第7話 開幕、体育祭 (体育祭編#1)

六月上旬、梅雨入り前最後の快晴。

鮮やかな青色が広がる空の下でとうとう始まった体育祭

やる気が無いと言っていたやつもいざ自分の番が回ってくると……

「ま、ドベにならないようするわ。」

白佳しらけ殿…相変わらず素直じゃないでござるな。」

しらけた態度の彼も口ではそういいながら肩をならして準備をし始める。


「かくいうワテクシも、第一回以来一切顔を出してないでござる……。」

勝男はカバンの奥深くに隠してある推しの生写真を見つめ、栄養、パワー、やる気など、一瞬であらゆるものを補っていく。


「あんまり目立てていない分、しっかり結果を残すでござる…!」

滾っていた勝男は心でそう唱え空へと腕を伸ばし指を差した。


そんな男の後ろでは、いつもの三人組がイスにもたれながら雑談をしている。

「クラス長ー天下取ろー。」

「おい雑に使うな俺のヤツ。」

「持ちネタ扱いしてんじゃん......。」

空気中から水が染み出てきそうなほどの湿気を浴びている彼らは、体育祭のプログラムのしおりを見ながら自分の順番をただひたすらに待つ。


「…って俺もう始まるじゃん!」

「そっか一番目か!」

仲田は立ち上がり二人にグータッチをすると集合場所へと向かっていった。

「二釈は俺と一緒の棒引きだったよな。」

「いや、騎馬戦......。」

「あぁ、そういや上だったか!」

「いや、下の後ろ......。」

「…ごめん。」


そんなこんなで始まった100m走。

それと同時にもうひとつ、別の戦いが幕を開けていた。

「…私も頑張らなきゃ。」

仲田と同じく体育委員の彼女は足をクネクネさせて柔らかくしていると、後ろからもう一人の出場者がやってきた。

「あれ、もうみんな集まってんのか。」

「あ…飛橋さん」

「おお湯瑠川さん、みんなやる気あるなぁ!」

彼らは競技の顧問にしたがい、二つのブロックを作り始める。


「…湯瑠川さん、緊張してんの?」

「はい…悪い結果を出すにはいきませんから……。」

「まあ、Aブロックの一位は取ってくるから安心して。」

飛橋は握った自分の両手をプラプラさせながら余裕そうにつぶやくと、湯瑠川の方をニヤリと笑った。

「湯瑠川さん...二段ジャンプって信じる?」

「え?」

「足を付かずに二回飛べるやつ...なんだけどさ。」


一方そのころ、100m走の列では…

「皆さん集まりましたか?」

足に自信のある戦士たちをかき分け、仲田を見つけた白佳は隣へ立ち疑問をぶつける。

「アンタ、一番早いのにリレーじゃねえのかよ。」

「いやーバトン渡すの下手なんだよな、俺。」

「...そうとは思えないけどな。」

「ま、白佳も一緒に頑張ろうぜ!」

そう言いながら軽々しく肩をポンポンした仲田は、呼ばれた自分の順番位置へ進んでいく。

「…足早いからって主人公気取りかよ。」


スタートと同時に鳴り響く軽い銃声、ふわふわと浮かびスワッと消えていく白い煙。

一試合のスピード感がとても早いため、余裕を持ってた後ろのやつらも急いで緊張し始める。

「みんな速いなぁ...」

まるでロシアンルーレットの中で待機する弾丸のようにだんだんと自分の番が近づいてくる。


「うわ、やっぱり仲田じゃん!?」

「…おぉえ!?え、シュンちゃん!?」

仲田のとなりに座っていた彼、どうやら仲田の中学時代に一緒だった部活のメンバーらしい。


「こんなことあんのかよ!!」

中学三年に上がる前、何も伝えずに引っ越してしまった彼とまさかの再開に心が躍った二人は笑いながらにハイテンポでハンドシェイクを交わす。


「やっぱこういうのって体が覚えてるよな。」

