約束と小説
―――03―――
授業が午前中に終わったので、私たちはそのままファミレスへと立ち寄った。
店内は意外にも閑散としていて、見渡しても数える程の人しか居ない。並ぶのは嫌だったから助かった。 .
「小説……か」
席に着くや否や、華が苦しそうに声を漏らす。
'
「一旦整理しましょうか」
すると楓が、カバンから先ほどの原稿用紙を取り出し、先生が話した内容を頭からもう一度説明し始めた。
「まず、渡された原稿用紙は一人50枚」
「ええと……50×400だから……」
.
「最大で2万文字です」
2万文字。想像も付かない量だ。
もちろん必ず2万文字書けという訳ではないのだろうけど。
~
「内容はオリジナルのみ。読書感想文などはナシ」
そしてここが一番の問題点。
素人にオリジナルの小説を、それも夏休みまでの、精々1週間程度で完成させろと言うのだ。
「それと、文章の最後には必ず"おわり"の三文字を入れること。ルールはこれだけみたいです」
「……いきなり小説書けって言われても。そんな簡単に書けたら苦労しないわよ」
愚痴をこぼした胡桃に、楓は「私に言われても」と眉を
'
「まあ……ごもっともですけどね。簡単に書けたら、誰だってプロの小説家になれちゃいます」
「……?」
一瞬、彼女の言葉に強い違和感を覚えた。
――簡単に書けたら、誰だってプロの小説家になれちゃいます。
プロの、って何だ?
小説家ってみんなプロじゃないのか?
何だか含みがあるようにも感じられる。
意識して言ったのかは分からないけれど。
「ね、凪咲はどんなの書くとか決めた?」
,
「え?」 '
不意に華が、メニュー表をパラパラと捲りながら訊いて来た。
「ほら先生、書きたいことを書けって言ってたでしょ」
そういえば念押しして言ってた気がする。
『自分が今、書きたいと思うことを小説にしなさい』って。
,
(……書きたいと思うこと?)
今の私にそんなものは――
「…………」
'
「凪咲?」
華の声で、慌てて我に返る。
「あ、ああ……ゴメン」
「何だか自分の世界に入り込んでたわね」
物珍しそうに見つめて来る胡桃。
何故だろう、まるで、隠し事を咎められたかのような気分で。
心臓がドクドクと高鳴っている。
「えっと……私、ナポリタンにしようかな」
不自然に話を逸らすのが精一杯で、バツが悪い。
~
「あ、それじゃアタシはアイスクリームと、ティラミスと……」
「こら、華! デザートはちゃんとご飯を食べてからにしなさい」
「え〜そんなのアタシの勝手でしょ、もう! 胡桃ったら保護者みたいじゃん……」
平常運転の会話を繰り広げる二人。
その様子を、私はどこか遠い所から見ているような気分だった。
―――04―――
最寄り駅までの道のりを歩いて行く。
手持ちの扇風機もずっと温風を送り続けていて、完全に役割を放棄している。
「あつい~……」 '
もはや誰が言ったのかも分からないが、私も「暑すぎ」と適当に相槌を打つ。
-
「あ……」
思い出したように声を上げたのは、華だった。緩やかな勾配の途中で皆が立ち止まる。
「どうしたの?」
~
「小説……小説だよ!」
すると突然、楓の手をガシッと掴んで顔の前まで持ち上げた。
^
「な……なんですかいきなり?」 .
「楓、そういえば前に小説書いてるって言ってたよね」
「あぁ、まあ……」
好感触とは言えないリアクションで楓が答える。 '
「知らなかった。私、それ初耳かも」
「……凪咲さんが来る前の話ですからね。小説と言っても、見るに堪えない若書きですよ」
彼女の言葉は謙遜か、はたまた本心か。
それにしても小説に手を出していたとは。
(じぃーっ……) -
執筆している楓の姿を想像してみる。
「何ですか、そんな舐めまわすようにジロジロ見て」
「うむ……くるしゅうない。小説家って言われるとしっくり来る」
'
書斎に篭もってコツコツと筆を執る、文豪さながらの津雲楓が脳内に出現した。おもろい。
「……褒めてます? それ」
「知性に溢れてる、と言えば良かったか」
「どうせ外見で判断したんでしょ。眼鏡で色白だから」
,
「…………まぁ、うん」 ^
図星だった。
彼女を一方的に見ているつもりが、彼女に見透かされていたとは。
――まるで恋心みたいだね。
いやキモっ。私に文才は無い。
「でも、"津雲楓"って何だかペンネームみたいよね。素敵な名前だなぁって常々思うもの」
「"吉沢胡桃"だって、とてもキャッチーで可愛らしいですよ」 '
「あら。口が達者だこと」
胡桃が楓の唇にちょんと指で触れると、楓の方は満更でもない様子だった。
「おーい、イチャイチャすんなぁ! 本題はそうじゃなくて……」 ~
百合空間を手で掻き分け、華が高らかに告げる。
'
「津雲楓先生に、小説の書き方をご教示願おうではないか――ということよ」
なるほど。確かにそれは建設的な案だ。
少なくともこの中では、楓が一番文才に長けているだろうし。
~
「楓は……どう?」
「全然、一緒に書くとかなら良いですけど。教えられることはあんまり……」
「いや。それでも充分嬉しい。モチベ上がるし」
^
華は深々と頭を下げ、感謝の意を全身で示す。
「じゃあさ……みんなで書くってのは?」
「うん、そうしましょう。私も心細いし」
何気ない私の提案にも、胡桃はやる気満々に頷いてくれた。 '
~
「結局こうなるんですか。まぁ何となく予想してましたけど」
「アタシも賛成ー!」
小説執筆も三人寄ればなんとやらだ。いや四人だけど。
「そうだ、小説が完成したら……みんなで一斉に見せ合いましょう?」
-
「いいねそれ! アタシ、みんなの書く話も気になるし」
そうしてトントン拍子で話が進むうちに、気が付けば駅まで辿り着いていた。
「それじゃまあ、通話でもいいし、予定空いたらどこかで一緒に書こうか」
「ですね」
「だね!」
「そうしましょう」
計画の話を終え、改札を通り抜ける。
ちょうど新宿行きの総武線が来た所らしく、私と華は早歩きでホームへと向かった。
「あ、あと約束ね! 完成したらみんなに見せること!」 ,
背後で胡桃の声が響き渡る。 '
振り返りはしなかったけれど、見えなくても、そこに彼女と楓の姿は確かにあった。
「えへへ。楽しみだね」
~
華は明らかに浮足立った様子で、階段を登って行く。
途中よろめきながらも、そのままのテンションで彼女は登り続けた。 '
「ほら、ちゃんと足元気を付けてよ」
「分かってるってー」
ホームに着くと同時に、勢いよく滑り込んで来る電車。
その電車が引き連れて来た風も、やはり生暖かいものだった。
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