第9話 騎馬トル・ロワイヤル (体育祭#3)

昼ごはん前の最終プログラム、腹をすかした生徒バーサーカーひきが戦いの準備を始める。

「二釈!俺の負け分も頼んだ!」

「かましてこいよ!」

「おう...任せろ......」

デカい腕をグルグル回しながら集合場所へ向かう二釈は背の高さから案の定目印にされる。


「ってかあいつやっぱ群抜いて背高いな...。」

クラス長は改めて彼の背の高さに思わず感嘆の声が漏れる。

「というか思ったんだけどさ、騎馬戦こんな早くやんの?」

「まあ、飯後だと吐いちゃうからじゃない?」

中学の頃よく吐かなかったなと心の中で思いながら二人は日差しをパンフレットで遮りながら人ごみに手を振る。


「いやー俺の分まで行って欲しいけどな。」

頭の中にくっつき続ける敗北をちまちま吐き出すクラス長の背中を小さく笑いながらポンポン叩く仲田は、その暖かさに余計反省する彼。

「クラス長、これしばらく引きずるだろ。」

「まあすぐ負けたし、俺のスキルが低かったし、変にダレちゃったし......」

仲田は次々に反省点を口にするクラス長の顔を手のひらで押さえつけながらもう片方の手でポケットから小銭を取り出すと、それを彼の手に握らせた。

「じゃ、負けた罰ってことで俺の水買ってきて。」

「え?」

「余ったら自分の買っていいからさ、この罰でモヤモヤ清算しろ。」

クラス長は上を向いて"ありがとう"と呟くと、校内の自販機へ向かって猛ダッシュしていった。


「ってか騎馬戦のメンバーも八人いんのかよ。」

「なー、多いよなー。」

「...え、シュンちゃん!!」

イスの後ろから相づちを打つのは、仲田と瞬間最大風速を巻き起こした同じ中学のシュンちゃんだった。

「先生にバレたらやばいんじゃないの?」

「バレねぇバレねぇ、うちの担任ゴリラだから。」

「バレたら終わりのタイプじゃん。」

少し心配になりながらも余裕そうなシュンちゃんの顔に安心して仲田はまあいいかと二釈の席を渡す。


「てかさ、騎馬戦の帽子?代わりにカチューシャらしいよ。」

「え、カチューシャ?」

「そう、デカくて星とかハートの触角がついてるやつ。」

自分のブロックが終わり、のんきに紙パックのミルクティーを細いストローで吸い込むシュンちゃんに生唾を飲み込む仲田。

「なに、エロい目で見んなよ。」

「ちげえよ、喉渇いてんだよ。」

そんな会話をしているとその後ろから缶とペットボトルを持ちながらスキップをするクラス長が帰ってきた。

「お待た...あ、ど、どうも。」

「こんにちは、さっき仲田とブチかました男です。」

「...あー!ほんとだ!」

驚きで落ちたペットボトルと缶、試合を終えた彼らのように水滴と砂まみれになってしまったそれを仲田は拾い上げる。


「俺ペットボトル、仲田はそっちね。」

「おう、ありが...ってなんでゼリーのやつ買ってきてんだよ!」

もらった缶の重量に思わず笑いながらツッコむ仲田、それを横目に笑うシュンちゃんを見たクラス長"初対面の相手に自分のボケが通った"と内心ホッとした。

「冗談だよ、俺まだ水あるからそっちもらうよ。」

ゼリーとスポドリの等価交換が完了して本当にのどが渇いていた仲田もホッとした。


「あ、てか俺負けたからジュース奢らなきゃ。」

「いいよ、いつもなんやかんや無しにしてたし。」

クラス長は喋っているシュンちゃんと仲田の前を申し訳なさそうに通りながら自分の席へ着く。

「あ、てか一応二人自己紹介しとく?」

仲田の計らいで、クラス長は座りかけた腰を上げ改めてシュンちゃんに会釈をする。

「仲田と途中まで同じ中学だった刈谷シュンです。」

「え!?」

さっきの試合と今聞いたバックボーンから一気に青春を感じたクラス長は腰がストンとイスに落ちた。 

「ごめんごめん...驚きすぎた。」

クラス長はサッと立ち上がり、クラス長ぽく見せるためゆっくり大きく頭を下げた。

「クラス長やってます、長暮エイジです。」

「あ、てかさっきうちのクラスと戦ってたよね?」

「...あ、そっちのクラスだったんですか!?」

驚きでもう一度抜けた腰、そのまま三人は隣にならびそれぞれのチームの騎馬の準備を眺めた。


「え、シュンちゃんの騎馬はどこ?」

「えー...あーあっちだ。」

シュンちゃんの差した指と対局位置にいる二釈を見つけた二人は安心そうだと安堵する。