「てか、こんな奇跡あんのかよ!」

思わず興奮して自分の太ももをバシバシ叩いて溜めきれない感動を外へ弾き出す仲田とシュンは、一人になってからの生まれた彼らの空白を速攻で埋めていく。


「そっか‥じゃあ仲田は陸上辞めちゃったんだ。」

この高校でも陸上部に入って活動しているシュンは、1年でもかなり期待されているらしく、今でもどこかで戦っているであろう仲田を頭の中でライバル視していた。

「まあ、もう部活はいいかなって。」

「そっか…まあ、あんなことあったらそうよな。」

仲田の中学は今の世間体をまったく気にしないスパルタだった。

行き過ぎた指導により仲間のケガも絶えず、とうとう二年の秋に肉体的にも精神的にもマズいと感じた仲田は、今後の学校生活と天秤にかけた結果退部をしてしまい、それ以降部活自体に対してのトラウマを持っていた。


中学あそこ高校ここは違うって分かってんだけどなぁ…。」

「まあ、俺はいつでも待ってるよ。」

「…ごめん、絶対高校では中学分も取り返すくらいに青春するって決めたんだ。」

他愛もない話をしていた彼らも準備の時間、昔のように横へ並ぶ彼らは懐かしい隣の光景におもわずほほ笑んだ。


「じゃ、今日くらいは俺と青春してくれよ。」

「…分かった、負けた方がジュース奢りな。」

掛け声の後鳴り響く銃声。

熱帯のような空気の中、爽やかな風を纏いながら走り抜けてく彼らの周りの歓声は、もはやどよめきであった。


…そんな口からどよめきを漏らした外の彼ら、先にゴールテープを切った仲田をみて大きく歓声を上げた。

「…あぶねえええっ!これ勝ったよな!?」

「なんか風来た気がするわ。」

「100m走でこんなに盛り上がれるんだ......。」

「1年の試合とは思えねえわ。」

張り裂けるような叫び声、真っ赤になることを気にしないような大きな拍手は自然と他のクラスに伝染していった。


「白佳殿…大丈夫でござるか…?」


…白熱した試合の裏側、同じクラスの彼はボソッと文句を吐き捨てていた。

「…チッ、最後にやれよあの試合。」

列の最後尾で強い一撃を太ももにぶつける白佳、正直に凄みを感じながらムカついていた。

「本当だよね~。」

「え?えーっと?」

「あぁワタクシ、君と同じこの競技のトリを務める大鳥おおとりです。」

「あぁ…白佳です…。」

独り言に割り込まれた白佳、少しの戸惑いを見せながらも嫌悪感はなるべく見せないようにして礼儀正しく会釈をする。


「あんなもん見せられたら後は消化試合になってしまいますよーほんっと嫌になっちゃうッ!」

そういいながら髪の毛をクルクル回す大鳥、同じ思いをしていた白佳は感情を彼の言葉に預け会話に乗っかっていく。


「まあ、乗り気じゃない俺でもさすがに上がりましたからね…俺らはどうせなんとも思われませんよ。」

首を鳴らし、大きなため息を着いて面倒くさそうに待つ白佳に半歩近づき、大鳥は耳元で囁きはじめる。

「体育祭なんて言ってしまえば、良くも悪くも活発な彼らが日々の無礼な行いや失態で得てしまったマイナス分を一発で取り返すための救済措置みたいなもんですからね。」

「…はぁ。」

「僕らのような存在は、彼らが美味しくなるための調味料でしかないんです、おかずですらないですよ?調味料です。」

大鳥は思想を吐ききると、大きなため息をついて怨念と怒りを込めて地団駄を踏んだ。


「あの、こんだけ頷いたあとにごめん…なんか同じタイプかと勝手に共鳴しかけてたけど、度合いが全然違ったわ。」

なんとなく自分自身でもひねくれた性格だと分かっていた白佳だったが、隣に彼がいることで自分のひねくれが弱いことに気づいたと同時に、大鳥から一歩離れてウォーミングアップを始める。

