第4話 表と表の二面相

水曜日の授業終わり、一番の山場を乗り越えた生徒たちは疲れ切った生徒たちを背に目をパチパチさせながら担任を呼びに行く。

「長暮さん、待ってー!」

元気なステップで追いついてきたのは副クラス長の瀧田、とても6時間の退屈な授業を終えたとは思えないくらいに元気である。

「あれ、どうしたの?」

「いや、私も呼びに来いって先生に怒られて...。」

「そ、そうなんだ。」

クラス長はいまいち慣れない彼女の空気とシンプルになれていない女性との緊張にあたふたしながら早歩きで職員室へ向かった。


「私、入っていい?」

「え、あぁいいよ。」

"どこやりたがってんだ"とちょっと心の中で思ったが、ノックして入っていく瀧田の余裕とはきはきした声を聴いて少し羨ましささえ覚えた。

「おう、今日は二人で来たか。」

明日の予定、その他の報告を二人に伝えて職員室の奥へ入って行く担任

「失礼しました~。」

扉をゆっくり閉め、早歩きで戻っていく彼女をクラス長は最後まで追い越すことが出来なかった。

「化学の授業終わりに階段ダッシュ出来んのすげえよ…。」


「明日は身体測定があります。」

「はい、あります。」

「あと体育は体力テストです。」

「はい、です。」

隣の瀧田がメインで聞きに行ったはずなのに話すのは結局クラス長で相変わらず彼女は隣で合の手を入れるだけである。

なんで彼女はあんなに勉強できるんだろうと考えながら後の報告を担任に渡す。


「はいこの後委員会があります、以上。」

僕らが席に着く前にもう話を終えていた担任、水曜のこんな日に早く帰りたいのは大人も子供もみんな一緒らしい。

「起立、気を付け、さようなら。」

学校に慣れた影響でやる気のなさが浮き彫りになってきたが、誰もそれを否定しない。その沈黙が疲弊の肯定を加速させているようだ。


「委員会面倒よな~。」

クラス長の肩を掴み愚痴を吐露する仲田と、これから委員会がある二人を見て手を合わせる二釈。

「ご愁傷様...そんじゃ......。」

「うるせえ!」

二人のじゃれあいを見て楽しそうに笑っているクラス長の背中を小突き声を掛ける瀧田。

「長暮くん、行こ。」

彼の返事を待つ前にカバンと部活バッグを余裕綽々に担ぎ切って教室を飛び出ていく彼女。


「あっちょ待っ、二人ともじゃあね!」

「おっじゃあな!」

じゃれあいを背にしながら彼女を追いかけるが、カバンを背負うだけの行為に体力を使ってしまいる彼じゃ追いつけない。

「元気で勉強できてお茶目ってキャラ詰め込みすぎだよ...。」

自分のキャラクター性の弱さの影響で嫉妬多めのリスペクトを送りながら委員会の教室の道に迷っている彼女を見つけ、同行することにした。

「後ろの二人良い人達だよね~。」

「あぁ、マジで本当に助かってる。」

クラス長は彼らに絶対言えない本心をポロッと吐き出し、委員会の部屋へと入って行った。


「失礼します…。」

だいぶ早く終わったと思ったが一番最後の到着だった。

長暮の感じとは大違いな感じでピシッとしたような人達の視線を浴び、小さく頭を何度も下げながら席に座ると同時にじゃれあいを見ていたことを大きく後悔する。

「…じゃあ委員会を始めますけど、号令は......じゃあ最後に来た君。」

「え、あぁ、はい、き、起立。」

まさかの指名に動揺して少し声を震わせながら挨拶をする長暮、他の人たちは何も気にしていないがずっと浴びている視線に彼のメンタルは死にそうである。


「お願いします。」

「はい、じゃあ今年度一回目の委員会を始めます。」

おかっぱ頭に真っ赤な口紅、太い黒ぶちのメガネから見える全部を見通すような目。

置き勉がバレようものなら授業終わりに3時間くらい説教かましてきそうな感じの見るからに真面目なことが分かる女性の教師が進行を進めていく。


「じゃあ挨拶した君、プリント配るの手伝って。」

「え?あ、はい。」

"これ変なノリ始まったな"と心の中で顔をしかめたが、吐き出す度胸は無いので前に立って素直にプリントを配る長暮。

「サンキュー長暮くん、ういグータッチ。」

二釈より背が高くガタイの大きな三年の男は、長暮の名札を読みながら笑顔でプリントを受けとると、グーを突き出してきた。

「ど、どうも…」

要求されたグータッチにぎこちなく返すと、三年の間で少し笑いが起こった。

「こらそこ、一年をからかわない。」

「へっ、すいませーん。」

"これが三年…"

女性教師を余裕な表情で返す三年の空気感に表情には出さないが驚嘆し息を呑む。



教師は配り終えると長暮に一礼をし、席に戻す。

「まだ先ですが、6月に体育祭があります。」

どうやら体育委員の仕事の手伝いをするらしい。

長暮のクラスの体育委員は仲田、この教室に入ってから初めて安堵してため息を堪えながら教師の話をうんうんと頷いて感情をごまかした。


「はい、あと体育大会のメンバー選出を行ったら担任に提出してください。」


"これは取り合いになるぞ~…"

という感情と同時に、ここでのさばき方がクラス長としての信頼スキルにつながるとここにいる1年生の全員が思って窓側を見る。

上の学年は相変わらず余裕な表情で教師の話を聞いており、さっきグータッチを交わしたあの男は最前線で机に肘を置き、顎に手をやってプリントと教師を交互に見ながらニヤケている。