「てか、そっちの後ろ抑えてるやつの背デカくね?」

少し前傾姿勢の騎馬の上を見て不安になる三人、その視線を察した二釈と目が合ってしまった彼らは体勢を低くしろと大きくジェスチャーした。

「よかった、これで安心...。」

「あいつとクラス長と三人でよく遊ぶんだよ。」

「そっか......青春してんなぁ。」

楽しそうにしている仲田をみて少しだけ安心したシュンちゃんは気合いをいれている自分のチームを眺めてひとつあることを思い出す。


「うちらのチーム、騎馬戦に命かけてるんだった。」

「え、そうなの?」

「そう、騎馬戦のために担任の授業一時間使ったんだよ。」

シュンちゃんの発言に驚いて思わず笑いがこぼれるが、よく考えてみれば彼らのクラスでもトライアウトと題して似たようなことをやっていたと気付いたクラス長はどこも同じなのかと笑いは共感へと変わっていき、口をつぐんで大きくうなずいた。


「お、始まるぞ...!」

もう慣れ始めた銃声を合図に駆け抜けたり、相手を待ったりと様々な作戦を実行しているチームを見ながらワクワクして戦いをみつめる。


「お、シュンちゃんのチーム一人取った!」

「やべ、さすがだな。」

二釈の騎馬は遠くで試合を眺めながらゆっくりと戦いを待つ。

「ってかなんで二釈後ろにしたんだろう...。」

常に中腰を続ける二釈に慈悲の思いで両手を握って勝利を祈ることしかできない彼ら。

それとは対極的にズバズバと戦場へ切り込んでいくシュンちゃんクラスの騎馬はとうとう鎮座する二釈の元へとかかってきた。

「いけええええええ!」

「やってやれええええ!」

全員席を立ち上がり空中で声をぶつけ合いながらひたすらに応援を叫ぶ彼らの先。

「やばい、取られる!」

「このまま全員やったれえぇ!!」

目を光らしてカチューシャに手を伸ばされる二釈の騎馬。

「後ろに...」

「のけ反った...!!」

二釈は後ろに傾き上の子の動きを操作をする

「え、デカい子の柔軟エグすぎない!?」

シュンちゃんの言葉でハッとして目を合わせる二人

「...だから後ろにしてたのか!!」

「さすがクラーケン!!」

二釈の騎馬は隙を突くように前傾姿勢でカチューシャを取り上げた。

「おおおおおおおお!!」

「すげえええええ!!」

声をキャッチした二釈はこっちを見てニヤリと笑う。


「今、隙あり!」

「...行かれた。」

余裕をぶっこいた二釈はシュンちゃんチームのもう一騎に取られていることに気づかずまだこっちを見て笑っている。

「ってか仲田のクラスのもう一騎は?」

「あぁ、スタートでこけてた。」

「え、じゃあ順位的には...?」

ほとんどの騎馬から帽子を取ったシュンちゃんチームが圧倒的な一位、一つだけ帽子を取れたこっちのチームは消去法で二位になった。


「現代文一時間潰した甲斐があったな。」

「二位...まあ全然いいけどあのミスはやってるな。」

「まあいいじゃん...どうせ俺最下位だし...。」

「おい!清算してないのかよ!」


試合も終わりズンとした気持ちを持ちながらズンとした体の男が帰ってきた。

「いや.......マジで...............。」

「相当落ち込んでるな。」

「二釈......」

クラス長は同じ境遇になった二釈の背中をさすりながら大きな掌に何かを握らせた。

「え、これって.........?」

「さっき全部飲んだゴミ、お前のモヤモヤと一緒に清算ゴミ捨てしてこいよ。」

「クラス長.......。」

「え、ちょ、待って!ごめん!ごめんって!」

二釈は強くゴミを握った大きな腕でクラス長の首を絞めながらゴミ箱へと向かっていった。


「まあ、どっちも楽しそうだし良かったんじゃないか?」

「ごめんな、変なもんに付き合わせて。」

笑いながらクラス長たちの動向を目を追いかける二人の前に現れた大きな男。

「...あ!先生!」

「シュン、他のクラスに行くなら先生にバレずにやれっていったよな?」

「ひい!すいません!」

二釈よりも大きな体の教師に担がれたシュンちゃんはつられた魚のようにジタバタしながら自分の元へ戻されて行った。


「昼飯前なのにみんな元気だなぁ。」

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