「そうですか…残念です。」

「でもありがと、アンタのおかげで今日が俺の存在を分からせるチャンスだってことに気づけたからな。」

「そうですか…光栄です。」


「次、えーっと湯瑠川メリア。」

「あぁ、はい!」

駆けたトラックに花が生えてきそうなスピード感と走り方に、敵クラスのみんなも思わず頑張れと言葉をこぼしてしまう。

軽い足音、ふわりと浮かぶ彼女の姿を見た周りもまた、どよめきが溢れていく。


「七メートルと八十二です!」

「...こ、これはどうなんでしょうか?」

周りからの視線に違和感を覚えた湯瑠川は、砂を散らすことないほどにやわらかな着地をし断トツの数字を叩きだしていた。


「いや、なんか浮遊してたろ!」

「なんかスローみたいになってたしどういう原理なんだよ!」

校庭に響く生徒たちのガヤ、体育祭というのも相まって感情がいつも以上に忙しい。

そんなガヤから身を隠すように飛橋の元へ駆けつける。

「湯瑠川さん、良かったぞ。」

「飛橋さんも二段ジャンプ…期待してます!」

「…おう、ま、任しとけ。」

現チャンプの真っすぐな瞳に少しうろたえながらも鼻を親指でクイっと弾く。


「次、飛橋ハヤト。」

「はいっ!」

元気な返事と共に切り出したスタートダッシュ。

ジャストタイミングで大地を強く蹴り飛び出した空中のなか、思い切りジタバタする彼。

「二段ジャンプ!起きてくれ!」

大きな声を出し、着地して前に倒れ込む飛橋に拍手と歓声を送るクラスの生徒達。

「...飛橋さん、私たちブロック別で一位ですよ!」

「おお…二段ジャンプ出来なかったけどまあいいか!」


クラス全員心のどこかで期待していたが、彼らも一位になれていたので別にいいと喜んでいた。

「あ、あれ最後白佳じゃない......?」

「おっマジか、見たいけど棒引き呼ばれてんな。」

そう言いながらクラス長は棒引きのメンバーを集めて集合場所へ向かう。

「みんな、白佳やるっぽいから応援しながら行くぞ!」

「「おう!」」


小走りで目的地へ向かいながら後半のことなど気にせず、周りの応援をはねのけるように大きな声を飛ばす彼ら。


「…見とけよ、ぽっと出の本気。」

「よーい…」

流れる汗に引っ付く砂

ボソボソになった口を拭った一人の少年は乾いた銃声と共に大地を思い切り蹴り上げた。


......

「はあ...ダメかよッ。」

息を切らし、バクバクの心臓を放置して2位の列で倒れ込む。

「お疲れ、よくやったな。」

「...悪いな。」

後ろからやってきた仲田はそう言いながら自分の持っている水を白佳に渡した。

「...てか、ごめんさっきは。」

「え?なにが?」

仲田はまるで分かっていない様子で首を傾げるが、白佳は気にせず続ける。


「なんかダセェ態度取ってた。」

「そ、そうなんだ。」

斜に構えていたこと、勝手に劣等感を抱いて嫉妬していたこと、それが人間関係を作っていく間では何もかも間違っていたこと。

白佳は切らした息を何とか抑え、何もわかっていない仲田に謝った。


「...ま、俺なんでも出来ちゃうしな。」

そう言って変な空気にしないよう、調子乗り返す仲田を見て白佳は眼を逸らしながら笑った。

「‥..もうちょっと嫉妬させてもらうわ。」

「おう、俺を越えてみ...って水全部飲んでるやんけ!!」


前半ブロックの終わり、現在順位は圧倒的1位。

背中にはプレッシャー、頭にはアドレナリンを抱えている棒引きのメンバーは準備運動を始めた。

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