第5話 体育祭トライアウト

始まる月曜日の1時間目、生徒の間に少しだけ緊張感が生まれていた…

それもそのはず

「じゃあ、体育祭のメンバー決めを行います。」

「はい、行います。」

クラス長というよりも監督のような表情で教壇に立つ長暮の姿、そしていつも通りの瀧田。

彼らの目の前に広がる光景はいつもと違ってどこか殺気を感じる。


「決める種目は黒板にかいた通り六種類プラス代表者による障害物競走です。」

黒板にかかれた競技は以下の通り

・400mリレー (男女2名ずつ)

・100m走   (2名)

・走り幅跳び (2名)

・棒引き   (8名)

・ボール渡しリレー  (6名)

・騎馬戦    (8名)


・障害物競走 (4名)


「それじゃあ決めていきます……」

最初は順調だった。

あのときクラス長を決めるのに数十分も掛けたとは思えないほどのスピード感であった。


「え、こんなすんなり決まります?」

「一回も被ったりとかしないんだ…。」

ジャンケンとかの盛り上がりを予想していた教壇の二人はあっさり終わってしまったグループ決めに唖然としていた。


「じゃあ、残り障害物……え、え?」

彼が喋り終わる前に上がる大量の手。パッとみただけでも半数以上いることが分かる。


「え、じゃあえっと...ジャンケンで俺に勝った人から残ってくシステムにしますか。」

「...その提案、ちょいと待った!!」

クラス長が片手を上に掲げた時、クラス長の友人でもある仲田が手を机に叩きつけ立ち上がった。


「クラス長…今回のこの体育祭ですが、本気で勝ちに行こうと思っています。」

「お、おう…。」

「なので、ここは上げた人全員の実力でちゃんと決めませんか?」

数秒の沈黙の先でクラスに響く歓声と拍手、さらにその声を求める仲田のジェスチャー、変な空気に引いてるクラス長。


「え、決めるってどうやって。」

「クラス長……いや、ここはあえて長暮監督とでも言わせて貰いましょうかね。」

「どこでスイッチ入ってんだ。」

「手を上げたメンバー全員一度グラウンドに出て、トライアウトしましょう…!」

クラスに響く歓声と拍手、またそれを煽る仲田。

呆れる教壇の二人。

「いや、外勝手に使うの無理ですよね、先生。」

「うーん、まあ誰もいないしいいんじゃない?」


責任感のない担任の発言に動かされ、手を上げたメンバープラスクラス長と副クラス長は外へ出た。

「てか、なんでみんな体育着持ってきてるんだよ。」

まるでトライアウトが事前から言われてたのかと思うほど準備満タンな彼ら。

それぞれ4つの種目のやりたいやつに分かれていく。


「…あ、じゃあ麻袋一人だから飛橋とびはし君決まりね。」

「え?あ、ほんと?」

風に煽られて必死に飛び出そうとしているバインダーに挟まれた紙に無理やり書き込みをするクラス長、それを横目にあっさり決まってどうすればいいか分からない飛橋は代表っぽい顔をしてスクワットをし始めた。


残りの種目は『平均台』『網くぐり』『パン食い競争』の三つ。

「平均台も網もパンもないけど…。」

「…長暮監督、俺パン買ってくるよ。」

飛橋は凛々しい顔で担任からお金をもらい、パンの自販機へ向かった。

「監督じゃないし…あ、おい麻袋で行くな!!」

「あと先生はなんで普通にお金渡してるんですか。」

月曜の朝からツッコミどころの多い世界に翻弄されるクラス長と副クラス長。


「平均台は徒競走、網は匍匐ほふく前進のスピードでどうでしょう。」

「うん、もうそれでいいよ。」

「もう早くやって戻ろう。」

仲田を筆頭にどんどん発言をしてくる奴らにもう頷くしかない二人。


「じゃあまず、徒競走で代表が8...多いな。」

5メートルの距離に命を懸ける生徒8人。

「じゃあ、行きます。」

「よーい…」

ドン!

