第6話 適当な嘘が生み出す本心

「皆さんお疲れ様です代表の見栄山です。」

大きなグラウンドに集まるクラスの代表生徒達、6月の分厚い雲にらされながら教師の代表がスキップしてもいいような話をゆっくりしている。


「なげえな…あの人の話」

「静かに…あの人怖いんだから。」

長暮の後ろで首を回しながら話を聞く仲田を何とか見栄山の死角にしながら、彼自身も早く終わってくれと思っている。


「じゃあ準備の号令…前のあの子は…」

分厚い眼鏡を通した真っ黒の瞳は長暮の中途半端に反らした視線に無理やり合わせてくる。


「まじか……起立!!」

「え、マジ?お前なの?」

いつもの声じゃ、重たい天候と空気に飲み込まれそうな彼は一度深呼吸をしてとギアを上げる。

「お願いします!!!」

「お、お願いします!」


いつもの雰囲気と違うクラス長に少し戸惑った仲田は体勢を直し体育委員の修吾いう場所へ向かう。

「じゃあお二人さん、また後で。」

「じゃ、じゃあね!」

体育委員の二人は手を振り事前に言われていた仕事場へ向かう。


「あれ、あの子なんて名前だっけ。」

湯瑠川ゆるかわさんのこと?」

「あーそうだ、湯は出てたんだけど…。」

「クラス長、しっかりしないと。」

本当は湯の字も出ていなかった長暮は、申し訳なさそうに小幅で瀧田についていった。


……

「君たちもあの列についていって。」

「あっはい!」

仲田と湯瑠川の二人は体育館へ続いている体育委員やその他手伝いが作り上げている長蛇の列に並び自分達の番を待つ。


「なんか…ライブの待ち時間みたいっすね。」

「ライブ?」

「うん...なんか、ライブの物販とかこんな感じじゃない…?」

「そ、そうなんだ。」

分かりやすいと思った例えが空を切り、急に窮地へ追い込まれた気分になった仲田。

頼むからどんどん前へ進んでくれと願うばかりだが、それは湯瑠川も一緒で...。

「も、もうすぐ私たちの番だね…。」

「いや、まだ時間かかるよこれ…。」

「そ、そうだよね…。」


そこは嘘でも"そうだね"と頷けばいい仲田、決して例えが滑ったことに対しての当てつけではない、本当に時間がかかるだろうから覚悟しておいた方がいいという意味を込めての的外れなアンサーである。


今、二回の会話を見てわかる通り、この二人はずーっと絶妙にかみ合わないのである。

クラスの中では比較的社交性の高いはずの仲田の言葉は、湯瑠川の身体の隙間をスルスルとすり抜けていく。


下を向いて耐える二人、同じ方向をみていても気持ちまで一緒の方を向いているわけではない

「湯留川さんってなんか趣…」

「あっ仲田さん、動いたよ。」

「あ、おう。」

タイミングにも好かれていない仲田は顔を手で覆い隠しグッチャグチャにしわを寄せながら湯留川と小幅で進んでいく。


「ごめん、なんだった?」

「いや……体育祭楽しみだなって。」

顔をしかめるのにソースを割いていたため、とっさに出た変な嘘。

彼女はちょっと疑いながらも一言

「…そうだね。」

そう呟いた。

偽りの言葉とはいえ初めてすれ違うことなく、くっついた感情に二人は初めて少しほころびながら顔を合わせた。

「湯瑠川さんって走り幅跳びだったっけ?」

「そうなんだけど…」

ほころび続けていた彼女の声はだんだん素の表情へと枯れていってしまう。


「え、あ、ごめん、あんまり話さない方が良かった?」

「いや…そうじゃなくって…。」

小幅で進みながら深呼吸をした彼女は一言

「実は走り幅跳びやったことないの。」

「あ、え?」


彼女から転がり落ちた今にも消え入りそうな声を何とか救い上げた仲田はなんとか必死になって頭を回す。

「んー、まあでもよく考えたらあんまりやるタイミングとか無いよね…俺もよく考えたらやったことないしそんな気にしなくていいよ。逆によく考えなくても良いと思う…そうそう、よく…考えなくっても。」


「…そう、そっか。」

文字数とスピード感と笑顔でごまかす男と誤魔化された女はとうとう体育館内に入りこむ。


「まあ、頑張りすぎなくていいと思うぜ。」

「…そう、ね。」

入ったらあっという間、両手にパイプ椅子を抱えた二人は、先人たちの背中を追いかけてグラウンドへと戻る。


「てかさ、これこんだけ準備やって雨だったらどうすんだろうな。」

「確かに……空隠れちゃってる。」

校舎だけでなく街の外側を包む雲に意識を取られながらもパイプ椅子を引きずらないように気を付けながらパパッと並べていく。


「これ本当に明日やれるのか?」

「…絶対やりたい…かも。」

「え、あぁ....そ、そうだよな。」

湯瑠川の意外な言葉に少し動揺したが、パイプ椅子を置いた手を強く握った拳を前に突き出した。

「まあ、俺らなら天下取れるだろうな。」

「…ふふ、そうかも。」

グータッチはスルーされたが、笑ってくれた彼女をみてそのままガッツポーズに切り替えた。


「…あ、もう解散っぽいかも。」

「え!?はっや。」

戻ろうとしたとき、作られていた長蛇の列はゆっくりと分散していった。

「…まあ、こんだけいたらすぐ終わるよな。」

せっかく仲良くなれ始めたのにやっぱりタイミングに好かれていない仲田であった。


「…じゃ、もどろっか?」

「おう、明日頑張るぞ~!」

二人は上を向き同じ方向へと進んでいった。

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