓声。
走り出す一番手の四人はほとんど同着で麻袋にたどり着く。
「飛橋くん!頑張って!」
ふわふわしていた彼女も真っすぐな声を届け、同じ世界を戦った彼に声援を送る。
そんな声を受け取った彼の隣では、ほとんど飛ばずに小刻みに尻を振りながら猛スピードで前へ進んでいく生徒が。
「なんだアイツ!?」
「ほとんど走ってるみたいだろ?ほとんど走ってんだよ。」
大雑把なルールしか存在していないこのゲーム、面白くて強い技を思いついたもの勝ちのようなものなので隣のクラスに大きく差をつけてしまう飛橋
「クッソ...あんなやつに負けたくねえ......!!」
なんの曇りもないその思いと共に大地を強く蹴り上げた飛橋は、タスキをなびかせながら転ぶのを覚悟で大きく前に飛ぶ。
「飛橋くん、あのままじゃ...!」
「うおおおおおお....!」
右手で麻袋を抑えながら、もう片手を受け身を取る。
「...そのまま手の力でもっかい飛んだ!?」
「任せたぜ澪島。」
片手ロンダートのような技の発動に大盛り上がりの会場、スムーズな動きで澪島にタスキが繋がれた。
「いや、二段ジャンプの流れだろ!」
「まあ"足"をつけずに二回飛んでるから実質二段ジャンプか......。」
ハチャメチャな理論だが、もはやそんなことどうでもいいくらいに会場は爆発的な盛り上がりを見せている。
タスキを受け取った澪島はリレーでの疲労を見せないままトラックをクールに走り抜けていく。
「お、追いついた。」
「...あなたは!?」
「あれ、仲田じゃないの?」
圧倒的スピードで
「仲田どこにもいないじゃん。」
「...どうやらご飯食い過ぎたらしいわよ。」
「はは、仲田らしいや。」
長い平均台、綺麗な姿勢でデッドヒートをかます二人のスピードにもう他だれもついてこれない。
「じゃあ仲田の代わりってことか?」
「もし...彼から勝ちとったって言ったら信じる?」
「...まじで!?」
「彼に勝った私、勝ってみてよ。」
「はっ、言うねえ...」
余裕を見せている澪島だが本当はマズいと悟っている。
平均台を降りた数十メートルの直線全力ダッシュでは多少差をつけただけでは勝てないと気付いた瞬間、安全よりもスピードを取り始める。
「...やらなきゃ。」
平均台の上を横向きのギャロップで駆け抜けていく澪島、落ちたらやり直しのこの場所で一か八かの大勝負に出た。
「やべ、なんだそれ!」
華麗なステップでみるみる差をつけていく澪島はだれよりも早く平均台を降り、後ろから迫ってくる雰囲気にビクともせずタスキを渡した。
「ふん、よくやったぞ。」
筋肉隆々の彼はプルバックカーのようなスピードでスルスルと網の中を駆け抜けていく。
「あれ、さっき俺らとの試合に負けた人じゃないスカ?」
「んん?お前は確か...棒引きのリーダーか。」
「アンタ以外驚異でもなんでも無かったよ。」
網の中、後ろの邪魔をしながら的確なコースを狙う敵から喧嘩を売られる桝田は気を散らさないように前だけ見る
「あのリーダー、なんか泣いてたし。」
「...」
「アンタがリーダーやった方がマシだよ。」
「...やっぱり人間そんなもんか。」
桝田は煽りをものともせず、むしろ嘲笑を浮かべていた。
「なにも分かっていない奴ほど人を落としたがる。」
「...は?」
「彼は確かに運動も勉学も高いとはいえん、だがな...。」
重力に従順な網を振り払いながら桝田は追い付かれかけている相手の隣で話ながら網を脱いだ。
「人を惹きつける"なにか"、我の力では中々説明できないが確かに存在するなにかを持っているんだよ。」
「...なんだそれ。」
「...ま、少なくともお主にはなさそうだな。」
一方そのころ最終コーナーで待つ一人の女性。
「え、このまま余裕だったら本当に見せ場ないじゃん。」
ここぞとばかりにウォーミングアップを始めながら網での戦いを応援する伊須、その隣では負のオーラを纏った男が大きなため息をついていた。
「あなたはこの試合、どう思いますか?」
「え、えーっと...白佳君と試合してた子だっけ?」
「あぁ失礼申し遅れました私、この戦いのトリを務める
「い、伊須です...。」
伊須は少し薄気味悪いと思いながらも、目立てるチャンスではないのかと知らない生徒の話を聞いてみる。