と瀧田の叫び声と同時に五メートル程度の距離をフンフン言いながら歩くやつらに思わず笑いがこみ上げてくる二人。


「いやー、でもこれどっちだ?」

「まあ仲田君か澪島さんかな。」

残りの六人は潔く頭を下げてその場を去って応援に回っていく。


「…レディだろうが容赦しないぜ。」

「スピードトップのアンタを倒せば実質1位ね。」

二人はバチバチの視線を送りあいながら5メートル先で準備する。


「え、二人ともクラウチング?。」

「いきまーす、用意…」



「え、仲田に…」

「勝った!?」

まさかのジャイアントキリングに沸きあがる生徒達、教室の人たちもいつのまにか窓の向こうの展開にクギづけだった。


男女の関係や対立により起こりそうなしょうもない外部からのバイアス、そんなものが入り込む隙間は一切ないほど清々しい戦いを終えた仲田と澪島はアツく固い握手を交わした。


「...いや、なんか終わりみたいな空気出てるけどパン食いと網あるから。」

クラス長はそう言いながら紙を筆圧で抑えながらぐちゃぐちゃの字で澪島の文字を書いていると、後ろから肩を叩かれた。

「監督、網は終わりました。」

「え?」

後ろを振り返ると、網に立候補した生徒たちが集まってきていた。

「…いつの間に?」

「いや、彼のスピードを見て絶対勝てないと皆諦めまして…。」


地面を向いて悔やみきれない表情をしている生徒たちの隙間を通り、体操服の砂埃を払いながら堂々と現れた一人の生徒。

「全員の思い、我がしっかりと背負わせてもらおう。」

左胸を拳でトントンしながら男は覚悟を決めた表情で大きく一礼をする。


「えっと、桝田ますだくんね。」

「我ら、勝利を目指すのみ!!」

掲げた太い右手にワイワイと集まってはしゃぐ生徒を後ろに次々埋まっていく生徒たちの名前。

「…俺より絶対クラス長向きじゃん。」

「てかこの感じでスピードタイプなの?」


パンを沢山抱え戻ってきた飛橋を見てウォーミングアップを始める生徒達を見てクラス長はひとつの疑問を抱える。

「あれ、二釈は出ないの?」

「飛ばずに食べれそうなのに。」

「あぁ、自分足遅いからね......。」

身体の柔らかさで網ならいけるかもと試しに参加したが思ったが、枡田の圧倒的実力に腰が抜けたらしい。


「あ、てか俺飛橋に呼ばれてたんだった……。」

二釈は準備があると飛橋を肩車で担いでレーンへ立つ。

「大体こんくらい......?」

「いや、俺高くて死ぬかも。」

ガクガクしている飛橋の足を二釈はがっちり掴み、飛橋は買ってきたパンを指先でつまんでいる。


「それじゃ、1チーム目行きます。」

「よーい、ドン!」

一回でもパンをくわえる試行回数を増やそうと遠くから猛スピードでかけてくる生徒二人。

「俺らしかいないからあと4試合あるね……。」

「いや、ほんと、怖すぎるよ二釈君。」

「後ろにだけは反れるなよ……。」



久々の地面をしっかり踏みしめ、大地の存在に感謝をする飛橋と肩を軽く回しながら戻ってくる二釈。

「じゃあ、まあパン食い競争は伊須いすさんで」

「お願いします!」

全項目を終えてもはや体育祭を終えた後のような空気になっている外の生徒達。

「長暮監督、終わりということで何か一言。」

「え?は?」

仲田の無茶ブリにあたふたするクラス長と真剣なまなざしで見つめる生徒。


「えーっと、まあ、そうだな…えー、えー?」

「…代表になった子は落ちた子を背負い、落ちた子は代表のなった人たちを全力で応援して優勝へしっかりと向かいましょう。」

「…瀧田コーチ!!」

彼女のアドリブに一致団結した返事を返し全員で人差し指を空へ突き上げた。


「なんか俺たちも外行けばよかったな。」

「確かに。」

窓の向こうを見つめていた生徒たちは外に合わせて天井に指を掲げた。


おまけ


「私、あんまり盛り上がらなかった…。」

「そんなことないわ。」

一番盛り上がりそうなパン食い競争を二釈と飛橋の肩車に持ってかれ、競争でくわえたあんパンをやけ食いする伊須とそれを見て励ます澪島。

「みんな彼らに注目していたけど、あなたのスピードは目を張るものがあると思う。」

「まあ、朝ごはん食べてなかったから…。」

言い訳をしながらも澪島の言葉で伊須は少しだけ元気をもらって今日初めて笑顔になった。

「…本番、私は一番期待してるわよ。」

「う、うん。」

期待を背負った伊須、本番は空腹で行こうとあんパンを入れた腹をくくった。

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