第10話 大胆なチキン (体育祭編#4)

戦いは一度休戦、生徒はそれぞれ好きなところに行き昼飯の時間をつぶしている。

「四百メートルなら一位取ってくれそうだな.......。」

「マジで応援しないとな。」

「チキンおにぎりうめえ。」

クラスの椅子にとどまったいつもの三人はプログラム表を見ながら残りの試合数を数え、どうなったら一位になるかを考えている。

「瀧田には俺の分をさっき託してきた。」

「あ、それで話してたのか.......。」

「見てやば、中にこんなマヨネーズ入ってるわ。」

勝利と青春を経験した男は余裕綽々で飯を貪り、敗北を経験し背中にカルマを背負った二人は喉に通らない飯を少しずつ水で流し込んでエネルギーを無理やり蓄えていく。


彼らの前では味の濃い焼きそばはただの糸、ふりかけは砂を食っているに過ぎない。

夏バテとは別のものでやられている彼らは必死になりながらクラスの未来に賭けた。

「こんなんならゼリーとかにすればよかった...。」

「間違いない。」

「肉無い部分もタレのおかげで米が美味いんだよ。」

快晴の中運動を続けた生徒たちは飯を食い進め、体育祭も後半戦へ。



「...ちょっと障害物競争になったら起こしてくれ。」

「だから食い過ぎは辞めろって言ったのに......。」

「チキンおにぎり三個?多いよ。」

先ほどまで意気揚々とムシャムシャ食い進めていた仲田は、背中をさすられながら死にかけの目を必死に瞬きしながら大きなため息を連射して中の気持ち悪い成分をなるべく外に出そうとする。


「マジで気持ち悪かったら保健室行くから言えよな.......。」

「...ごめん、さっきあんなに予想とかしたのにな。」

「いや、ずっとチキンおにぎりのはなししかしてなかったぞお前。」

快晴の下、瞼の裏にまで突き刺さる太陽の光を濡れたタオルでガードし椅子の頭を枕にだらけ込む。

「マジで死ぬのだけやめてな......。」

「ううううい.....」

「死んだら死んだって言ってな。」

「うう、あぁ、それは...あぁ、無理だ...。」

「ごめんごめん、休んでくれ。」

明らかにいつもより弱く、真下に溢してしまうようなツッコミをする仲田を隣で看病する二釈にとある合図を送ったクラス長は立ち上がってその場を走って離れていった。

「やべ、今のなんの合図だったんだろ.......。」

「...うええ、飯前までツッコミだったのに。」


後半戦のプログラムはもちろん彼の回復を待たない。

次々進んでいく準備や競技を座りながら見ることしかできない二釈は出来る範囲で応援しながら基本的には看病に集中する。

「ちょ、クラス長は何やってんだ......。」

「二釈、大丈夫か?」

クラス全体が気にしながらも二釈は大丈夫だと大きく頷き、次のプログラムの始まりは生徒達を心配させないように応援にも気を使っていた。

二釈はなかなか帰ってこないクラス長に少し不安を持ちながら大きな手で背中をさする。


「........。」

スマホを見ても何も通知は来ておらず、あまりにも音沙汰がない二釈は無駄に溢れる緊張感と不安感でまともに試合が見れたものではなかった。

「飛橋、今何位だった......?」

「え、あぁ二位っす!」

飛橋はクラス長の席に座り、看病の手伝いをしながら辺りを見渡してポツリと呟く

「あれ、そういえばクラス長は?」

「あぁ......なんかどっか行ったんだよ.......。」

二釈の隠しても分かる小さな不安に、飛橋は無駄な会話を躊躇って無言で必死に背中をさする。

次はメインイベントの四百メートル、クラス長も楽しみにしていた種目だが相変わらず帰ってこない。


「飛橋、お前羽原ははら出るなら前行って応援して来いよ......。」

「え?あぁ、でも。」

飛橋の友人が出ることを知っていた二釈は飛橋から冷えた水を預かると、大きな手で前に行けとジェスチャーをした。

「年一回の体育祭なんだから友達応援してやれ......。」

「...わかった、ありがと。」

飛橋は軽く頭を下げるとクラスの一番前に立ち、試合の開始と同時に大声を張り上げた。


そんな彼の声を聴きながら仲田の看病をしているととうとうクラス長が帰ってきた。

「ごめんごめん!お待たせ!」

「おま......って、え.....?」

大きなレジ袋を抱えて戻ってきた彼に怒りの声はすぐに引っ込んだ。

「ごめん、先生にバレないように外のコンビニでいろいろ買ってきた。」

「まじか...ありがとう......。」

「あ、瀧田さん終わっちゃってるじゃん!」

デコに冷たいジェルシートを貼りつけ、首に冷たいペットボトルを当てながら何事もなかったかのように四百メートルリレーを途中から応援するクラス長に対して緊張や不安から生まれていた言えない苛立ちは、いつの間にか言えるリスペクトに変わっていた。

「一位!澪島さん!差せ!差せ!」

「お、行ける.......!」

ゴールと共になる発砲音、クラス長たちの周りではハイタッチや肩を組んで喜ぶ生徒たちがいた。


「仲田ー、一位取ったぞー!」

「...おおぅ。」

弱い返事をする仲田の手に冷えたスポーツドリンクを握らせ飲むように指示するクラス長は二釈にレジ袋を見るように伝える。

「え、飲むゼリーじゃん......。」

「ちょっと一人で申し訳ないと思ってさ、看病ありがとな。」

「なんか、初めてちゃんとクラス長って思ったかも......。」

二釈はいただきますと軽く会釈すると、大きな手で思い切りパウチを握り締める。


「...えっ!?」

グチュウ......

という音と共に一切こぼれることなく口の中へ入り込んでいくゼリー、クラス長が二度見をしたタイミングではもう喉を通過していた。


「次、障害物リレーだぞ仲田。」

「マジか...ごめん、やっぱ俺ダメかも。」

「分かった、保健室行こう......。」

二釈はくたくたになった仲田を担ぎ、スキップを踏みながら運んで行った。

「...やっぱ飯って大事なんだな。」


そんな彼らとは別の場所で戦闘態勢に入る四人の戦士

最終戦の準備がいよいよ始まった。

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