「はい、じゃあ帰りの挨拶は…はい。」

「え、あぁ起立!」

もう何の理由もなく指を差された長暮は慌てて号令を始める。

「気を付け!」

「長暮くん、頑張れ!」

「え、あぁありがとうございました!!」

三年の茶化しに火が付いた長暮の号令にみんなの呼吸が合わさったような挨拶が自分のクラスでは感じられない今日一番の興奮だった。


クリアファイルを忘れたのでプリントをしまっているのに苦戦していると大きな掌が長暮の方の上に乗った。

「お疲れ、最後よかったぞ!」

さっきのグータッチ男だ。

「あ、ありがとうございました。」

「…その目、天下取れるよ。」

男はサムズアップした右手を開きそのまま手を振って去って行った。


「…長暮さん?」

瀧田は三年の勢いに圧倒されて意識が飛んでしまった彼の肩を揺らすがボブルヘッド人形のようになっており、まるで心が機能していない。

「大丈夫?おーい。」

「…はっ!」

カクンと意識を起こした長暮は瀧田さんの目をジーッと見つめた。

「俺…頑張るよ。」

「え?あぁ、うん…。」

謎の宣言にさすがの瀧田も頷きと傾げの間みたいな首の振り方しかできなかった。


「ちょっと先輩、一年の子茶化し過ぎですよ。」

二年のクラス長はさっきのグータッチ先輩と共に部活へ向かっていた。

「…さて、本当に茶化しかな?」

「いや、ただでさえ見栄山先生の指示で死にそうだったのに…。」

嘘か真か、男はニヤっと笑いながら階段を下りていった。


次の日


「あれ、なんか気合入っているなクラス長。」

「目バキバキ……。」

「…え?あぁ、ちょっと昨日ね。」

号令から立ち振る舞いまで影響された長暮、雰囲気の変化に気づいていたのはずっと一緒にいる仲田や二釈だけじゃない。


「クラス長ってあんなにオーラあったっけ…?」

「確かに、なんか強そうだな。」

「体力テストめっちゃ結果残すタイプなのかな。」

「あーいうタイプが実はシャトルラン結構最後まで残ったりするよな…。」


男女関係なくクラス全体が昨日の力を纏った長暮の空気に圧倒されていた。

「じゃ、これから体力テストはじめまーす。」

「…天下取るか。」

ラフな格好をしている体育教師は首を鳴らしながら気だるそうに進めていく。

「じゃあ五十音順に行くぞー、準備しろよー。」

まさにクラス長らしい空気感を纏い始めた長暮、周りの生徒は彼から飛び出ているオーラに押しつぶされぬように自分の準備を始める。


結果が帰ってきたクラスの生徒達の間にあったはずの緊迫感は全くなかった。


「全然だったな......。」

「なんか空気を纏おうと頑張ったんだが…空気を纏ってみただけだったな。」

掃除の邪魔にならないよう教卓に集まり、それぞれプリントをカバンから取り出す。

「まあ…最初のハンドボール投げの時点で察したよみんな。」


「あー、じゃあ次は長暮。」

「...はい。」

姿勢を伸ばし堂々とサークルの中に入る長暮、ざわつくクラス

「来たぞ!」

「多分グラウンドの端まで飛ばすぞあれ。」

「みんな、衝撃に耐えろよ…!」

校庭に強く吹く風、生徒たちの声を一瞬にしてかき消すホイッスルと男の振りかぶり。

「ウウウウウルァッ!!」

無音の世界に跳ねたハンドボール。

その音を追いかけるように響いたのは生徒たちの笑い声だった。


「俺にあの空気を纏うのは早すぎたよ。」

「あの雰囲気で7メートルなのヤバい。」

思い出しただけで笑う仲田、笑いをこらえて恥ずかしがるクラス長の背中をさする二釈。

「まあでもクラス長はその雰囲気がいいぞ。」

「うん、面白いキャラの方が似合ってる......。」

「そうか...ってか二人はどうなんだよ。」

クラス長の質問を待ってたと言わんばかりにテスト結果の用紙を広げてきた。

「俺は小学校の時から変わらず音速よ。」

「え、ご、5.8秒?」

「一の位が5なの初めてみたぞ……。」

なんとなく彼自身からうわさでは聞いていたが、分かっていた以上の衝撃を受けていた。


「え、二釈は?」

「俺はまあ…身長かな。」

「それは分かるよ、でっけえもん。」

デカい指をどかした先に書いてある結果を見て平均的に強いことが分かると余計に落ち込むクラス長。


「てか長座体前屈めっちゃすげえじゃん。」

「体でかくて柔らかいってもうクラーケンだろ。」

二釈は体をウネウネさせながら二人をあおる。

「でも握力ないんだな。」

「それ気にしてるから言うなよ......。」

うねうねはぴたりと止まり握力の部分をデカい指で隠すが、他の結果も隠れるほどデカい指に握力が無くて良かったとホッとする二人。


「てかクラス長、反復横跳び高いじゃん。」

「いやでもなんかさ…反復横跳びだけ高いのハズいって。」

「まあ、フッ軽だからってことで……」

「関係ないだろ。」

反復横跳び以外を手のひら全部で隠すクラス長。


「で、明日体育大会のメンバー決めか~。」

「あぁそうそう、考えておいてね。」

クラス長は監督っぽい素振そぶりをしながら二人の肩をポンとたたいた。

「俺らのクラス、天下取れるぞ。」

「それなに?最近結構言ってるけどさ。」

クラス長はニヤリと笑うと帰りの準備を始め、三人でクラスを出ていった。


「長座体前屈ないかな……。」

「どこで盛り上がるんだよそれ。」


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