「体育祭、私は最後まで良さが分かりませんでした。」
大鳥は首をかしげながら不満をブツブツ吐き始め、伊須はその言葉に呆然とするしかなかった。
「大体名前が大鳥ってだけで面倒ごとを押し付けられですね...そもそもそんな目立ちたいタイプでもないんですよ?」
どんどんと溢れてくる彼の言葉に嫌気がさした伊須は、彼の言葉にかぶせるように愚痴を吐いた。
「私だって体育祭は嫌い!」
「...え?」
「だってこんだけちゃんとやってるのにずっと光が当たらないし!」
「はあ。」
「一位取ったのにボロボロの仲田君の方がフォーカス当たって...まあしょうがないんだけど。」
思ったよりもあふれてくる愚痴に呆然と立と尽くす大鳥の姿を伊須は全く気にせず次々と言葉を吐き出し返す。
「真逆の悩みだけど、嫌なのは一緒ね。」
「ないものねだりですか......。」
「でもね、一つあなたと私大きく違う部分がある。」
伊須は人差し指で大鳥を指さし決めポーズをする。
「それは....あ、ごめん桝田君来ちゃった。」
桝田は脱いだタスキをスムーズに渡し、伊須は不完全燃焼のまま猛スピードで駆け抜けていく。
「最後までうまくいかないけど...」
空腹の伊須、ロイター版を踏んだかのような跳躍力であんパンを噛み取り余裕でゴールイン。
「「うおおおおおおおおお!」」
地面にも響く大きな歓声、ゴールテープのその先であんパンにかじりつく伊須の姿はまるで金メダリストであった。
「って全然ご飯食って無いからあんパンうっま。」
数分後
「はあ..はあ...結局最下位でした。」
「お疲れさま。」
伊須はゴール後に待たされる謎の時間で大鳥の隣で残りのあんパンを食べていた。
「あの...先ほどは急に愚痴を吐いてしまいすみませんでした...。」
「うん?まあこっちも言っちゃったしお互い様。」
伊須は二人だけの内緒だと人差し指を立てると、じゃあねと言いながら仲間の元へ立ち去って行った。
「...大きく違う部分ってなんだったんだろうか。」
さらに数分後
「帰ってきたぞ!四人のソルジャーが!」
「良かったぞ~!」
「マジで良くやった!!」
それぞれ自分と仲のいいメンバーの元へ駆けつけ、冷めやらぬ興奮と感動を分けっこしている。
「飛橋くん、二段ジャンプカッコよかった!」
「え、えーっと、あ、うん、そうそう、あれが俺の必殺二段ジャンプなのよ...。」
「澪島さん、仲田の友人とやってたな.......。」
「いや、本当に危なかったわ...でも、強い人とやれて良かった。」
「桝田、棒引きの分取り返してくれてありがとう。」
「クラス長、アナタのおかげだ。」
「...伊須さん、大鳥と喋ってたけど...大丈夫だったか?」
「白佳君......あ!彼に言うこと忘れてた!」
盛り上がりは収まることなくあっという間の表彰式。
「お、仲田おかえり!」
「おう、保健室で喜んでた!興奮で全部吐いた!」
「きったねえ...けど優勝したからいいわ。」
一年の総合得点はブッチギリで長暮のクラス。
分かっていても前後左右の奴らと大きく喜んだ。
「それじゃ代表選手一人出てきてください。」
「え?え?」
「だれ、決めてた?」
周りでキョロキョロする中、担任の六澤が後ろからスッと長暮の背中を押した。
「監督、行ってこい」
「え、先生ちょっと。」
体育すわりをしてる生徒の間を通り慣れない教壇に上るクラス長、校長はゆっくりと賞状の内容を読み上げると、両手での授与とトロフィーを授与した。
「なんか、優勝ということで一言。」
「え!?あ、えーっと...。」
見てわかる焦った挙動に笑いが生まれる中、クラス長は目をつむり深呼吸をして整える。
「えーっと...あの、みんなのおかげで優勝して...あのー自分の敗北も取り返して...あっあの自分棒引きで負けたんですけど、あのなんであのー嬉しいって思ってます...。」
「クラス長ー!もっかい!」
スッキリしない空気感を壊すように響く元気になったアイツの声。
「えー、一年二組最高!ありがとう!!」
簡潔な一言に盛り上がる今日を生き抜いた戦士たち。
余韻はなかなか抜けることなく、なんでもない授業でもしばらく続いていった。
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